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間違ってはおりませんよね? 将来の……でございますので
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不意におっとりとした声が、俺達におずおずと尋ねてきた。慌てて視線を向ければ、黒のスーツを身に纏った男の店員さんが胸元に手を当て、抜群の営業スマイルを俺達に向けている。
やっぱり彼も顔面偏差値が高い。優しい雰囲気のイケメンさんだ。羊の角……かな。綺麗に整えられた短髪を彩るように、くるりと巻いた角が側頭部から生えている。
「あ、その……えっと……」
「是非、よろしくお願い致します。こちらと……あちらのペアリングをお願いしても宜しいでしょうか?」
咄嗟に対応できず、わたわたしている俺の代わりに丁寧な会釈で応えたバアルさんが、先程の指輪を店員さんに指し示して伝えてくれる。
「銀のウェーブタイプと……ピンクゴールドの槌目模様でございますね。お間違いはないでしょうか」
穏やかな笑みを浮かべたまま店員さんが、俺とバアルさんを交互に見てから確認を取る。
……へぇ、S字はウェーブ、あの凸凹は槌目模様って言うんだな。そんでもって俺が銅色だと思っていたのはピンクゴールドだったらしい。一つ賢くなったな。
「はい。あ、でも……バアルさんが気になるのは……」
「私は、貴方様がお気に召されたお品が大変気になっております」
「ふぇ……」
柔らかい眼差しに鼓動が高鳴り、囁かれた言葉にじんわりと胸が満たされていく。
そんな、いきなり甘やかさないで欲しい。変な声、出しちゃったじゃないか。
……繋いでもらえた手が熱い。伝わってしまいそうだ。指先の震えと一緒に、絶賛はしゃぎまくっている俺の心音が。
こぼれ落ちそうなくらい、お花が咲き乱れている俺の脳内からはすっかり抜け落ちてしまっていた。
店員さんの前だってことも、ここがお店の中だってことも。完全に忘れて、バアルさんに溺れてしまっていたんだ。
清潔感漂う白い髭が渋くて色っぽい。優しさに満ちあふれた微笑みに心奪われ、新緑を思わせる緑の瞳に見惚れていると何やら温かい視線を感じた。
ぽやぽやと浮かれまくっていた俺の目がようやく捉え、気付く。健康的な色の頬をポッと染め、微笑んでいる店員さんの存在を。
ハッと緩んだ口元を抑えても、もう遅い。余計に微笑ましそうな笑顔で見つめられてしまった。
「……失礼致しました、お待たせしてしまい申し訳ございません」
今回ばかりは珍しく、バアルさんも照れているようだ。白い頬をほんのり染めて落ち着きなく、繋いだ手を緩めたり握ったりしている。
そのお陰、なんだろうか。俺にしては珍しく、早く冷静さを取り戻せたんだ。
店員さんはとても良い方だった。色んな意味で困らせてしまっていただろうに「大丈夫ですよ」と微笑んでくれたんだ。
「では、こちらの二品で宜しくお願い致します」
「畏まりました。お色は……ご一緒にいたしますか?それともお色違いになさいますか?」
こちらは銀の他に金が、あちらは黒がございますよ、と店員さんが続ける。
色違いか……一緒にする気満々だったから思いつかなかったな。
どうします? と口を開く間もなく、穏やかな声が意思表示してくれた。それも、また俺が天を仰いでしまいそうな名詞をさり気なく、堂々と付け加えて。
「私は、妻と揃いがいいのですが……」
「ッ…………お、俺も……お揃いが、いいです……」
よく頑張ったな、と褒めて欲しい。唐突にバアルさんの妻、という幸せ過ぎる言葉をいただいたにもかかわらず、膝から崩れ落ちなかったことに。
ちらりと送られた、どこか期待に満ちた眼差しにすぐ答えることが出来たことに。思わず、ひと回り大きな手を強く握り締めてしまったけれども。
「畏まりました、あちらで少々お待ち下さい」
ニコニコ微笑む店員さんから、受け付け近くの席を勧められた。綺麗なお辞儀を披露した彼が俺達に背を向け、お店の奥へと向かっていく。
まるで見計らっていたようなタイミングだった。悪戯っぽい笑みを浮かべた唇が、俺の耳元で小さく囁いたのは。
「……間違ってはおりませんよね? 将来の……でございますので」
「は、はぃ……全然、全く、間違ってません……」
「……大変嬉しく存じます。誠にアオイ様はお可愛らしいですね」
お顔が真っ赤でございますよ……と彼が笑みを深くする。たっぷり甘さを含んだ優しい声のせいだ。頭がくらくらしてしまう。湯気でも出ていそうだ。
結局、また盛大に膝が笑い始めてしまった俺は、全面的に彼からのエスコートを受けることになった。
逞しい胸元へ頬を引っつけた形で縋りつき、用意されたお席までの短い道のりを、筋肉質な腕によってほとんど運ばれるように歩いたんだ。
やっぱり彼も顔面偏差値が高い。優しい雰囲気のイケメンさんだ。羊の角……かな。綺麗に整えられた短髪を彩るように、くるりと巻いた角が側頭部から生えている。
「あ、その……えっと……」
「是非、よろしくお願い致します。こちらと……あちらのペアリングをお願いしても宜しいでしょうか?」
咄嗟に対応できず、わたわたしている俺の代わりに丁寧な会釈で応えたバアルさんが、先程の指輪を店員さんに指し示して伝えてくれる。
「銀のウェーブタイプと……ピンクゴールドの槌目模様でございますね。お間違いはないでしょうか」
穏やかな笑みを浮かべたまま店員さんが、俺とバアルさんを交互に見てから確認を取る。
……へぇ、S字はウェーブ、あの凸凹は槌目模様って言うんだな。そんでもって俺が銅色だと思っていたのはピンクゴールドだったらしい。一つ賢くなったな。
「はい。あ、でも……バアルさんが気になるのは……」
「私は、貴方様がお気に召されたお品が大変気になっております」
「ふぇ……」
柔らかい眼差しに鼓動が高鳴り、囁かれた言葉にじんわりと胸が満たされていく。
そんな、いきなり甘やかさないで欲しい。変な声、出しちゃったじゃないか。
……繋いでもらえた手が熱い。伝わってしまいそうだ。指先の震えと一緒に、絶賛はしゃぎまくっている俺の心音が。
こぼれ落ちそうなくらい、お花が咲き乱れている俺の脳内からはすっかり抜け落ちてしまっていた。
店員さんの前だってことも、ここがお店の中だってことも。完全に忘れて、バアルさんに溺れてしまっていたんだ。
清潔感漂う白い髭が渋くて色っぽい。優しさに満ちあふれた微笑みに心奪われ、新緑を思わせる緑の瞳に見惚れていると何やら温かい視線を感じた。
ぽやぽやと浮かれまくっていた俺の目がようやく捉え、気付く。健康的な色の頬をポッと染め、微笑んでいる店員さんの存在を。
ハッと緩んだ口元を抑えても、もう遅い。余計に微笑ましそうな笑顔で見つめられてしまった。
「……失礼致しました、お待たせしてしまい申し訳ございません」
今回ばかりは珍しく、バアルさんも照れているようだ。白い頬をほんのり染めて落ち着きなく、繋いだ手を緩めたり握ったりしている。
そのお陰、なんだろうか。俺にしては珍しく、早く冷静さを取り戻せたんだ。
店員さんはとても良い方だった。色んな意味で困らせてしまっていただろうに「大丈夫ですよ」と微笑んでくれたんだ。
「では、こちらの二品で宜しくお願い致します」
「畏まりました。お色は……ご一緒にいたしますか?それともお色違いになさいますか?」
こちらは銀の他に金が、あちらは黒がございますよ、と店員さんが続ける。
色違いか……一緒にする気満々だったから思いつかなかったな。
どうします? と口を開く間もなく、穏やかな声が意思表示してくれた。それも、また俺が天を仰いでしまいそうな名詞をさり気なく、堂々と付け加えて。
「私は、妻と揃いがいいのですが……」
「ッ…………お、俺も……お揃いが、いいです……」
よく頑張ったな、と褒めて欲しい。唐突にバアルさんの妻、という幸せ過ぎる言葉をいただいたにもかかわらず、膝から崩れ落ちなかったことに。
ちらりと送られた、どこか期待に満ちた眼差しにすぐ答えることが出来たことに。思わず、ひと回り大きな手を強く握り締めてしまったけれども。
「畏まりました、あちらで少々お待ち下さい」
ニコニコ微笑む店員さんから、受け付け近くの席を勧められた。綺麗なお辞儀を披露した彼が俺達に背を向け、お店の奥へと向かっていく。
まるで見計らっていたようなタイミングだった。悪戯っぽい笑みを浮かべた唇が、俺の耳元で小さく囁いたのは。
「……間違ってはおりませんよね? 将来の……でございますので」
「は、はぃ……全然、全く、間違ってません……」
「……大変嬉しく存じます。誠にアオイ様はお可愛らしいですね」
お顔が真っ赤でございますよ……と彼が笑みを深くする。たっぷり甘さを含んだ優しい声のせいだ。頭がくらくらしてしまう。湯気でも出ていそうだ。
結局、また盛大に膝が笑い始めてしまった俺は、全面的に彼からのエスコートを受けることになった。
逞しい胸元へ頬を引っつけた形で縋りつき、用意されたお席までの短い道のりを、筋肉質な腕によってほとんど運ばれるように歩いたんだ。
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