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★ バアルさんにしてもらっていたのは、バアルさんと致していたのは、バニラセックスと言うらしい

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 どこか上機嫌に触覚を揺らしながら、大きな手が俺の背をゆったり撫でてくれている。

 穏やかな微笑みを浮かべたままの唇から、何の気なしに紡がれていく言葉に、俺の身体は大きく跳ねてしまっていた。向き合った状態で、バアルさんの逞しいお膝の上に、お邪魔させてもらっているにもかかわらず。

「ば、バニラ……せっ……」

「ええ、挿入をなさらない……キスと触れ合いのみでの行為を、バニラセックスといいます。今しばらくは準備を進めながら……引き続き、そちらで愛を育んで参りましょうね……」

 柔らかい低音が淡々と、今まで俺がバアルさんに致してもらっていた行為の概要を説明してくれる。

 その情報だけでも、さっきの深い触れ合いでくらくらしている頭には、刺激が強すぎるのに。形のいい唇で、額や目尻、頬に首とゆっくり上から下へと順番に触れていってくれるもんだから困ってしまう。

 ただでさえ、お花が咲き乱れっぱなしの脳内が、浮かれた熱でますますバカになってしまいそうだ。

 ちょっとした彼の言動で、心臓がお祭り騒ぎになってしまう俺の状態なんて、バアルさんは知る由もない。軽いリップ音を立てると同時に、俺の首元から顔を離した。

 僅かに感じたぞくぞくする感覚にびくんっと反応してしまった腰と一緒に、俺は尋ねた声まで震わせてしまった。

「ん……は、はぃ……それで、その……俺が…………バアルさんのを、挿れてもらうには……」

「……貴方様の可愛らしいお尻の穴を、私の指で解していく必要がございます」

 耳触りのいい囁きが、ほんのりと甘さを帯びていく。

 ほんのさっきまで、優しい手つきであやすように撫で回してくれていた指先が、触れるか触れないかのタッチですぅっと背筋をなぞりながら下りていき、腰の辺りにするりと触れる。

 身体の奥が疼くような感覚に、思わず口から変な声が出ていたどころか、もじもじと太ももを擦り合わせてしまっていた。

「ひぁっ…………が、頑張ります……」

 言うまでもないけれど驚いたし、不安じゃない……と言えば嘘になってしまう。彼から男同士のやり方を教えてもらって。

 でも、それらを上回る嬉しさもあったんだ。男の俺でも彼と繋がれるんだって。ごく一般的な好き同士みたいに、愛し合うことが出来るんだって知れたからさ。

「大丈夫ですよ。貴方様が、私を受け入れてもらえるように、じっくり時間をかけて慣らしていきますから……」

 俺を安心させてくれようと手を繋いで微笑みかけてくれる彼に、心の隅っこにあったしこりが徐々に溶けて、消えていった。

「……はい、お願いします」

 頷いて、握り返した俺を映している緑の瞳がゆるりと細められる。嬉しそうに目尻のシワを深めた彼が、触れるだけのキスをしてくれてから、おずおずと俺に尋ねてきた。

「……ところで、今夜は……いかがなさいますか?」

「へ?」

 だらしなくふにゃふにゃと緩みきっていた口から気がつけば、間の抜けた疑問の声が漏れてしまっていた。ついスキップを踏んでしまいそうなくらい、気分がふわふわしていたせいだろう。

 上手く頭が回らず、ただただぽけーっと見つめ続けている内に、目の前の白い頬がほんのり染まっていく。そわそわと半透明の羽をはためかせていたバアルさんが、繋いでいる手をやわやわと握っては緩めながら、ぽつぽつと言葉紡いだ。

「……まだ、有効でしょうか? 貴方様が先程、この老骨めに、お与えになろうとされていたご褒美は……」

「あ、はいっ……勿論」

 そうだった。完全に頭から抜け落ちてしまっていた。彼の手を握り締めながら「今日は、俺が全部しますからっ!」なんて大見得まで切っていたくせに。

「ありがとうございます……では、アオイ様から私めに触れて頂けますか?」

「は、はい……失礼します……」

 花が咲くような笑みを浮かべてくれた彼の期待に応えなければと、優しい目元を彩っている艷やかな髪に手を伸ばす。いつも俺をたっぷり甘やかしてくれる彼の手を思い浮かべながら、そっと触れて、ゆっくり梳くように撫でてみた。

 経験が無い間は、とにかく豊富な方の真似をするしかない。そう結論を出していた俺は、バアルさんが、いつも俺にしてくれている手順を、思い出せるかぎりそのまま追っていくことにしたんだ。

 彼だったならば、いつも俺の頭を撫でてくれながら、唇で額や頬に優しく触れてくれていた。じゃあ俺もと、触り心地のいい髪を撫でながら、滑らかな頬に自分の口を押しつけてみた。

 手はゆっくり動かしたまま慎重に触れて、離れて、よし出来たっと心の中でガッツポーズをしたのも束の間。不意に絡んだ柔らかい眼差しに「良く出来ましたね……」と褒めてくれる穏やかな低音に、きゅっと胸が高鳴ってしまう。思わず俺は、彼の綺麗な髪を、強く握ってしまっていたんだ。

「あ……ご、ごめんなさいっ」

「ふふ、大丈夫ですよ。私めの身体は、そのように可愛らしいお力で傷むような、繊細な作りはしていませんから……お気になさらず、どうか引き続き、貴方様の心が赴くままに、私に触れて下さい」

「……はい」

 よしよしと大きな手で俺の背を撫で、励ましてくれるバアルさんの優しさが、じんわりと心に染みていく。改めて、彼にも気持ちよくなって欲しいという思いを強くした俺は、一度も触れたことのない耳へと手を伸ばしてみた。

 ……ここは、俺と変わらないんだな。

 指の腹で摘んだ柔らかいそれに対して、率直な感想が頭に浮かぶ。両手で左右同時に優しく揉んだり
、擦ったりしていると、目の前で微笑んでいた唇から擽ったそうな笑い声が漏れた。

 ……これではダメだ。拙い俺の触り方じゃ、どれだけ時間をかけても、彼を気持ちよく出来そうにないな。だったら、もうちょっと大胆にいってみるか? そうしたら少なくとも、ドキっとさせることくらいは出来るかもしれない。

 よしっと気持ちを切り替えた、珍しくヘタれていない俺の思惑は、これまた珍しく成功した。優しいハーブの香りが漂う首元に唇で触れてから、思い切って舌先で撫でた時、聞いたことのない色っぽい吐息が俺の耳に届いたんだ。

「…………んっ」

 初めて感じた手応えに、俺は舞い上がってしまっていた。自分が今している行為に恥ずかしさを一切感じることなく、じゃれついている犬みたいに何度も、何度も……彼のきめ細やかな肌に舌を這わせていた。

 夢中だったんだ。だから、まぁ……気がつかなかったのも当然だな、と今は思う。

「……アオイ」

 少し掠れた低音が、俺の名を呼ぶ。俺の腰を支えるように緩く回されていた、引き締まった長い腕がスッと離れていく。俺よりひと回り大きな手が、両の肩をそっと掴んだ。

「はいっ、なんですか? バアルさ……」

 また、褒めてもらえるのかな?

 浮かれていた俺を待っていたのは、柔らかい眼差しと優しい微笑みではなく……熱のこもった瞳と妖しく艷やかな笑みだった。形のいい薄い唇が、お返しとばかりに俺の首を甘く食む。

 ただ舐めているだけだった俺とは違う。頭の芯まで痺れさせられるような舌の動きに、俺はただ握った彼のシャツにシワを寄せながら、情けない声を上げることしか出来なかった。

「あっ……あ、待って……待ってくださ……あぁっ」

 いっこうに止めてもらえる気配もなく、与え続けられる心地のいい感覚。まるで俺自身が、心臓になってしまったみたい。全身がドクドクと脈打っている。目の奥が熱く、視界がどんどんぼやけていってしまう。

 おまけに、お手本とばかりに指の腹で、耳の後ろを優しく擦りながら、背中を腰の辺りから上に向かって、つうっと撫で上げてくれるもんだから困ってしまう。俺の方が、先に……気持ちよくなっちゃってるじゃないか。

「ふぁっ、んん……だめ……ぁっ、まだ俺……ご褒美、あげられてないのに……」

 すっかり崩れかけていた理性を必死に掻き集める。

 ……このまま、最後まで気持ちよくして欲しい……

 胸の奥から湧き上がってきていた願望を押し止め、彼に訴えた。

 途端に俺を追い詰めようとしていた動きがぴたりと止まる。どこか名残惜しそうに軽く口づけてから、ゆっくり離れていった唇がおずおずと言葉を漏らした。

「……申し訳ございません。貴方様の積極的なお姿に、つい昂ぶってしまいました」

 しょんぼりと触覚を下げたバアルさんが、甘えてくれているみたいに額を擦り寄せてくる。ほんの少し前までの色っぽい彼とのギャップに、ほっこりとした温かさが胸を包みこんだ。

 ふわふわとした気持ちに背中を押されたんだろう。気がつけば俺は、彼の唇に自分の口をそっと重ねていたんだ。

「ん……大丈夫、ですよ……触ってくれるのは……その、とても嬉しいというか……いつでも大歓迎なんで……」

「アオイ様……」

 ぴょこんと元気を取り戻した彼の触覚がゆらゆら揺れて、淡い光沢を帯びた羽がぱたぱたはためく。

「い、今は、俺の番ですからねっ」

 するりと俺の腰を撫でた手つきの妖しさに、慌てて釘を刺すと「畏まりました……」とどこか残念そうに眉を下げて微笑んだ。

 ……油断も隙もないな、全く。いや、それだけ俺に触りたいって思ってくれているのは、滅茶苦茶嬉しいんだけどさ。
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