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お土産は、バームクーヘンと

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 一切淀みなく、つらつらと歌うように紙束の全容が明かされていく。

「ああ、手頃な品が豊富の雑貨屋から、我が国随一の一級品が揃う魔宝石の専門店。ゆったりとした時間を過ごせる個室のレストランに温泉施設。勿論、二人で夜まで楽しめる屋内テーマパークのガイドブックも用意してあるからな」

 しなやかな両腕をバッと広げ「大船に乗ったつもりでいるがよい!」と締めた彼のご尊顔には無邪気で明るい笑みが浮かんでいた。

 それからやっぱり靡いていたし、はためいていた。艷やかな黒髪も、黒地に金糸で上品な刺繍が施された片側だけのマントも。イケメンには自然と爽やかな風が吹くもんなんだろうか。

「ヨミ様、お気持ちは大変嬉しく存じます……ですが、拝見させて頂くだけで日が暮れてしまいます」

 どうでもいいことに思考を持っていかれている内に、バアルさんがおずおずと俺が言いたくても言えなかったことを代わりに伝えてくれた。

 どこかしょんぼりと羽を縮めつつも「むう……確かに」と納得しかけているヨミ様へと更に言葉を重ねていく。

「それに、アオイ様が城下へお出掛けになられるのは、明日が初めてでございますので……」

「ああ、そうだったな。いくら貴殿がエスコートするとはいえ、不慣れな地でいきなり欲張り過ぎてはただ疲れるだけかもしれん。そのせいで折角のデートを楽しめなければ本末転倒だな……すまない」

 バアルさんが最後まで言い切る前に、口を開いたヨミ様のキリリとした眉がへにょりと下がる。組んでいた足を綺麗に揃え「すまなかった……」と俺にまで頭を下げる律儀さに恐縮してしまう。

「そんな、頭を上げてください……俺、スゴく嬉しかったです。俺達が楽しく過ごせるように、ヨミ様がいっぱい考えて準備してくれて……」

 思わず立ち上がり、胸の前でわたわた両手を振っていた俺を真っ赤な瞳が捉える。瞬く間にキラキラと輝き始めたかと思うと、沈んでいた表情もぱあっと明るくなった。

「本当か!? そうなんだよっ! 二人に喜んで欲しくてな、この日の為に沢山プランを練ったんだっ!」

 眩しい。弾かれたようにソファーから立ち、両手で俺の手を握り締めながらブンブンと振るヨミ様の満面の笑顔が。

 擽ったい。テーブルを挟んで謎の握手を交わしている俺達を見守る、バアルさんの優しい眼差しが。

「えーっと確か貴殿らの明日のメインは……お揃いのティーカップとペアリングを買い揃えることだったか。であれば、この資料が役立つだろうっ!」

 最後にぎゅっと強く握ってから俺の手を開放したヨミ様が、しなやかな足を高々と組みながら座り直す。

 つられて俺も腰掛け直していると、黒手袋に覆われた指先が軽やかに弾かれ、こ気味いい音を鳴らした。

 それが合図だったかのように、積み上げられたタワーがあっという間に解体されていく。宙に浮かんだ冊子や綴じられた紙束が、手品のようにぽぽんっと消えていく。

 残された数冊がふわふわと俺達の前まで降りてきて、テーブルの上にちょこんと重ねられた。

 どうにも俺は、考えていることが顔に出てしまっているらしい。

 ヨミ様にもそこまで詳しく言ったっけ? という疑問をあからさまに浮かべていたんだろう。口を開く前に先手を打たれてしまったんだ。

 頬にさらりとかかった髪を耳へとかきあげ「これも風の噂でだ!」と王様らしい威厳をたっぷり漂わせた通りのいい声で。

 ……へぇ……どれだけ細かい情報でも、逐一王様の元に集うもんなんだな。

 あまりの堂々っぷりと迫力に、単純な俺はあっさり納得していた。疑問が解消された俺は、得意げに口の端を持ち上げて微笑む王様に視線で促され、一番上の冊子を手に取った。肩を寄せるバアルさんにも見えるように広げた。

 表紙に花柄が可愛らしいお皿が数点載った冊子には、雑貨屋さんの情報が。店舗の外見と店内の雰囲気、更には数点のおすすめの雑貨の写真と一緒に丁寧にまとめられていた。ざっと見ただけでも、とても参考になるし見やすい。いい雑誌だ。

「ヨミ様、ありがとうございます。これで事前にお店の目星がつけられそうです」

「うむ、喜んでくれて何よりだ。後の冊子には、手頃なアクセサリー店とランチにお勧めのレストラン情報がまとめられている。これで不足はないと思うが……何かあれば声をかけてくれ、頼んだぞバアル」

「畏まりました。お気遣いありがとうございます」

 胸に手を当てお辞儀をしたバアルさんに、はつらつとした笑顔でヨミ様が返す。いつの間に紅茶を飲み終えたのか「ご馳走さま」と微笑んでから静かに席を立つ。

「では、そろそろ私はお暇するとしようっ」

 颯爽とマントを翻しと背を向けたヨミ様が「ああ……」と小さく呟いてから再び指先を弾く。

 こ気味いい音が俺の耳に届いたのと、ほぼ同時だった。両の手のひらに、ズシリとした重みを感じたのは。

「うっかり忘れるところだった。先日の給料だ、今回もよい仕事だったぞ」

 両手に収まっている馴染みの麻袋には、先のヨミ様の発言通り内職の成果が入っているんだろう。

 けれども、いくら以前と比べて質のいい魔宝石を作れるようになったとはいえ、開けて見なくても分かる硬貨の多さに不安を覚えてしまっていた。

「あ、ありがとうございます。でも、これ……」

 間違えてませんか? と続けようとしていた言葉を遮られる。白手袋に包まれた細く長い指に、唇をちょんとつつかれて。

 隣で困ったように微笑むバアルさんの真意を測りかねていると、顔だけ振り向いたヨミ様の真っ赤な瞳が、俺達を映してからゆるりと細められた。

「……では、お土産を買ってきてはくれないか? 大通りに美味しいバウムクーヘンの専門店があるんだ。父上は勿論だが、私も好きでな」

「はい、勿論。大通りのバウムクーヘン、ですね」

「場所はバアルが知っている。それで、良ければなんだが……」

 ふと、思いはした。珍しいな、言葉尻を濁すなんて、と。いつも嵐のように突然やって来ては、当然俺達が頷くもんだとして賑やかな催し事へと巻き込み、威風堂々去っていく彼にしては。

「はい、なんでしょう?」

「アオイ殿とバアルと一緒に楽しみたいんだ。出来れば……その、貴殿らの土産話と一緒に……」

 不敬だとは思いつつも、つい頬が緩んでしまっていたのが分かった。

 それは俺に寄り添う彼も同じのようで。絡んだ緑の瞳と微笑み合い、照れくさそうに頬をかいているヨミ様に応える。

 ふわりとこぼれた笑みに、胸がほっこりと温かく満たされていくのを感じた。
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