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食い意地を張っていた訳じゃないんだけどなぁ……

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 どこか弾んだ声と共にフォークが差し出された。

「アオイ様」

 銀の先端には一口サイズに切られ、デミグラスソースをたっぷり纏ったハンバーグが、食欲をそそる香りと湯気を漂わせている。

 トロトロの卵に包まれたチキンライスの山を、スプーンで崩していた手を一旦止め、誘われるままに口に含んで噛みしめる。途端に広がる肉の旨味と深いコクのあるソースの味わいに、頬が自然と緩んでしまっていた。

「いかがでしょうか?」

「……スゴく美味しいです。ありがとうございます」

「それは何よりです」

 微笑む彼はご機嫌だ。額の触覚を揺らしながら、今度はエビフライにナイフを入れている。

 正直、意外だなと思った。ハンバーグに大ぶりのエビフライが二尾。それから瑞々しいサラダもついた、わんぱくなプレートが彼の前へと運ばれてきた時は。

 でも、やっぱりバアルさんはバアルさんだった。前日、二人でお店の雑誌を見ていた際、俺が夢中で見つめていたもんだから……一緒に食べたくなったらしい。

 ……ホントにズルいと思う。そういうことを当たり前のように覚えてて、何の気なしに実行するところも。気恥ずかしそうに頬を染めながらも嬉しそうに堂々と「大変楽しみにしておりました……」なんて言ってくれるところも。

 おまけにデザートもカップル限定スイーツの中から、俺の好きなチョコレート味のパフェを選ぶ徹底ぶりだ。

 ……やっぱり、ズルい。滅茶苦茶。ますます好きになっちゃうじゃんか。いや、好きだけど。

 視界の端で、俺の気持ちを代弁してくれているようにピンクやオレンジ、赤のハートが飛んでいる。メニューの蝶と同じ演出だ。

 溶けない術も同時に施されているらしいパフェの周りから、ひっきりなしに……ぽんっ、ぽんっと浮かんでは、シャボン玉のように弾けて消えていく。

「ふふ、お待たせ致しました。こちらもどうぞ」

 何やら勘違いされてしまったようだ。

 柔らかい笑みを浮かべた彼が差し出すフォークには、今度はタルタルソースがかかったエビフライが、これまた一口サイズで刺さっている。

 ……好きだなぁ……って見つめちゃってただけで、美味しそうだなぁ……って食い意地を張ってた訳じゃないんだけどな……

「どうか、ご遠慮なさらずに……次は私の番でございますので」

 また勘違いが重なった上に、気を使われてしまった。バアルさんは、俺の前にあるオムライスにちらりと視線を移し「貴方様の手づからいただけますよね?」と瞳を細める。

「は、はいっ……勿論」

 好きな人からのお願いに弱すぎる俺は速攻で頷いた。解けるどころか加速してしまっている勘違いなんぞ、どうでもいいわと放り投げて。

「大変嬉しく存じます……」

 羽をはためかせている彼に、いただきますをしてエビフライを口に含んだ。喜びにあふれていた唇が、ますます嬉しそうに綻んでいく。

 それだけでも、ときめきっぱなしの俺の鼓動は、狂ったように煩くなってしまったっていうのに。

「やはり……愛する御方とのお食事は格別ですね……」

 お返しのオムライスを食べてもらえた彼から、とびきりの笑顔と一緒に、幸せを噛みしめているような声で告げられて。今度こそ俺は、天を仰ぐようにひっくり返ってしまったんだ。
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