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★ 何でも着ますよと言ったのだから

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 一度口に出してしまった言葉は戻せない……それが世の常だ。

 そんでもって、約束は守るためにあるものだ。自分にとって大事な人と交わしたものならば尚更。

 という訳で俺は覚悟を決めたのだ。決めたんだが……

「あの……やっぱり、変じゃありません?」

 すっかり日は落ち、広い室内に明かりをもたらしてくれているのは、今や天井で淡い光を灯している青い水晶で出来たシャンデリアだけ。その人工的な光に照らされている俺の姿は、ぶっちゃけ浮いてる。

 そりゃまぁ、そうだ。

 なんせ、広い室内の床全体は、細やかで美しい模様が描かれたふかふかの絨毯。憩いの場には、大きく立派なテーブル、上等な生地が使われたソファー。それらの脚や背もたれの部分には、上品な銀の装飾が。

 そんな高級感と気品溢れる室内に、悪魔のコスプレした男が突っ立ってんだからな。おまけに、大胆にも、へそと太もも丸出しの。

 黒のフード付きノースリーブは丈が短く、どうあがいても胸元までしか隠せていない。下は下で、今穿いてるボクサータイプのパンツとほぼ丈が変わらないんじゃ? ってくらいに短い黒の短パン。なので、正直服を着ている感覚が薄い。心もとなさすぎる。

 ホント、一体どこに需要があるっていうんだ……絶賛見せつけまくっている、一切割れてないぺらっぺらのお腹と、筋肉のきの字もないひょろひょろの足にさ。

 術によって一時的に、背中に繋がれているのは黒いコウモリの羽。更には尾てい骨辺りにこれまた黒い、先の尖った長い尻尾が生えている。が、どちらも縮んだり、しょんぼり下がってしまっている。

 付けている人の気持ちと連動して動くというのはホントのようだ。まさに、今の俺の心境を物語っているもんな。

 それにしても……ほんのさっきまでの、穏やかな、まったりとした一時が嘘みたいだ。

 お揃いの吸血鬼の仮装で写真を撮ったり、魔法使いの服を着て、彼の協力の元、いかにも俺が操っているみたいに緑の光で出来たコウモリや星を、周りに飛ばしてもらったりしてさ。普通に楽しんでいたもんな、ハロウィン。

 思わず、重たい溜め息を吐きかけた時だった。

 キングサイズよりも大きく広いベッドに腰掛け、上質な生地の黒いズボンを纏う長く引き締まった足を緩く組み、ただ俺を見つめていた彼。バアルさんが、柔らかい笑みを湛えた口をそっと開いたのは。

「いえ、大変可愛らしいですよ……アオイ」

 穏やかな低音で、噛み締めるように紡がれた一言が、じんわりと胸の奥まで染み入っていく。言葉の魔力はスゴい。特に、好きな人からの温かい言葉は絶大だ。

 なんせ、沈みかけていた気分を、あっという間に舞い上がらせてくれたんだから。

 一気に満たされた胸はドキドキと高鳴り続け、途端に元気になった背中の羽が、勝手にパタパタとはためいてしまっているのを感じた。それから尻尾も…………ってなにをしてくれているんだっこいつは!?

 ……俺の視界の端にゆらゆらと、上機嫌に揺れる黒いハートの形が映る。

 そう、俺の尻尾だ。そこまで表現しなくていいってのに、今現在の俺の心境を器用にくるんと形作ってしまっている……その長さを活かして。いや、活かさなくていいから、ホント。

「あの……これは違、わないんですけど……」

 慌てて揺れる尻尾を引っ掴んで、ハートの形を崩そうと両手で必死に力を込めたが、ビクともしない。今だけは一応、俺の身体の一部のくせに……なんて強情なんだ。

 それどころか、大きなハートの隣に更にもう一個。小さなハートを新たにくるりと作り出そうとしている。

 マジで勘弁してくれ……そんな全力で俺の気持ちを表現しようとすんな。しないでください、お願いします。

「ふふ、本当にアオイ様は、大変愛らしくていらっしゃる。貴方様のお可愛らしさに、年甲斐もなく骨抜きにされてしまいました……」

 いくつもの六角形のレンズで構成された、宝石みたいに煌めく瞳にうっとり見つめられ、浮かれた熱で頭がぽやぽやしてしまう。

 今は細かい装飾が施された銀色に輝く仮面によって、片方は隠されているっていうのに。左目だけでもスゴい威力だ。

「……ひぇ……」

 きゅっと喉が締まったせいで、思わず情けない声を漏らしていた。

 カッチリと後ろに撫でつけられた、オールバックの生え際から生えている彼の触覚が、突然動きを止める。背中ではためいていた、俺のと同じ偽物のコウモリの羽も。さっきまで、どちらも上機嫌そうにゆらゆら揺れたり、ぱたぱたはためいたりしていたのに。

 整えられた白い髭が渋くてカッコいい口元に、柔らかい笑みを浮かべたまま、バアルさんが音もなく静かに立ち上がった。

 俺の元へとゆっくり歩みを進め、跪く。

 彼が纏う中世の貴族っぽい服に施されたものと同じ、金糸の装飾で彩られた黒いマントがふわりと広がった。

 黒い手袋に覆われた手が、俺の手を恭しく取る。俺が見ているのを確認してから、甲へと形のいい唇を寄せた。まるで見せつけているみたいに。

 そっと離し、こてんと首を傾げながら見上げた彼は案の定、悪戯っぽく微笑んでいた。

「どうか、私めに御慈悲を……貴方様を抱き締め、口づける栄誉を与えて頂けませんか?」

「は、はいっ勿論。こちらこそ、その……よろしくお願いします……」

 嬉しそうに瞳を細め、立ち上がった彼の温かく筋肉質な腕が俺を優しく包み込む。

 ……やっぱり落ち着くな……バアルさんに、ぎゅってしてもらえている時が一番。

 広く逞しい背中に腕を回し、彼の体温と鼻を擽るハーブの香りを堪能していると、頭の上でくすりと笑う気配がした。

 不思議に思って胸元から顔を離せば、嬉しそうに細められた緑の瞳とかち合う。

 目線だけで促されて下を見ると、またしても俺の尻尾が、今度は彼の引き締まった腰にぎゅうぎゅうと巻きついてしまっていた。おまけにしっかり先端で、器用にハートの形を作ることも忘れずに。

「あ……ぅ……ごめんなさい……これ、俺、制御出来なくて……その……」

「構いませんよ……大変嬉しく存じます」

 ただでさえ、ドキドキとお祭り騒ぎの真っ最中である心臓が、一際大きく跳ねた。いつもより低く、どこか甘さを含んだ声に、鼓膜を優しく擽られたからだ。

 俺よりもひと回り大きな手が、頬をするりとひと撫でしてくれてから、滑るように顎へと辿り着く。

 細く長い指によってゆっくり持ち上げられ、妖しく煌めく緑の瞳に心を奪われた。

「……バアルさ……ふ……ん、ん……ぁ……」

 すっかり見惚れているうちに俺達の距離がなくなっていた。互いの吐息が混じって、唇を甘く食まれていた。

 触れるだけのキスを何度も交わしていると、いつものように手袋越しでも温かい手が、俺の身体をゆるゆると這い回り始める。

「あっ……ん、ぅ……は……ぁっ……んん……」

 どうしよう……まだそんな、やらしい触り方じゃないのに……感じてしまう。服越しじゃなくて、直に触れてもらえているせいだ。

 今だって、添えられた手のひらに優しく腰の辺りを擦ってもらいながら、指先で首筋を撫でてもらっているだけなのに。背筋がぞくぞくして……期待してしまう。

 もっといっぱい触ってくれないのかなって、俺のこと……気持ちよくしてくれないのかなって。そんな俺の下心なんて、察しのいい彼はお見通しなんだろう。俺に機会をくれたんだ。

「……アオイ、私に何か……して欲しいことは、ございませんか?」

 わざとらしいリップ音を立てて、離れていってしまった彼が尋ねる。よしよしと頭を撫で回してくれながら、艷やかに微笑む彼の意図なんて分かっていた。分かっていたんだけどさ。

「…………ベッドに、連れて行ってくれませんか?」

 やっぱりヘタれな俺には、これが精一杯だったんだ。

 素直に、エッチして欲しいです……ってお願いすることが出来ずに、バアルさんが俺の気持ちを汲んでくれることに望みをかけて、遠回しに誘うことが。

 手触りのいいマントを摘み、引っ張ってしまっていた俺の手に、彼の手がそっと重なり握られる。どうやら、今日の俺はツイてるらしい。

 微笑みかけてくれた優しい彼が「畏まりました……」と片手で軽々と俺を抱きかかえてくれたんだ。おまけに、頬にキスをしてくれるサービスつきで。

 ほどなくして、俺は真っ白なシーツの上へと下ろしてもらった。続けてゆるりと足を伸ばした彼の逞しいお膝の上へ、はやる気持ちを抑えながらお邪魔させてもらった。

 もらったんだが……前言撤回だ。ツイてない。いや、全然って訳じゃなかったんだけどさ。
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