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目を惹かれる色
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俺の顔を覗き込むように見つめていたバアルさん。整えられた白い髭が素敵な口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。浮かんでいたんだが……途端にしょんぼりと口の端が下がっていく。
「左様でございますか……」
……てっきり冗談だと思っていたのに、本気だったんだろうか?
幅広の肩を落とす彼の表情は、なんだかスゴく残念そう。額から生えている触覚は力なく下がり、背にある半透明の羽も縮んでしまっている。
なんとか切り替えなければ……
きょろきょろ見回していた視界に鮮やかな花達が映る。壁際の棚には、丸や円柱にフラスコ型。色々な形の瓶に透明な液体を注ぎ、ガラス細工のようなお花を浮かべた置物が並んでいた。
「あー……えっと……あっ! これ、綺麗ですね!」
思わず彼が身に纏う裾を、明るめの紺のスーツジャケットを摘んで引っ張ってしまっていた。しかし、彼は気にすることなく柔らかい微笑みで答えてくれる。
「ハーバリウムですか……ええ、確かに素敵ですね」
目尻が下がり、彫りの深い顔が綻ぶ様に胸の辺りがじんわり緩んでいく。
俺を連れ、棚へとゆっくり歩み寄った彼の指先が、淡いピンクの花が詰まった細長い瓶に触れた。
「気になるお色はございますか?」
「そうですね……」
耳触りのいい声に促され巡らせた視線は、赤、青、紫、水色、黄色をさらりと流していく。引き寄せられるように、雫の形をした瓶の前でぴたりと止まった。
朝の日差しに照らされた森を、そのまま閉じ込めたような。鮮やかで、どこか温かくも感じる緑に、目も心も釘付けになってしまう。
瓶の中では形も大きさも異なる、いくつものハート型の葉っぱが、大小様々な満開の花を形作っている。彼らをより魅力的に見せようと所々に散りばめられ、浮かぶオレンジ色の細かい結晶が、華やかな彩りを添えていた。
心惹かれるまま手に取り、店の明かりに透かして眺めていた俺に、喜びを隠しきれていない声が囁く。
「ふふ、そちらがお気に召しましたか?」
「は、はい……スゴく、綺麗だなって……」
途端に心臓がはしゃぎ出す。手にしているハーバリウムよりも、眩い緑の瞳に真っ直ぐ見つめられ。ぴたりと寄り添ってくれる彼から漂う、優しいハーブの香りに鼻を擽られ。
「左様でございますか……では、ベッドサイドにでも飾りましょうか」
「え? ああ、いいですね……でも、お値段……」
まだ動かしていた俺の口を、細長い指がちょんとつつく。思わず言葉を止めている内に、手のひらに淡い緑の影を作っていた瓶が、ひと回り大きな手を経由してバスケットの中へとちょこんと収まった。
「どうか、私から貴方様へ贈らせて頂けませんか? 今日の記念として……」
「あ……ぅ……」
ごくごく自然に俺の手を取り指を絡めた彼が、形のいい眉を下げる。強請るような、切なげな眼差しでこちらを窺う。
好きな人からのお願いに弱すぎる俺は、つい考えもせずに首を縦に振りそうになった。が、すんでのところで踏ん張った。
……最初から、そのつもりだったのだろう。というか、なんならさっきのテーブルも、俺がノーと言わなかったら買うつもりだったのかもしれない。本気で。
軽く息を整えて、一心に俺を見つめる眼差しから、棚に並ぶハーバリウムへちらりと視線を移す。どうやら多少の差はあれど、どれも金貨一枚と銀貨五枚以内。要は千五百円位で買えるお手頃な品のようだ。
値札くらいは、自分で読めないと話にならないだろうと、バアルさんに頼んで教えてもらっておいた成果が出たな。
「……ありがとうございます」
これくらいならと頷けば、白い水晶のように透き通った羽が途端にパタパタとはためき出す。上機嫌に細長い触覚を揺らしながら、目尻のシワを深めた。
「でも、ティーカップは……予定通り、俺に贈らせてくださいね?」
このままだと割り勘にされてしまいそうなので、先手を打って釘を刺す。
いくらお揃いにするとはいえ、誕生日プレゼントだけは譲れない。なんせ、その為に毎日内職を。魔力切れ寸前までくず石に魔力を込めて、魔宝石に変えてきたんだからな。
頑張った甲斐もあるが……プラスアルファで地獄の王であり、俺の雇い主様でもあるヨミ様からの温かいお気持ちの上乗せもあり、一文無しだった俺の懐はホカホカだ。
「ええ、勿論。日々、心待ちにしておりましたから」
胸に手を当て嬉しそうに瞳を細めた彼に、少し落ち着きかけていた胸の辺りが再び弾み出す。ときめき過ぎて、うっかり腰を抜かしてしまいそうだ。
当たり前だが、俺の心の乱れっぷりなんて知る由もない彼は、追い打ちをかけてくる。というか、追い打ちをかけている自覚もないんだろうが。
「ですが、それ以外は構いませんよね?」
すっかり浮かれていた俺の心臓が、一際大きく跳ねた。
間近で、星が飛んで降り注いできそうなウィンクをいただいてしまって。それも、いつもよりトーンの低い……背筋がぞくぞくしてしまう、甘い囁きまでご一緒という大サービスだ。
「ふぇ……は、はぃ……」
あっさり膝から崩れ落ちそうになった俺を、筋肉質な腕が軽々と片手で支えてくれた。
てっきり俺は、ハーバリウムのことだろうと。もしくは、昼食代等を割り勘することなのだろうと思っていた。だが、その認識は甘かったんだと、すぐ気づくことになる。
「左様でございますか……」
……てっきり冗談だと思っていたのに、本気だったんだろうか?
幅広の肩を落とす彼の表情は、なんだかスゴく残念そう。額から生えている触覚は力なく下がり、背にある半透明の羽も縮んでしまっている。
なんとか切り替えなければ……
きょろきょろ見回していた視界に鮮やかな花達が映る。壁際の棚には、丸や円柱にフラスコ型。色々な形の瓶に透明な液体を注ぎ、ガラス細工のようなお花を浮かべた置物が並んでいた。
「あー……えっと……あっ! これ、綺麗ですね!」
思わず彼が身に纏う裾を、明るめの紺のスーツジャケットを摘んで引っ張ってしまっていた。しかし、彼は気にすることなく柔らかい微笑みで答えてくれる。
「ハーバリウムですか……ええ、確かに素敵ですね」
目尻が下がり、彫りの深い顔が綻ぶ様に胸の辺りがじんわり緩んでいく。
俺を連れ、棚へとゆっくり歩み寄った彼の指先が、淡いピンクの花が詰まった細長い瓶に触れた。
「気になるお色はございますか?」
「そうですね……」
耳触りのいい声に促され巡らせた視線は、赤、青、紫、水色、黄色をさらりと流していく。引き寄せられるように、雫の形をした瓶の前でぴたりと止まった。
朝の日差しに照らされた森を、そのまま閉じ込めたような。鮮やかで、どこか温かくも感じる緑に、目も心も釘付けになってしまう。
瓶の中では形も大きさも異なる、いくつものハート型の葉っぱが、大小様々な満開の花を形作っている。彼らをより魅力的に見せようと所々に散りばめられ、浮かぶオレンジ色の細かい結晶が、華やかな彩りを添えていた。
心惹かれるまま手に取り、店の明かりに透かして眺めていた俺に、喜びを隠しきれていない声が囁く。
「ふふ、そちらがお気に召しましたか?」
「は、はい……スゴく、綺麗だなって……」
途端に心臓がはしゃぎ出す。手にしているハーバリウムよりも、眩い緑の瞳に真っ直ぐ見つめられ。ぴたりと寄り添ってくれる彼から漂う、優しいハーブの香りに鼻を擽られ。
「左様でございますか……では、ベッドサイドにでも飾りましょうか」
「え? ああ、いいですね……でも、お値段……」
まだ動かしていた俺の口を、細長い指がちょんとつつく。思わず言葉を止めている内に、手のひらに淡い緑の影を作っていた瓶が、ひと回り大きな手を経由してバスケットの中へとちょこんと収まった。
「どうか、私から貴方様へ贈らせて頂けませんか? 今日の記念として……」
「あ……ぅ……」
ごくごく自然に俺の手を取り指を絡めた彼が、形のいい眉を下げる。強請るような、切なげな眼差しでこちらを窺う。
好きな人からのお願いに弱すぎる俺は、つい考えもせずに首を縦に振りそうになった。が、すんでのところで踏ん張った。
……最初から、そのつもりだったのだろう。というか、なんならさっきのテーブルも、俺がノーと言わなかったら買うつもりだったのかもしれない。本気で。
軽く息を整えて、一心に俺を見つめる眼差しから、棚に並ぶハーバリウムへちらりと視線を移す。どうやら多少の差はあれど、どれも金貨一枚と銀貨五枚以内。要は千五百円位で買えるお手頃な品のようだ。
値札くらいは、自分で読めないと話にならないだろうと、バアルさんに頼んで教えてもらっておいた成果が出たな。
「……ありがとうございます」
これくらいならと頷けば、白い水晶のように透き通った羽が途端にパタパタとはためき出す。上機嫌に細長い触覚を揺らしながら、目尻のシワを深めた。
「でも、ティーカップは……予定通り、俺に贈らせてくださいね?」
このままだと割り勘にされてしまいそうなので、先手を打って釘を刺す。
いくらお揃いにするとはいえ、誕生日プレゼントだけは譲れない。なんせ、その為に毎日内職を。魔力切れ寸前までくず石に魔力を込めて、魔宝石に変えてきたんだからな。
頑張った甲斐もあるが……プラスアルファで地獄の王であり、俺の雇い主様でもあるヨミ様からの温かいお気持ちの上乗せもあり、一文無しだった俺の懐はホカホカだ。
「ええ、勿論。日々、心待ちにしておりましたから」
胸に手を当て嬉しそうに瞳を細めた彼に、少し落ち着きかけていた胸の辺りが再び弾み出す。ときめき過ぎて、うっかり腰を抜かしてしまいそうだ。
当たり前だが、俺の心の乱れっぷりなんて知る由もない彼は、追い打ちをかけてくる。というか、追い打ちをかけている自覚もないんだろうが。
「ですが、それ以外は構いませんよね?」
すっかり浮かれていた俺の心臓が、一際大きく跳ねた。
間近で、星が飛んで降り注いできそうなウィンクをいただいてしまって。それも、いつもよりトーンの低い……背筋がぞくぞくしてしまう、甘い囁きまでご一緒という大サービスだ。
「ふぇ……は、はぃ……」
あっさり膝から崩れ落ちそうになった俺を、筋肉質な腕が軽々と片手で支えてくれた。
てっきり俺は、ハーバリウムのことだろうと。もしくは、昼食代等を割り勘することなのだろうと思っていた。だが、その認識は甘かったんだと、すぐ気づくことになる。
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