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魔宝石は本番で

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 少し長めな昼食兼休憩を楽しんだ俺達は、改めて大通りに面したアクセサリー店を目指していた。本日のメインイベントの二つ目である、バアルさんとのペアリングを買う為だ。

 俺の歩幅に合わせてくれていた、すらりと伸びた長い足が大きなガラス扉の前でゆっくり止まる。

 腰へ優しく添えられた腕にエスコートしてもらい、踏み入れた白いレンガの外壁が素敵な店内には、すでに数組のお客さんがいらっしゃった。

 多分、カップルさんかご夫婦さんだろう。ふわもふな毛皮に覆われた手を繋いでいたり、鱗に覆われた尻尾を仲良く絡め合ったりしている。

 皆さんが吟味しているショーケースの中の一つには、多種多様なデザインの指輪が並んでいた。

 金、銀、白金のみを使ったシンプルなのものから、小さな魔宝石をあしらったものまで様々だ。皆一様に店内の明るい照明を受けて、満天の星々のように輝いている。

「これだけ多いと迷っちゃいますね……」

 ……ホントに、どれもこれもピッタリで困ってしまう。頭の中にふわりと現れ微笑んだ、バアルさんの白くて綺麗な指に映えるものばかりで。

 あの……S字にうねったデザインの銀の指輪は、しなやかな彼の指がより色っぽく見えるだろう。

 こっちの丸くて、表面を金槌かなんかで叩いて仕上げた凸凹が特徴的な……銅、なのかな? ちょっと茶色っぽいのは、カッコよくなりそうだ。

 因みにデザインでなく、単純に惹かれてしまっているものもある。鮮やかな緑の魔宝石に彩られた指輪達だ。

 これは、もう……どうしようもない。そんでもって、きりがないので一旦置いておくことにする。

 それに……前に約束、したもんな……バアルさんと。本番は、魔宝石の指輪にしようって。こちらの言い伝えに沿って一緒に魔力を込めようって。そうしたら、永遠に一緒に居られるからって……

 不意に、腰に回された腕から抱き寄せられ、ますます優しい体温と密着する。少し濃くなったハーブの香りと伝わってくる温かい心音に、すでに緩みかかっていた頬が、ますますだらしなく下がってしまいそうだ。

 すっかり気持ちがふわふわ浮いている俺の耳元で、うっとりとした声が囁く。

「ええ、どちらも貴方様に似合いそうなお品ばかりですね。つい、端から端まで買い揃えたくなってしまいます……」

 この時俺は、同時に押し寄せたニ種類の感情によって、ちょっとしたパニックに陥っていた。

 わりかしお互い、似たようなことを考えていたんだな……というちょっと、いや大分嬉しい驚きが一つ。

 もう一つは、バアルさんならマジでやりかねないな……という焦りだ。

 なんせ、すでに今日散々味わってきたからな。尋常でない彼からのプレゼント攻撃をたっぷりと。

「えっ……そんな、俺、指……足りませんよ?」

 その結果が先の発言である。

 いや、そういう問題じゃないだろ? と即座にツッコんでいただろう。この場に、至極冷静な俺がもう一人居たならば、の話だが。

「ふむ、確かに。斯様に華奢で繊細な貴方様のお指に、ご負担をかけてはなりませんね」

 意外にも彼はあっさり納得してくれたようだ。残念そうに眉を下げた彼の、鮮やかな緑の瞳が俺の手をじっと見つめている。

 お揃いの小物入れがヘアピンだけでなく、指輪でいっぱいになる事態は無事回避出来たようだ。

 しかし、俺自身はすでにさらなる衝撃に襲われていたんだ。ときめきという名の衝撃に。

 顔がボッと熱くなってしまう。恭しく取られた手が当たり前のように左手なのは勿論「申し訳ございません……」とそっと撫でてもらえたのが薬指っていう事実に、また胸の鼓動が激しく高鳴っていく。

 これ以上、彼とのハレの日を意識するのはマズい。また満たされ過ぎて、膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

 ……落ち着け、深呼吸するんだ。それから切り替えろ。とにかく早く。

「っあ、と、取り敢えず……何点かに絞りませんか?」

「ええ、そう致しましょうか。アオイ様が気になっていらっしゃるのは……こちらとそちらでございますね」

 微笑み、小さく頷いた彼の指が迷うことなく、透明なケースの中で輝く指輪を順々に指し示す。当然のように当てられてしまった。二つとも。

 よっぽど俺って分かりやすいんだろうか? 雑貨屋さんでも、気になっていたティーカップあっさり見抜かれちゃったしさ。

「ぅ……そう、ですけど……何で分かるんですか?」

「貴方様の透き通った琥珀色の瞳が……それはそれはお美しく輝いておりましたので」

 必死に話題を振って続けたのに、逆にノックアウトされてしまいそうだ。煌めく瞳をうっとり細めた彼の指に、目尻をゆるりと撫でられて。

 それだけじゃない、さらに追い打ちをかけられてしまったんだ。寄り添っている俺だけにしか聞こえない、小さな小さな囁きに。

「……魔宝石の方もお気に召していらっしゃいましたが……そちらは本番に取って置きましょうね。約束、致しましたでしょう? 結婚の際、共に魔力を込めると……」

「ひゃぃ……取って置きます……込めます、魔力……いっぱい……一緒に、居たいから……」

「ふふ、いい子ですね……私も貴方様と同じ気持ちです。永遠に共に在りましょうね」

 温かく大きな手がよしよしと頬を、頭を撫でてくれる。今度こそダメだった。好きな人からの過剰な甘い供給に、堪えられなくなった俺の全身からみるみる力が抜けていく。

 ヘタれまくった俺の身体は、引き締まった腕にガッチリ支えてもらえたお陰で事なきを得た。

 でなけりゃ今頃、ショートパンツからむき出しの膝小僧が、鏡みたいにテカテカ光る白い石の床と、ごっつんこしてしまっているだろう。

「す、すみません……ありがとうございます」

「いえ、構いませんよ」

 さっきと同じ……いや、それ以上に蕩けた笑みを浮かべる彼はご満悦そうだ。触覚も、羽もひっきりなしにゆらゆらぱたぱたしている。

「……大変嬉しく存じます。腰砕けになられてしまうほど、お喜び頂けたのですから」

「あ、ぅ……」

 ここで、非常に残念な事実が判明してしまった。すでに彼の中では、俺がへにゃへにゃになる=滅茶苦茶喜んでる、という方程式が出来上がってしまっているらしい。

 まぁ、仕方がない……というか当然だろう。今日のデート中だけでも散々やらかしたからな。

 でも、やっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしい。今の俺なら、顔の熱でクッキー一枚くらいなら焼けるんじゃないか? などとアホなことを、至極真面目に考えてしまうくらいには。

「……よろしければ、ご試着なさいますか?」
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