上 下
212 / 824

皆さんの前だというのに、いつものクセで

しおりを挟む
「はい、どうぞ」

 白い牙を覗かせながらニカッと笑うスヴェンさんに続けて、お手伝いにぱたぱた飛び回っている子豚達がぷきゃっ! と元気な声を上げた。

「ありがとうございます! いただきますっ」

 大きな手から差し出された銀色の器とスプーンを受け取り、慎重に雪を踏みしめ運んでいく。スヴェンさん達がシチューをよそう仮設テントの直ぐ側へ。不思議と冷たくない、雪を固めた広いテーブルへバアルさんと並んで着いた。

 正面にはヨミ様とサタン様が、俺の左隣にはグリムさんが「お邪魔しますっ」とクロウさんを連れて一緒に座った。

 器から伝わってくる温かさが、じんわりと指の先から伝わってくる。この温度も含めてご馳走だ。

 大ぶりの鶏肉にじゃがいも、にんじん、色鮮やかなブロッコリー。ごろごろ大きな具材が纏う、とろりとしたシチューから真っ白な湯気と一緒に立ち上る、いい匂いが堪らない。もう美味しそう。

 皆さんと揃っていただきますをしてから、そそられるがままに一匙口に含む。

 ひと嚙みするだけで、しっとりしたお肉がホロホロと蕩けていく。同時に広がるコクのある旨味と温かさが程よく疲れた身体に染みる。自然と頬が緩んでしまっていた。

 それからうっかり、いつものクセも出てしまっていた。

「あー……美味しい。はい、バアルさんもどうぞ! 美味しいですよ、スゴく」

 感動する柔らかさの鶏肉を乗せ、お裾分けをしようとしていたんだ。皆さんの前だというのに、バアルさんも同じシチューをいただいているというのに。

 緑の瞳を縁取る白い睫毛がぱちぱち瞬く。俺が差し出したスプーンを、きょとんと見つめていたのもつかの間だった。

「ふふ、ありがとうございます」

 穏やかに綻んだ口元をくすりと深め、匙を食んでくれたのだ。

「……大変美味しいですね」

「ですよね!」

 速やかに合わせてくれただけでなく、微笑みかけてくれた彼の優しさのお陰で俺は気づかない。

「いいなぁ……ねぇクロウ! 僕にもしてくださいよ、あーんって!」

 ようやく気づいたのは、グリムさんからフードマントの裾をぐいぐい引っ張られていたクロウさんが、ぽつりと尋ねた時だった。

「別に構わんが……味、同じだぞ?」

 思わず取り落としそうになった匙が、テーブルに叩きつけられる寸前に宙で静止する。意思でも持ったかのように、俺のシチューへと自ら帰還してくれる。言うまでもなく、バアルさんの術によるフォローだろう。

「あ……ぅ……」

「変わりますよ、絶対! だってバアル様、自分で食べている時より幸せそうでしたもん! アオイ様からあーんしてもらった時の方が!!」

「ひぇ……」

 思いがけない追い打ちを受けたせいで、気持ちがぐっちゃぐちゃだ。恥ずかしさと嬉しさとを、高速で反復横跳びしている気分。

 兎にも角にも落ち着こう、リラックス、リラックスだ……

 深呼吸をして、走り続けている鼓動を落ち着けようとしたが無理だった。

「皆、仲良しさんだな!」

「うむ、よいことだの」

 上機嫌な声に釣られ、顔を上げてしまったせいだ。思いっきり受けてしまったんだ。四つの真っ赤な瞳からの微笑ましい眼差しを。

「……アオイ様」

 柔らかい声が俺を呼び、大きな手がゆったりと背中を撫でてくれる。

「バアルさっ……ん……」

 弾かれたように横を向いた俺に差し出されたのは助け舟ではなく、シチューが盛られたスプーンだった。

 嬉しそうに細められた瞳は期待に揺れ、透き通った羽がそわそわとはためいている。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

「……いただきます」

 ただでさえ、好きな人からのお願いに弱い俺だ。断れる訳がなかった。そもそも断る理由もないしな。

 シチューは勿論、美味しかった。それから、分かった気がした。

 ……背中の辺りが擽ったくて仕方がなかったけど、心が満たされたんだ。バアルさんから食べさせてもらった時の方が、ずっと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...