間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
171 / 1,047

自分から言ったくせに、期待してしまっていたらしい

しおりを挟む
 どうやら、好きって気持ちには上限がないらしい。俺としては、もうとっくの昔に彼への想いが、あふれるほど募りまくっている自覚があったんだけどさ。

 それでも……どんどん降り積もっていくんだ。一緒に居てくれれば居てくれるほど、微笑みかけてもらえればもらえるほど。

 これからも多分……いや絶対、もっと好きになっていくんだと思う。昨日より今日、今日より明日って感じで……きっと。

 だから、その分って訳じゃないんだけど。ちゃんとイイところを見せて、アピールしないといけないよな。俺ばっかじゃなくて……彼にも俺のこと、ちょっとでも多く好きになってもらえるようにさ。

 ……そういう意気込みは、絶対に負けない。負けていないつもりなんだが。



 明るい鐘の音色に見送られ、雑貨屋さんを後にした俺達は、再びレンガが敷き詰められた大通りをのんびり歩いていた。

 ピンクに水色、オレンジと色鮮やかな建物達が、視界の端をゆっくりと流れていく。

 店内でお買い物をしていた時と同様に、手荷物はごく自然に彼の手に渡っていた。というか、取られてしまったんだ。せめて彼へのプレゼントは自分で……って思っていたんだけどさ。

 ……拒めなかったんだ。手を握られて、微笑みかけられて「今日は全て、私めに貴方様をエスコートさせて頂けませんか?」なんて、お願いされちゃったもんだから。つい、頷いちゃってたんだよ……嬉しくて。

 シンプルな茶色の大きな紙袋からは、戦利品の一つである猫クッションが、幸せそうな寝顔をひょっこり出している。先程から時々、すれ違う方々からのチラチラとした視線を感じるのは、この子が原因なのかもしれない。

 歩幅の狭い俺に合わせてくれながら、すらりと伸びた長い足で歩を進める彼、バアルさんはご機嫌だ。先程初めて見れた店内でのはしゃぎっぷりよりかは、幾分か落ち着いたように見えるけれども。

 緩く後ろに撫でつけられた、白く艷やかな髪が陽の光に照らされキラキラ輝く。額から生えている触覚が弾むようにゆらゆら揺れ、背にある半透明の羽もずっとパタパタはためいている。

 おまけに、整えられた白い髭が渋くて素敵な口元には、喜びがあふれてしまいそうな微笑みが絶えない。

 ……やっぱりかわいいな。いつも頼もしくてカッコいい彼ばかりを見ていたから、余計に。

 普段の彼は何があっても冷静で、穏やかな表情を崩すことが一切ない。それだけでなく、時間を操るなんてスゴい術を容易く使い、時には多勢に無勢の中、屈強な兵士さん方との手合いを涼しい顔で傷一つなく勝利を収めてしまうんだ。

 そんな男らしくて大人の余裕に満ち溢れた彼が、今は鈍い俺でも分かるくらいにウキウキしてくれている。もしかしたらその内、鼻歌が聞こえてくるんじゃないかなって、思わず期待してしまうくらいには。

 隣から伝わってくるとびきり明るい雰囲気に、浮かれっぱなしだった鼓動が大きく跳ねた。不意に抱き寄せられたからだ。支えてくれるように俺の腰に回されている、引き締まった長い腕から。

 ますます密着してしまった温もりと鼻を擽る優しいハーブの香りに、全身の熱が急上昇してしまう。でも、すぐに俺は思い知らされることになったんだ。ドキドキと高鳴っていくこのときめきは、ほんの序章に過ぎなかったんだって。

「あまり、斯様にお可愛らしい笑顔で見つめないで下さい……」

 少し見上げた先で、困ったように眉を下げた彼が微笑む。滑らかな白い頬をほんのり染め、どこか落ち着きなく指先で、茶色い巻きスカーフのシワを整えている。

 ……珍しいな。照れているんだろうか?

「あ、すみませ……」

 ついつい向け過ぎてしまっていた、不躾な視線に対して謝ろうとしたが叶わなかった。

 さらっと心を鷲掴みにされてしまったんだ。背筋がぞくぞくするような甘ったるい低音から続けざまに、耳元でそっと囁かれて。

「……奪いたくなってしまいます」

 何を? と問わなくてもすぐに分かった。いや、分からされてしまった。白く長い指先に、ぽかんと開きっぱなしの唇を、ちょんと優しくつつかれたからだ。

 いくつもの六角形のレンズで構成された、宝石よりも美しい緑の瞳が妖しく煌めく。無意識の内に止めていた歩みと同時に、時間まで止まってしまったんだろうか?

 そう錯覚してしまうほど、ほんのさっきまで周囲から聞こえていたハズの賑やかなざわめきは、今やすっかり消えてしまっている。聞こえているのは……ただ激しく高鳴り続けている俺の心音だけだ。

「ふぇ……」

 瞬く間に咲き乱れたお花が、俺の思考をぶわりと埋め尽くしていく。

 ……誰でもいいから褒めて欲しい。皆さんが行き交う大通りで堂々と逞しい胸元へ飛び込み、大胆にも首へ腕を絡めたくなった衝動に、すんでのところで打ち克った俺を。

「う、嬉しい、ですけど……ここじゃ、ちょっと……」

 またしても俺は、くしゃくしゃになるまでシワを寄せてしまっていたらしい。彼が身に纏う、明るめの紺のスーツジャケットを握り締めていた俺の手に、ひと回り大きな手がそっと重なった。

 しっとりとした指先に甲をゆったり撫でられて、手のひらから力が抜けていく。離すとすかさず、細長い指に絡め取られて、繋がれた。待っていましたと言わんばかりに、ぎゅっと。

 浮かれた熱で頭がぽやぽやしている俺に、どこか楽しそうな低音が囁く。

「ふふ、勿論弁えておりますよ」

 ……ホッとしたはずなのに、モヤッとしてしまっていた。

 上機嫌に触覚を揺らす彼の微笑みには、もう先程までのドキドキしてしまう艶やかさはない。いつもの柔らかい、陽だまりみたいな笑顔に戻ってしまっている。

 ……どうしようもなく欲張りな俺は、期待してしまっていたんだろう。自分から言ったくせに。彼の言う通り、場所をわきまえないといけないのに。

 自分の浅ましさに、気持ちが下を向きかけていた時だった。いつもより一段と低く柔らかい声が、俺の鼓膜を優しく揺らしたのは。

「それに何より、他人様に見られる訳には参りませんので。私だけに見せて頂ける……愛らしく蕩けたお顔を」

 しなやかな指が俺の頬を滑るように撫で、顎へと辿り着いて持ち上げる。

 一瞬、目の前で星が弾けたのかと思った。光の粒を閉じ込めたような、鮮やかな緑の瞳に魅入られて。目に映る景色が全部、キラキラと煌めいたように見えたんだ。

 鼻先で、蕩けるような笑みを贈ってくれた彼が離れていく。頭も、心も、ぽやぽやふわふわしている俺に、とびきり嬉しいお言葉で止めを刺してから。

「貴方様は、私だけのもの……でございますから」

 相変わらず彼は、俺を喜ばせる天才だ。俺からは何もサインを出していないのに、その時一番欲しい言葉を的確にくれるんだから。

 お陰様で俺の気分は、すっかり上を向くどころか舞い上がってしまっている。今の俺なら余裕で、あの晴れ渡った空高くまで飛んでいけそうだ。

「あ……ぅ……」

 ただ、うっきうきでスキップを踏んでる心とは正反対に、身体の方はノックアウト寸前だった。ひたすら情けない声を漏らしながら、無駄な筋肉が一切ない男らしいお身体に縋りつくことしか出来ない。

 全体重をかけてしまっているにも関わらず、片手で俺をしっかり支えてくれている彼は余裕綽々だ。

 そんでもって、ご満悦そうだ。白い水晶のように透き通った羽をパタパタとはためかせ、楽しそうに口の端を持ち上げている。

「ところで、アオイ様」

「ひゃいっ……な、なんれしょう?」

 脳みそだけでは飽き足らず、とうとう口までバカになってしまったんだろうか。びっくりするほど全っ然舌が回らない。下手したら通訳が必要なレベルだ。

「お次は、私達のペアリングをご一緒に選ぶ予定でしたが……」

 後光が差して見えるほど、優しさに満ちあふれているバアルさんは、そんな俺の様子を見ても笑うことは一切ない。それどころか大きな手で、俺の頭をよしよし撫でてくれている。

「一度、休憩を兼ねて昼食に致しましょうか。お時間も、丁度いい頃合いですので」 

 いつの間に取り出したのか。彼の手元には、銀色に輝く飾り気のない懐中時計が収まっていた。俺に見えるように差し出された文字盤の針達は、そろそろ十二時を指し示そうとしている。

「は、はい……そうしてくれると、スゴく助かります……」

 すでに色々と限界だった俺は、渡りに船だとばかりに頷いた。なんせ俺の膝は、今現在も絶賛がくがく笑いっぱなしだからな。

「ふふ……では、参りましょうか」

「……はい」

 そのまま、もたれ掛かって頂いて構いませんよ、と微笑みながら、筋肉質な彼の腕が俺の歩みを助けてくれる。お言葉に甘え、引き締まった腰に腕を回すと柔らかい笑みがふわりと深くなった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

処理中です...