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俺が知っている彼、俺の知らない彼
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先程までの大通りがヨーロッパ風のお洒落な通りだとしたら、こちらはアジア系の市場って感じだ。
俺にとっても馴染みのある果実や野菜、大きな塊肉、つやつやの魚介類などを、びっしり並べた店舗が両サイドにあふれている。
もう少しすれば夕飯時だからだろう。色とりどりの屋台屋根の元、活気のある声が飛び交う通りの賑わいは最高潮だ。
明るいざわめきの中、色んな種類の美味しそうな匂いが、そこかしこから漂っている。甘かったり、スパイシーだったり、ソースの焦げる香ばしさだったり様々だ。
「アオイ様、何か欲しい物があれば仰って下さいね」
顔に出てしまっていたんだろう。そわそわと触覚を揺らすバアルさんが、ジャケットの懐から黒革の財布をちらりと覗かせた。
……奢る気満々だ。確実に。
「ありがとうございます。でも、夕食が入らなくなったら、作ってくれるスヴェンさん達に申し訳ないので……」
「ふむ……左様でございますね」
納得はしてくれたものの、やっぱり残念そうだ。シャープな顎に細長い指を当てている彼の横顔は、ちょっぴり沈んでしまっている。
「あの……ですから、今度の楽しみにとっておきませんか? その、つ、次のデートの……」
かこつけているかな……とは思った。バアルさんと二人、色んな食べ物に舌鼓をうちながら、市場を巡りたい……という思いは一緒だとしても。
思わず前へと向けていた視線を戻し、そっと隣を見上げて窺う。どうやら杞憂だったみたいだ。
しおしおと縮みかかっていた半透明の羽がぶわりと広がり、淡い光を帯びていく。ひと回り大きな手を取り、指を絡めると、優しく握り返してもらえた。
「所謂食べ歩きデート……でございますね。是非、致しましょう」
「はいっ」
ふわりと綻ぶ彼の笑顔と新たな心弾む約束に、自然と頬が緩んでしまう。足元までうっきうきで踊り出していた時だった。見覚えのあるお顔が描かれたのぼりがぽつぽつと、目に留まり始める。
ヨミ様とサタン様だ。ぬいぐるみのデザインと同じく、可愛らしいキャラクタータッチで描かれているが間違いない。
というか間違いようがない。サタン様には焼き菓子を作る度に、味見をしていただいているし。ヨミ様に関しては今朝、笑顔で見送ってもらったばかりだからな。
行き交う方々の手元にも、お二人のぬいぐるみやら、お二人を模したクッキーやらが続々と。そうして、ついに俺は見つけたんだ。
「バアルさんが……バアルさんがいっぱいいる……」
緑色の屋台屋根の元にズラリと並んだ、デフォルメされたバアルさんぬいぐるみを。
黒の執事服を身に着けた彼の、額の触覚と背中の羽は勿論、カッチリ撫でつけられたオールバックも丁寧に表現されていた。
宝石のような煌めきを再現する為だろう。優しい瞳には、緑色のキラキラした生地が使われている。素晴らしいこだわりだ。素敵過ぎる。
小さな手を胸元に当て、キレイなお辞儀を披露している格好がスゴく彼らしい。滅茶苦茶分かってらっしゃるな、作られたお方は。
つい、思っていたことを口に出すほど、俺のIQは一気に下がってしまっていた。だって、仕方がないだろう? スゴくかわいかったんだからさ。
「おや、そちらの可愛らしい奥さん、バアル様のファンかい?」
トンボのような羽を生やし、快活な笑顔が印象的な店長さんが声をかけてくる。
もしかして、俺のことなんだろうか。そりゃあ……将来は、バアルさんと……け、結婚させていただくんだからさ。奥さん……ではあるんだけどさ。
可愛らしいはさすがに……と周りを見渡したものの、該当しそうな方が見当たらない。立ち止まってるのは俺達だけだ。
おまけに店長さんの視線は、明らかに俺達へと向けられている。思わずバアルさんを見上げると、そうでしょうとも、と言わんばかりに得意気に口の端を持ち上げていた。優しい……嬉しい。
「ほらほら見てってくれよ、カッコいい旦那さんと一緒にさ」
手招きしながら呼びかけてくる店長さんの言葉に、溶けかかっていた思考がスッとクリアになった。
これは明らかにバアルさんのことだな、間違いない。変装の術を施していても、隠しきれない彼のあふれる魅力が店長さんを魅了したんだろう。そうに違いない。
長い腕に抱き寄せられながら、うっきうきで近づいた俺を店長さんが「いらっしゃい!」と薄水色の羽と両腕を広げ、出迎える。
「おすすめは、こちらのぬいぐるみだ。それから貴重な笑顔のお写真も人気だよ」
「……貴重? 笑顔が、ですか?」
何気なく発せられた一言が引っかかり、つい疑問の声を漏らしていた。
だって、おかしいじゃないか。バアルさんは、どんな時だって穏やかな微笑みを絶やさない、素敵な人だ。
それなのに、いつもあんなに優しい笑顔を俺に向けてくれるのに……貴重、だなんて。そんな訳、ないのに。
店長さんは、少しだけきょとんと鋭い瞳を丸くしたものの、腕を組んでから頷いた。俺に同意を示すように、宥めるように笑顔で。
「うんうん分かるよ。長年のファンは皆言うんだよね、バアル様は鉄仮面なんかじゃない! ちゃんと笑っていらっしゃる! ってさ」
……鉄仮面って、どういうことだ?
店長さんは、俺が納得していると思っているようだったが、勿論違った。なんなら、さらに疑問が募っていた。
だが、すぐに解けることになる。続けて発せられた言葉と、彼が並べた二枚の写真によって。
それから、思いがけず知ることとなった。この国の方々が、俺という存在をどう思っていらっしゃるのかを。
俺にとっても馴染みのある果実や野菜、大きな塊肉、つやつやの魚介類などを、びっしり並べた店舗が両サイドにあふれている。
もう少しすれば夕飯時だからだろう。色とりどりの屋台屋根の元、活気のある声が飛び交う通りの賑わいは最高潮だ。
明るいざわめきの中、色んな種類の美味しそうな匂いが、そこかしこから漂っている。甘かったり、スパイシーだったり、ソースの焦げる香ばしさだったり様々だ。
「アオイ様、何か欲しい物があれば仰って下さいね」
顔に出てしまっていたんだろう。そわそわと触覚を揺らすバアルさんが、ジャケットの懐から黒革の財布をちらりと覗かせた。
……奢る気満々だ。確実に。
「ありがとうございます。でも、夕食が入らなくなったら、作ってくれるスヴェンさん達に申し訳ないので……」
「ふむ……左様でございますね」
納得はしてくれたものの、やっぱり残念そうだ。シャープな顎に細長い指を当てている彼の横顔は、ちょっぴり沈んでしまっている。
「あの……ですから、今度の楽しみにとっておきませんか? その、つ、次のデートの……」
かこつけているかな……とは思った。バアルさんと二人、色んな食べ物に舌鼓をうちながら、市場を巡りたい……という思いは一緒だとしても。
思わず前へと向けていた視線を戻し、そっと隣を見上げて窺う。どうやら杞憂だったみたいだ。
しおしおと縮みかかっていた半透明の羽がぶわりと広がり、淡い光を帯びていく。ひと回り大きな手を取り、指を絡めると、優しく握り返してもらえた。
「所謂食べ歩きデート……でございますね。是非、致しましょう」
「はいっ」
ふわりと綻ぶ彼の笑顔と新たな心弾む約束に、自然と頬が緩んでしまう。足元までうっきうきで踊り出していた時だった。見覚えのあるお顔が描かれたのぼりがぽつぽつと、目に留まり始める。
ヨミ様とサタン様だ。ぬいぐるみのデザインと同じく、可愛らしいキャラクタータッチで描かれているが間違いない。
というか間違いようがない。サタン様には焼き菓子を作る度に、味見をしていただいているし。ヨミ様に関しては今朝、笑顔で見送ってもらったばかりだからな。
行き交う方々の手元にも、お二人のぬいぐるみやら、お二人を模したクッキーやらが続々と。そうして、ついに俺は見つけたんだ。
「バアルさんが……バアルさんがいっぱいいる……」
緑色の屋台屋根の元にズラリと並んだ、デフォルメされたバアルさんぬいぐるみを。
黒の執事服を身に着けた彼の、額の触覚と背中の羽は勿論、カッチリ撫でつけられたオールバックも丁寧に表現されていた。
宝石のような煌めきを再現する為だろう。優しい瞳には、緑色のキラキラした生地が使われている。素晴らしいこだわりだ。素敵過ぎる。
小さな手を胸元に当て、キレイなお辞儀を披露している格好がスゴく彼らしい。滅茶苦茶分かってらっしゃるな、作られたお方は。
つい、思っていたことを口に出すほど、俺のIQは一気に下がってしまっていた。だって、仕方がないだろう? スゴくかわいかったんだからさ。
「おや、そちらの可愛らしい奥さん、バアル様のファンかい?」
トンボのような羽を生やし、快活な笑顔が印象的な店長さんが声をかけてくる。
もしかして、俺のことなんだろうか。そりゃあ……将来は、バアルさんと……け、結婚させていただくんだからさ。奥さん……ではあるんだけどさ。
可愛らしいはさすがに……と周りを見渡したものの、該当しそうな方が見当たらない。立ち止まってるのは俺達だけだ。
おまけに店長さんの視線は、明らかに俺達へと向けられている。思わずバアルさんを見上げると、そうでしょうとも、と言わんばかりに得意気に口の端を持ち上げていた。優しい……嬉しい。
「ほらほら見てってくれよ、カッコいい旦那さんと一緒にさ」
手招きしながら呼びかけてくる店長さんの言葉に、溶けかかっていた思考がスッとクリアになった。
これは明らかにバアルさんのことだな、間違いない。変装の術を施していても、隠しきれない彼のあふれる魅力が店長さんを魅了したんだろう。そうに違いない。
長い腕に抱き寄せられながら、うっきうきで近づいた俺を店長さんが「いらっしゃい!」と薄水色の羽と両腕を広げ、出迎える。
「おすすめは、こちらのぬいぐるみだ。それから貴重な笑顔のお写真も人気だよ」
「……貴重? 笑顔が、ですか?」
何気なく発せられた一言が引っかかり、つい疑問の声を漏らしていた。
だって、おかしいじゃないか。バアルさんは、どんな時だって穏やかな微笑みを絶やさない、素敵な人だ。
それなのに、いつもあんなに優しい笑顔を俺に向けてくれるのに……貴重、だなんて。そんな訳、ないのに。
店長さんは、少しだけきょとんと鋭い瞳を丸くしたものの、腕を組んでから頷いた。俺に同意を示すように、宥めるように笑顔で。
「うんうん分かるよ。長年のファンは皆言うんだよね、バアル様は鉄仮面なんかじゃない! ちゃんと笑っていらっしゃる! ってさ」
……鉄仮面って、どういうことだ?
店長さんは、俺が納得していると思っているようだったが、勿論違った。なんなら、さらに疑問が募っていた。
だが、すぐに解けることになる。続けて発せられた言葉と、彼が並べた二枚の写真によって。
それから、思いがけず知ることとなった。この国の方々が、俺という存在をどう思っていらっしゃるのかを。
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