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★ もしや、アオイ様も……抱きたいとお考えになられているのでは

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 今の俺、きっと……いや、絶対に変な顔になってるよな…………

 さっきから延々と込み上げ続けている恥ずかしさで、歪んでしまっているであろう顔を俯くことで隠す。

 無駄な足掻きだってのは分かっている。だけど、好きな人の前ではカッコつけたい。ほんの少しでも……可愛いって思われたい。俺にとっては、至極切実で重要なんだ。情けない姿を、バアルさんに見られないようにすることは。

 布地が擦れる音の後に、ふわりと落ち着くハーブの香りが鼻先を擽った。優しく俺を包み込んでくれる温もりに、ようやく頭が認識する。バアルさんが抱き締めてくれているんだと。

「……ありがとうございます。貴方様から私に触れて頂き、存分に撫でて頂けた……それだけでも身に余る光栄でしたが……積極的に私との愛を育もうとして頂けるそのお気持ち、大変嬉しく存じます」

 嬉しさに満ちあふれる声色で紡がれた言葉が、胸にじんわりと染み込んで、ふわふわと弾んでいく。逞しい胸板から頬を離し、見上げた先で、淡い光の粒を閉じ込めた緑の瞳とかち合った。

 大きな手が、細く長い指先が、俺の髪を梳くように撫でてくれる。そのままするりと滑るように頬へと辿り着き、ゆるゆると撫でてくれる。

「バアルさん……」

 思わず伸ばしていた手を、ひと回り大きな手が指を絡めて繋いでくれた。彫りの深い顔がゆっくりと近づいてきて、スッと通った鼻がちょこんと触れて、俺達の吐息が一瞬混じる。

 優しく食んでくれただけで離れていってしまった、あふれんばかりの喜びを湛えた唇が僅かに歪んでぽつりと呟いた。

「……ですが、そのお言葉を聞いて……私は、ある考えに至りました。もしや、アオイ様も……抱きたいとお考えになられているのではないかと。今まで私は、貴方様のお望みを叶えて差し上げられていなかったのではないかと……」

 申し訳無さそうに眉を下げ、俺の頬を優しく撫で続けてくれている彼の言葉がストンと胸に落ちる。

 ……ああ、成程。確かに、いきなり気持ちよくさせたいって言ってこられたら、そちら側に回りたかったのかなって思われても不思議じゃないよな。

 …………ん? 今、バアルさん「アオイ様も」って言ったよな? もってことは……バアルさんは、抱かれたいじゃなくて、抱きたいってことでいいんだよな?

「あ、あの……因みに、バアルさんは……その……俺のこと……」

「抱かせて頂きたいです」

「ふぇ……」

 食い気味に返ってきた、甘さと熱を含んだ低音に、思わず上ずった声が漏れてしまっていた。

 たった一言で鷲掴みにされてしまった心臓は、壊れてしまったかのようにバクバクと暴れ出す。全身の熱が、どんどん顔の中心へと集まっていく。湯気でも出ていそうだ。

 妖しい光が灯り始めている緑の瞳が、射抜くように俺を見つめ続けている。いつの間にか、ぶわりと大きく広がっている、白い水晶のように透き通った羽が、視界の端で忙しなくはためいていた。

「ああ、ご心配なさらないで下さい……もし、私が貴方様を抱かせて頂く場合は、入念に準備を重ねます。初めてでも一切痛みを感じさせず、気持ちよくなって頂けるように致しますので……」

「……あ、ぅ……」

「勿論、私が受け入れさせて頂く場合も、何ら問題はございませんよ。私めの身体は、丈夫に出来ております……貴方様のお望みのままに、私を愛して頂けると、大変嬉しく存じます」

「…………ひぇ」

「ですから、どうか貴方様の素直なお気持ちを……お聞かせい頂けますでしょうか?」

 まだ、いつもみたいに触れてもらえていないのに。つらつらと紡がれる魅力的な言葉の数々に耳を擽られる度、ぞくぞくとした感覚が背中を走り、視界がじんわり滲んでいってしまう。

 ぽやぽやと蕩けかかった頭の中には、すでに淫らな妄想が繰り広げられてしまっていた。

 ベッドの上で互いに生まれたままの姿で抱き合い、バアルさんの大きな手でたっぷり甘やかされながら、何度も口づけてもらえるという。俺にとって、夢でしかない光景が。そんな俺が返す答えなんて……もう、一つしかない訳で……

「…………俺は、抱いて欲しいです……バアルさんに……」

「……アオイ様」

「その、どういう準備をしたら……抱いてもらえるようになれるかは、分かりませんけど……俺、これからも頑張りますね」

 もともと抱いてもらっているんだと思っていたってのもあるけど……単純に好きなんだ。嬉しいんだ。彼に触れてもらえることが。

 だから、もっといっぱい彼に愛してもらえるように、ちゃんと準備をしてもらわないとな……

 って思った上での決意表明だったんだが。温かく白い手を、俺が握り返した時にはすでに、お日様のようにぱぁっと輝いていた彼の表情が、何故か沈んでしまっていたんだ。

「……バアルさん?」

「申し訳ございません、私としたことが失念しておりました……貴方様は全てが初めてでいらっしゃったのに……」

 以前彼から『そのような行為に関する知識はどの程度ございますか?』と問われた俺は、知らないにもかかわらず、さも知っているかのように見栄を張ってしまった。

 だから、ちゃんと伝えていない俺が悪いのに。相変わらず優しい彼は、落ち込んでしまっている。しょんぼりと垂れ下がり、僅かに震えている触覚に、胸がきゅっと締めつけられた。

「そ、そんな、気にしないでくださいっ……元はと言えば、知らないって言わなかった俺が悪いんですから。それに、今までみたいに教えてくれますよね? その……俺が、バアルさんに…………だ、抱いてもらえるようになるまで……ちゃんと……」

 勢いよく抱き寄せられたかと思えば、口を塞がれていた。それだけでもう、答えとしては十分だった。十分だったんだが……艷やかな微笑みを浮かべ、熱のこもった眼差しを注ぎ続けている彼が、たった一度の触れ合いだけで、終わらせるハズがなかった。

 大きな手で頭の後ろを固定され、腰に回っている引き締まった腕にぎゅうぎゅうと抱き締められ、身を捩ることも出来ない。熱く潤んだ彼の体温が、強請るように唇に何度も触れてくる。

 好きな人からのお誘いだ、当然断る理由なんてある訳がない。自分からってのは、なんだか少し恥ずかしいけれど。口を薄く開いて招き入れた。

 すかさず、ぬるりと入ってきた熱い温度が舌先に触れ、ぴりぴりとした甘い痺れが全身に走る。

 大きくて長い舌に絡め取られて、優しく何度も擦り合わされて。吐息を奪われてしまうような彼との触れ合いに、俺はあっさりと限界を迎えてしまった。彼のシャツをぐしゃぐしゃになるまで握り締めたまま、逞しい腕の中でくたりと腰を抜かしてしまっていたんだ。
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