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これからも、色とりどりの思い出を貴方と

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「でもねぇ、最近になってからだよ」

 どこか感慨深い笑みを浮かべた店長さんが、木製の板に写真を置く。どちらもバアルさんが写っている。

 いつもの彼だ。左の方は。細められた瞳は淡い光を帯び、綻ぶ口元にはあふれんばかりの喜びを湛えている。とても素敵な写真だ。

 でも、もう片一方は、俺が知っている彼ではなかった。

 心が凍りついてしまっている……

 そう思わずにはいられないほど、表情の抜け落ちた彼がそこにいた。鉄仮面っていう言葉がピッタリなほどに。

 頭に鈍い衝撃が走る。足元が、ぐらぐらする。

 だが、店長さんは俺の胸中なんて知る由もない。胸をトントンと叩きながら、噛み締めるように言葉を続けた。

「思わず見惚れるくらい……この辺りが温かくなるくらいに……幸せそうな笑顔を浮かべていらっしゃるのは」

「最、近……?」

 目の前の笑みが深くなった。その満面の笑みから繰り出された一言が、跡形もなく吹き飛ばしていったんだ。俺の胸に渦巻きかけていた、仄暗いものを。

「そう、あの噂の奥方様、アオイ様がいらっしゃってからさ!」

「へ?」

「いやぁ、バアル様が惚れ込まれるのも分かるよ。人間とは思えない愛らしい笑顔に透き通った瞳……それだけでも十分魅力的なのに、広く優しい心をお持ちなんだから」

「え、あ……ぅ?」

 どんどん顔が熱くなる。バクバク胸が煩くなる。

 ……いやいやいや、え? ウソだろ? 俺が来てから、変わっただって? バアルさんが? そんな……そんなことって……

 ずっと、もらってばかりだと思っていたのに。スゴく嬉しくて温かい気持ちを、心安らぐ居場所を……あふれて、こぼれそうな幸せを。

 ……俺も、あげられてたのか? 彼に? 

 ……もし、そうだとしたら……それはとっても嬉しいことで、泣いてしまいそうなくらい幸せで……

 顔中どころか目も、鼻の奥も、胸も熱い。全身から湯気が出ていそうだ。

 すっかり力が抜けた全身を、逞しい胸元に預けきっている間もなお、アオイ様を称える話は続く。これぞまさにオーバーキルだ。ご本人である俺にとっては。

「俺の娘は城勤めでね、娘からアオイ様のお話を聞いてたらすっかり俺も大ファンに……」

「そのお気持ち、大変分かります」

 へにゃへにゃな俺とは打って変わって、バアルさんは生き生きしている。

 食い気味に店長さんへと同意を示し、何度も頷いている。キレイな瞳を、端正な顔を輝かせ、ゆらゆらぱたぱた触覚と羽を動かしながら。

「おや、旦那さんはアオイ様のファンかい? だったらいいのがあるよ!」

 イヤな予感がした。万が一、いや億が一のハズが、現実になってしまいそうな、そんな予感が。

「新作のアオイ様ぬいぐるみだ!」

 ……当たってしまった。

 満面の笑みで取り出されたぬいぐるみは、スゴく見覚えのある造形と配色をしている。

 今朝、いや……なんなら毎日鏡の前で見ているような気がするのは、気のせいなんかじゃないだろう。気のせいであって欲しかったが。

 オレンジがかった茶色の短髪に、これまたオレンジに近い目。バアルさんとのお散歩デートで着ている、フリルのついた白いシャツ。緑のチェック柄の半ズボンと黒いブーツ。

 それから、お気に入りの緑の魔宝石をあしらったループタイまで、しっかりと再現されてしまっている。しなくていいのに。そんな忠実に。

 今、どんな気分か? と問われたら、恥ずかしいから早く穴に埋めてくれ! と迷わず叫ぶだろう。叫べないし、叫ばないが。

 そんな俺の羞恥心を煽るかのように、ぬいぐるみは満面の笑みを浮かべている。ばっと両腕を広げ、抱っこを強請るポーズまでしながら。

「どうだい? ご夫婦で買い揃えてくれるんだったら、おまけにとっておきの二人のお写真を……」

「全て、買わせて頂きます。アオイ様関連のグッズを全て」

「ひぇ……」

「毎度あり!」

 俺が復活する頃には、すでに俺が欲しかったバアルさんグッズと一緒に会計が済まされてしまっていた。

 バアルさんは、少し前の宣言通り店ごと買い占めようとしたようだが、叶わなかったらしい。

「……大変人気のお品ですので、お一人様二点までだと断られてしまいました……」

 とスゴく残念そうに触覚を下げていた。でも全部のグッズを、ちゃっかり最大の四点まで買っていたのは流石だと思う。

 袋いっぱいにグッズを抱えて微笑む彼の姿を見ていたら、恥ずかしいって気持ちはいつの間にか消えていて、俺まで嬉しくなっていた。背中がちょっぴり擽ったくなったけどさ。

 バアルさんが大事そうに先程の戦利品を術でしまう。空いた手はそっと俺の手に重なり、握られた。

 少し賑わいが収まったレンガの道を、彼と肩を並べてのんびり歩く。

 不意に、ぽつりと呟かれた低音が、少し冷たくなった風に乗って俺の耳に届いた。

「貴方様は……以前私に、仰って頂けましたよね」

 弾かれたように顔を上げた先で、優しい眼差しに迎えられる。煌めく緑を見つめながら俺は言葉を待った。

 なんとなく、分かったんだ。さっきの写真に関することじゃないかって。

 ゆっくりと繰り返す吐息が聞こえる。気持ちを落ち着けているかのように。

 繋いだ手に、僅かに力が込められる。真っ直ぐに俺を映す鮮やかな緑が少し揺れて、滲んだ気がした。

「……私と、会えただけで……幸せだと……今が、スゴく幸せなんだと……仰って頂けましたよね」

「はいっ……俺、幸せです。バアルさんが、側に居てくれるから」

「……私も、貴方様と同じお気持ちです」

 気がつけば安堵の息が漏れていた。明るく緩んだ彼の表情に、喜びを噛み締めているような声色に。

「アオイ様と出会えて私は初めて、幸せになっていいのだと……そう思えたのです」

「バアルさん……」

 じんわりと心に染み渡って熱くなっていく。いつの間に俺は泣き虫になってしまったんだろうか。

 今日はとびきり嬉しくて幸せなことしかなかったのに。なんでだろう、彼の笑顔がボヤけて見えないんだ。

「ですから、改めて……これからも宜しくお願い致します」

 腰に添えられていた大きな手が、俺の頬をゆるりと撫でる。ぽろぽろあふれてこぼれる雫を拭ってもらい、ようやく柔らかい微笑みに応えることが出来た。

「……はいっ! もっと、色んなところに……出掛けましょうね…………一緒に」

「ええ、一緒に参りましょう」

 珍しく滲んでいた、優しい目元をお返しに拭う。指先で触れる度にバアルさんはくすくすと笑っていた。どこか気恥ずかしそうに、嬉しそうに笑っていたんだ。
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