上 下
169 / 906

もう認めてしまおう、意識しまくってるのはホントなんだから

しおりを挟む
「では、ティーカップを選びましょうか」

 頷いた俺に合わせ、すらりと伸びた長い足が大きく広い棚に向かって歩を進める。

 数々の誘惑に負けていないからだろう。さっきまでと同じように、ゆったり歩いていたハズなのに。あっさりと目的のコーナーへと辿り着けた。

 二人で肩を並べ、仲良く並ぶ色とりどりのティーカップ達を眺めていると穏やかな低音が尋ねてきた。

「アオイ様は、どのお色がお好きですか?」

「え……バアルさんの好きな色にしましょうよ。バアルさんの誕生日プレゼントなんですから……」

 口ではそう言いつつも、実は気になっているものがすでに二つ有った。

 一つ目は、カップとソーサーのフチに三本のラインが引かれたシンプルなものだ。鮮やかな緑の太い線を引き立てるように、細い金の線が上下から挟んでいる。

 二つ目は、いかにも王道というか。想像したら一番最初に浮かんできそうな、上品な花柄のカップだ。こちらは淡い緑のパステルカラーを背景に、バラに似たオレンジ色の花がいくつも描かれ、それぞれのフチを帯状に彩っていた。

 とはいえ、これはバアルさんへのプレゼントだ。まずは彼が気になるものを選んでもらい、その中からお互いの意見をすり合わせていくべきだろう。べきなのだが。

 目は口ほどに……ということなのか。それとも、単に俺が分かりやすいだけなのか。察しのいい彼には、あっさりバレてしまっていたんだ。

「……こちらとこちらでしょうか? 貴方様が気になっていらっしゃるお品は」

 一切迷うことなく指し示され、きゅっと締まった喉から情けない声が漏れる。

「あ、ぅ……そう、ですけど……」

「……アオイは、誠に緑色がお好きなのですね」

 悪戯っぽく微笑んで、蕩けるような声で囁く彼は、ご満悦な様子だ。宝石のように煌めく緑の瞳を細め、大きな手でひっきりなしによしよしと俺の頭や頬を撫で回してくれている。

 言わずもがな、バアルさんの術によるものだろう。彼の腕を拘束していたハズの猫クッションがはみ出たバスケットは、いつの間にか俺達の側でふわふわ宙に浮いていた。

 察しのいい彼のことだ。全部、分かって言っているんだろう。だったらもう認めてしまおう。意識しまくってるのはホントなんだから。

「……好き、ですよ…………大好きです……」

 開き直った俺の口からは、普段はなかなか伝えられない気持ちがぽつりとこぼれていた。

 バレバレなのが悔しくて……少し照れされてみたいと思ったのか。この機会にかこつけて……なのかは分からない。でもまぁ、どちらにしろ、あっさり返り討ちにされちゃったんだけどさ。

「……私も、貴方様を愛しておりますよ」

 ドキドキしっぱなしの胸を、見事に撃ち抜かれてしまった。ぴったりと身を寄せている俺だけにしか聞こえない、小さな小さな囁きに。

「ふぇ……」

 一気にボッと熱くなった全身から、へにゃりと力が抜けていく。

 傍から見れば、俺の方から彼にしなだれかかっているようにしか見えないだろう。実際は、今にも重力に従って崩れ落ちそうになっている俺を、逞しい彼の腕が余裕綽々で支えているだけなのだが。

「……い、色の話を……してたんじゃ、ないんですか?」

 往生際悪くヘタれた俺を、頭の片隅に残っていた冷静な部分が、随分といい度胸をしているな……と皮肉ってくる。

 そりゃそうだ。自分から仕掛けたくせに、棚に上げただけじゃなく、この期に及んで誤魔化そうとしてるんだからさ。

「おや、違いましたか? 先程の心躍るお言葉は、てっきり私めに贈って頂けたのだと存じておりましたが……」

「……っ……ち、違わないです…………バアルさんに向けて、言ってました……その…………す、好きだって……」

 瞬く間に、前言撤回してしまっていた。寂しそうに伏せられた瞳に、あっさりと白旗を上げていたんだ。

 わたわたしていた俺の手を、ひと回り大きな手が包み込む。ぎゅっと握られ繋がれたかと思えば、とっても満足気に微笑む彼と目が合った。

 ……ウソみたいだ。

 ついさっきまで、力なく触覚を下げ、しおしおと羽を縮め、しょんぼりと沈んでしまっていたってのに。いや、まぁ機嫌を直してくれたんだったら何よりなんだけどさ。

「……嬉しい限りでございます。私めと致しましては、こちらの花柄が大変気に入りました」

 棚に並ぶ箱を手に取ってから「いかがでしょうか?」と微笑みかけてくれる。

 そっと差し出された、透明な蓋越しには、俺が気になっていたティーカップの内の一つが仲良く並んでいた。

「……いいんですか?」

「ええ、これがいいんです」

 気がつけば、受け取っていた。真っ直ぐに俺を見つめる彼の、力のこもった柔らかい声に背中を押されて。

 ……また、甘やかされてしまったな……

 申し訳無さを感じてはいるものの、それを遥かに上回る嬉しさに勝手に顔がニヤけてしまう。

 ペアのティーカップが収まる箱を手に、彼と一緒にレジへと並ぶ。ふと目が合った瞬間、錯覚しそうになってしまった。

 心の底から嬉しそうに微笑む彼から「このカップで貴方様と共にお茶をするのが楽しみですね……」と囁かれ、顔の表情筋が溶けたんじゃないかってくらいにますます緩んでしまったんだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...