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ヨミ様作、紙束製のタワー

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 何事においても、事前に準備を重ねておくことは大切だ。

 備えあれば憂いなしと言うし。何より計画を立てている時って楽しいもんな。好きな人とのデートなら尚更。

 そんな訳で俺は、大切な彼との思い出作りをより良いものにするべくリサーチを始めたんだ。始めたんだが。



 頭の中にふと、三本の矢の話だとか、塵も積もれば……だとか。水が石を穿つ……だとかいう話が浮かんだ。

 思わず、ぷち現実逃避をしてしまうほど衝撃的だったんだと思う。銀の装飾が施された、大きく立派なテーブルから、聞いたことのない悲鳴が上がったことが。

 一体、何枚……いや何冊? あるんだろうという、つい数えたくなる好奇心さえ消え失せる。それほどまでに高く積み上がった、所々に太さの異なる冊子が混ざった紙束製のタワーが、ソファーに腰掛ける俺達の前に堂々とそびえ立っている。

 そんでもって、それを瞬きの間に建築したご本人様であるヨミ様も、溢れんばかりの威厳を漂わせていた。向かいのソファーの真ん中で、すらりと伸びた足を組んで。

 相変わらず彼には、王子様っていう名詞がぴったりだと思う。いや、正確に言うと王様なんだけどさ、地獄の。

 名だたる芸術家が作り上げたと言っても過言ではない、整った気品溢れる顔立ちに、真っ赤な瞳と艷やかで長い黒髪が彩りを添えている。

 左右の側頭部から生えている鋭い角が、青い水晶で作られたシャンデリアの明かりを受けて、淡い光沢を帯びる様も拍車をかけているのだろう。自然と居住まいを正していたどころか、うっかり拝んでしまいそうだ。

 ぼんやりと紙束タワー越しの彼を見つめていた俺の鼻を、馴染みのある甘い花のような匂いが擽る。

「ヨミ様、失礼致します」

 すらりと伸びた長身を傾け、見本のように綺麗なお辞儀を披露した彼。キッチリ後ろに撫でつけられたオールバックが似合う、黒の執事服を颯爽と着こなす彼。バアルさんが、慣れた手つきで白い陶器のティーポットから琥珀色の液体を注いでいく。

 満たされ、湯気を漂わせているティーカップは、あらかじめテーブルの上に用意されていた、相棒のソーサーの元へと静かに収まった。

「ああ、ありがとう、バアル。気を遣わせてしまってすまないな」

 コウモリの形をした真っ黒な羽をはためかせたヨミ様が、名画に描かれた美人画のような微笑みを浮かべる。

 再び会釈で応えたバアルさんの、いくつもの六角形のレンズで構成された、宝石のような緑の瞳がふいに俺を捉えた。

 心臓を、一発で鷲掴みにされてしまった。目が合った瞬間にふわりと綻んだ、整えられた白い髭が素敵な口元に。

 ホント、いきなりは止めて欲しい。ヨミ様の前だってのに……だらしない顔になっちゃうじゃないか。

 唐突過ぎる好きな人からのファンサに、俺が胸を高鳴らせまくっていることなんて。当然、彼は知る由もないだろう。

 手早く自分と俺の分の紅茶を淹れてから、流れるような動作で俺の隣に腰掛けたのだから。長く筋肉質な腕で、当たり前のように俺の腰を抱き寄せてくれたのだから。

「あ、ありがとうございます……」

「いえ」

 知らないんだから、追い打ちをかけている自覚も当然ないんだろう。

 ……というか、俺だけなんだろう。微笑みかけてもらえるだけで、手を繋いでもらえるだけで、未だに顔を熱くしてしまうのは。

 現に彼は平然と微笑んでいる。額から生えている触覚と背にある半透明の羽は、どこか上機嫌にゆらゆら、ぱたぱたしているけどさ。

「あー……えっとヨミ様、これって……」

「うむ、風の噂でな。明日、貴殿らがデートに出掛けると耳にしてな。今こそ私が収集した……城下町オススメスポット資料集が役立つのではと、持参した次第だ」

 正面からの微笑ましげな視線に堪えきれず、タワーと彼の端正な顔立ちとを交互に見ながら切り出せば、さらに笑みを深くして返される。

「え、これ全部……ですか?」

 風の噂とは? とか多少……いや、かなり気になる部分はあったものの、それを簡単に上回った疑問が口から自然と出てしまっていた。
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