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★ ここに来てから眠れないってこと、今まで無かったのになぁ

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 中々眠れない日ってあるよな。しっかり明日に備えなきゃって気合入れてる時とか、早く明日にならないかなぁってわくわくしちゃってる時とかさ。うん、どっちも今現在の俺の状況です。

 身体の方は、もう準備万端だ。美味しい食事によってお腹は満たされ、広くて適温だった湯船によって手足の先まで程よく温まっている。まさにベストコンディションってヤツだ。夢の世界へと旅立つには。

 付け加えて、環境も完璧だ。いつもよりずっと早い時間に、青い水晶で作られたシャンデリアの明かりを落とした室内は暗く、穏やかな静けさに満ちている。

 キングサイズよりも大きくて広いベッドは、四肢をだらんと伸ばしている俺を丁重に支え、羽のように軽い掛け布団が優しく包み込んでくれている。

 おまけに好きな人からの腕枕つきだ。これ以上に快適な睡眠環境があるだろうか? いや、ない。ないんだけどさ。

 ……眠れない。

 心の中で呟いた……結論であり、俺の現状を表す一言に、自分から思い浮かべておいてうっかりため息が漏れそうになる。

 でも、漏らせない。俺と布団を共にしている彼、バアルさんを起こしてしまわない為だ。

 寝ているんだろうなぁ……多分。彼の逞しい胸板に顔を寄せさせていただいてるから、ちゃんと確認した訳じゃないけれど。

 少し前まで背中をゆったり撫でてくれていた、大きな手の動きは今や完全に止まってしまっているし、頭の上から規則正しい呼吸も聞こえているからさ。もう、一足先に眠りについちゃってるんだろう。

 ここに来てから眠れないってこと、今まで無かったのになぁ……むしろ最近は、朝までぐっすりだったハズだ。

 明日は、バアルさんとのデートなのに……初めて城下町に出かけるのに、何で今日に限って……

 不思議に思い、ここ最近の記憶を掘り起こしにかかったのがいけなかった。

 鮮明に思い出してしまったからだ。たっぷり優しく致してもらっていた……バアルさんとの甘い夜の数々を。

 頭の中にふわりと彼が現れる。襟元が緩んだシンプルな白いシャツから、綺麗な鎖骨のラインを覗かせ、すらりと引き締まった長い脚に黒いズボンを纏ったバアルさんが。

 いつもはキッチリと後ろに撫でつけている髪を、さらりと下ろした目元がどこか色っぽい。ただただ見惚れてしまっていると、白くて綺麗な手が俺に向かって伸びてきた。

 一回り大きな手のひらが、ゆるゆると頬を撫でてくれる。柔らかい微笑みを深くした彼が、宝石のように煌めく緑の瞳をゆるりと細めた。

 その光景を皮切りに、次々と駆け巡り始めてしまった。清潔感漂う白い髭が渋くてカッコいい口元に、浮かんだ艷やかな微笑みが。

 お胸の筋肉は綺麗に盛り上がり、当たり前のように腹筋は割れ、腰はキュッと引き締まった……男として憧れしかない彫刻のような肉体美が。

 蘇り始めてしまったんだ。

 俺の名を呼んでくれて、可愛いですね……いい子ですね……と褒めてくれる穏やかな低音が。甘やかすように何度もそっと口づけてくれる、柔らかい唇の感触が。全身を余すことなく撫で擦り、心地よさだけを俺に与えてくれる大きな手の温もりが。

 顔の中心へと一気に熱が集中していく気がした。同時に鼓動がドクドクと騒がしくなり、身体の奥の方が妙に疼いてきてしまう。

 ……どうしよう……今すぐバアルさんにキスして欲しい。というか、したい……滅茶苦茶。あの約束通り、今日もいっぱいしてもらったはずなのに。

 喉の渇きにも似た感覚を心が訴える。訴えたせいで、また俺の脳みそが余計なことを……本日の昼下がりのワンシーンを再生し始めてしまった。

 優しげに細められた瞳をただ見つめるだけで、笑みを深くした唇がそっと口に重なり、食んでくれる。もう、ずっと膝の上にお邪魔させてもらっているのに、バアルさんは嫌な顔ひとつしない。

 それどころか、すらりと伸びた体躯をソファーに預けながら、引き締まった腕の中で俺をひたすら甘やかしてくれたんだ。ちゃんと俺が満足するまで、ずっと……

 自分で自分の理性に止めを刺したせいで、頭の中はすっかり彼の微笑みでいっぱいになってしまっていた。

 ……前みたいに実は起きてたり、しないだろうか? もし、起きてたら……きちんとお願いすれば、一回くらいならしてくれるかもしれない。

 そんな一縷の望みをかけて、トクトクと温かいリズムを刻んでいる胸から顔を離す。

 ……ダメだった。

 瞼を閉じた彫りの深い顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。形のいい唇から規則正しい寝息が漏れる度に、額の触覚が僅かに揺れていた。

 一緒だ、完全に。珍しく早起きした時に、拝見させてもらった彼の寝顔と。しかも状況まで一致してしまっている。しなくていいのに。

 ……ちょっと、いや……大分欲求不満過ぎやしないか? 毎回、彼が寝ているのをいいことに、こっそりキスしようなんてさ。今回はまだ未遂だけど。

 ……もう、諦めて寝てしまおう。明日にさえなってしまえば、確実におはようのキスをしてもらえるんだし。それに何よりデートなんだし。

 ……でも、せめてこれだけは良いよな?

 自分を甘やかして、広い背中に腕を回す。立派なお胸に再び顔を押しつけると、彼から漂うハーブの香りが鼻先を優しく擽った。

 さらにすり寄り、柔らかさと丁度いい弾力さを兼ね備えた、素晴らしい筋肉の感触を堪能していた時だった。

 どこか残念そうな声色の呟きが、俺の鼓膜を静かに揺らしたのは。
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