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★ こんな変な顔、絶対にバアルさんにだけは、見られたくないのに

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 当然、彼の手が止まることはない。大丈夫だと、問題ないと、言ってしまったんだから。

 唯一の朗報があるとすれば、彼の胸元に顔を押し付けているから、表情を見られてしまうことはない、ということだけだ。

 正直、絶対に変な我慢顔になっている自信がある。ただ、キスはしてもらえなくなったから……その分の寂しさと勿体無さで、プラマイゼロかもしれない。

 どうでもいいことに俺が思考を割いている内に、今まで耳と背中のみだった彼の指先が、今度は首筋へと移動していた。

 ここは、今まで触ってもらっていなかったんだから大丈夫なハズ。あの感覚は、腰の辺りがぞくぞくして、目の奥が熱くなるような感覚は、しないハズなのに。

「んぅ……っ」

 いちいち確認しなくても、手の感触だけで分かった。彼の白いシャツを、しわくちゃに握り締めてしまっているのが。

 それでも緩めることが出来ずに、握り続けている俺の頭の中には、絶えず疑問の声が浮かび続けている。なんで? どうして? と。

 そんな考えすら、真っ白に塗り潰されていく。

 首のラインに沿って、上下にゆるゆる撫で続けている彼の優しい手つき。いつもならば、俺を安心させてくれる手のひらが、俺を徐々に追い詰めていく。

「うぁ……あっ…………んん……」

 気がつけば、俺は声もろくに我慢出来なくなっていた。半開きなままの口で、ただただ荒い呼吸を繰り返す。

 心臓が激しく脈打ち、すっかり熱くなっている俺の身体は、とうとう完全におかしくなってしまったんだろう。

 触ってもらえていなくても、小刻みにぴくぴくと震えるようになってしまっていたんだ。

「……アオイ様」

 不意に手を止めた彼が、耳元でそっと俺に呼びかける。

「ふ、ぁ……」

 その柔らかい囁きにすら、情けない声の混じった吐息を漏らしてしまった。もじもじと身を捩ってしまっていた。顔がカッと熱くなる。

 もはや答える余裕すら一切ない俺は、握り締めたままのシャツを力なく引っ張ることで、彼に対して返事をする。

 俺の身に起こっている異常事態が、さすがにバレてしまったのだろう。

 いや、聡くて優しい彼のことだ。とっくの昔に気づいていたけれど、俺のちっぽけなプライドを守る為に、気づかないフリをしてくれていたのかもしれない。

 そんな俺の予想はほんの一部、気づかないフリをしてくれていた、という部分しか当たっていなかった。

 いや、厳密に言えば……俺が何かしら音を上げるまで待っていた、という方が正しかったのだから。実際は、かすりもしていなかったな。うん。

 そんな訳だからさ。続けて発せられた彼からのお願いは、この事態を解決してもらえるもんだと思っていた俺にとって、全く予想も出来ない内容だったんだ。

「……お顔を、見せて頂けませんか?」

 そんなの、見せられる訳がないだろっ!

 あやすように、よしよしと彼に頭を撫でてもらっていた俺が、真っ先に叫んだ一言である。心の中で。

 勿論、現実の俺には、そんな余力は一切残っていない。なので、彼の胸板に額をぐりぐりと押しつけることで、訴えていたのだが。

 いやいや、だって、絶対引かれるだろ。顔の表面の濡れ具合から察するに、涙やら、最悪鼻水でぐしゃぐしゃになってるんだぞ?

 ……そんな情けない顔、もう初対面の段階でバッチリ見せていただろ。それどころか、ハンカチで鼻水まで拭ってもらっていただろ。とかいう声が、頭の中で聞こえた気がしたが無視だ無視。大事なのは今なんだよっ!

 謎の決意を固めていた俺だったが、すぐさま知ることとなる。

 バアルさんのこととなると、あっという間に頭の中にお花が咲き乱れてしまう、俺の意志の弱さを。知識だろうが、経験だろうが、何においても彼の方が、俺よりも一枚もニ枚も上手だって事実を。

「お顔を、上げて頂けませんか? アオイ……」

 ……それはズルいだろ。

 唐突な呼び捨てと、ひどく寂しそうな声のコンボに、反射的に顔を上げてしまいそうになる。

 もうひと押しだってことは、彼も分かっていたんだろう。畳み掛けるように、耳元で言葉を重ねてきたんだ。

「お願い致します……私めに、どうか御慈悲を……貴方様に口づける栄誉を、与えて頂けませんか?」

「…………ズルい、ですよ……そんなの……」

「申し訳ございません……アオイの可愛らしいお顔が見られず……大変、寂しく存じておりましたので……」

 結局、ちゃんと固めていたハズの俺の決意は、好きな人からキスを強請られただけで、いとも簡単に砕け散った。

 額を離してそっと見上げれば、甘ったるい響きを含んだ声で囁く彼が、ふわりと微笑みかけてくれる。俺よりも一回り大きな両の手で、頬を優しく包み込んでくれる。

 それだけでも十分だった。変な顔を見られてしまった恥ずかしさで、下を向きかけていた俺の気分が上を向くには。

 だったのだが、あふれんばかりの喜びを湛えた唇で額や目尻、頬に口と余すことなく触れてもらえたお陰で、俺は完全に舞い上がってしまったのだ。

 さっきまでとは違う意味で情けない顔を、だらしなく緩みきった表情を晒したまま、彼の首に腕を回していたんだ。
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