上 下
174 / 906

食い意地を張っていた訳じゃないんだけどなぁ……

しおりを挟む
 どこか弾んだ声と共にフォークが差し出された。

「アオイ様」

 銀の先端には一口サイズに切られ、デミグラスソースをたっぷり纏ったハンバーグが、食欲をそそる香りと湯気を漂わせている。

 トロトロの卵に包まれたチキンライスの山を、スプーンで崩していた手を一旦止め、誘われるままに口に含んで噛みしめる。途端に広がる肉の旨味と深いコクのあるソースの味わいに、頬が自然と緩んでしまっていた。

「いかがでしょうか?」

「……スゴく美味しいです。ありがとうございます」

「それは何よりです」

 微笑む彼はご機嫌だ。額の触覚を揺らしながら、今度はエビフライにナイフを入れている。

 正直、意外だなと思った。ハンバーグに大ぶりのエビフライが二尾。それから瑞々しいサラダもついた、わんぱくなプレートが彼の前へと運ばれてきた時は。

 でも、やっぱりバアルさんはバアルさんだった。前日、二人でお店の雑誌を見ていた際、俺が夢中で見つめていたもんだから……一緒に食べたくなったらしい。

 ……ホントにズルいと思う。そういうことを当たり前のように覚えてて、何の気なしに実行するところも。気恥ずかしそうに頬を染めながらも嬉しそうに堂々と「大変楽しみにしておりました……」なんて言ってくれるところも。

 おまけにデザートもカップル限定スイーツの中から、俺の好きなチョコレート味のパフェを選ぶ徹底ぶりだ。

 ……やっぱり、ズルい。滅茶苦茶。ますます好きになっちゃうじゃんか。いや、好きだけど。

 視界の端で、俺の気持ちを代弁してくれているようにピンクやオレンジ、赤のハートが飛んでいる。メニューの蝶と同じ演出だ。

 溶けない術も同時に施されているらしいパフェの周りから、ひっきりなしに……ぽんっ、ぽんっと浮かんでは、シャボン玉のように弾けて消えていく。

「ふふ、お待たせ致しました。こちらもどうぞ」

 何やら勘違いされてしまったようだ。

 柔らかい笑みを浮かべた彼が差し出すフォークには、今度はタルタルソースがかかったエビフライが、これまた一口サイズで刺さっている。

 ……好きだなぁ……って見つめちゃってただけで、美味しそうだなぁ……って食い意地を張ってた訳じゃないんだけどな……

「どうか、ご遠慮なさらずに……次は私の番でございますので」

 また勘違いが重なった上に、気を使われてしまった。バアルさんは、俺の前にあるオムライスにちらりと視線を移し「貴方様の手づからいただけますよね?」と瞳を細める。

「は、はいっ……勿論」

 好きな人からのお願いに弱すぎる俺は速攻で頷いた。解けるどころか加速してしまっている勘違いなんぞ、どうでもいいわと放り投げて。

「大変嬉しく存じます……」

 羽をはためかせている彼に、いただきますをしてエビフライを口に含んだ。喜びにあふれていた唇が、ますます嬉しそうに綻んでいく。

 それだけでも、ときめきっぱなしの俺の鼓動は、狂ったように煩くなってしまったっていうのに。

「やはり……愛する御方とのお食事は格別ですね……」

 お返しのオムライスを食べてもらえた彼から、とびきりの笑顔と一緒に、幸せを噛みしめているような声で告げられて。今度こそ俺は、天を仰ぐようにひっくり返ってしまったんだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...