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★ 俺が期待してたのと違うんだけど……まぁ、いいか

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 確かに俺は、直接的なことを何一つとして言ってはいなかった。

 でも一応、スキンシップ以上のことをしてもらえると期待していたんだ、と俺にしてはハッキリ伝えたんだし……

 その後の、ちょっと余裕が無さそうな彼の雰囲気的にも、そういうことをいたしてくれる流れだと思っていた。思っていたんだが。


 随分と前から窓の外は、黒一色で塗り潰されたように暗闇が支配している。

 青い水晶で作られたシャンデリアの明かりだけが、ほのかに照らす広い室内の奥。大人3人が川の字になっても、まだ余裕があるふかふかのベッドの上で横になり、俺達は向き合っていた。

 まだほんのり熱を帯びた、湯上がりの身体を寄せ合いながら。

 ……こういう触れ方のことを、フェザータッチっていうんだったっけ?

 まるで、壊れ物にでも触っているかのよう。バアルさんは、慎重にやわやわと撫でてくれては、柔らかい笑みを浮かべた唇で、額や目尻、頬に優しく触れてくれる。

 ほんの少しだけ擽ったさは感じるものの、有り体に言えば気持ちがいい。気持ちがいいんだが……種類が違う。俺が想像していた方じゃない。

 まぁ、そもそも彼が熱心に触ってくれている部分が、耳って時点でお察しだが。

「……あまり、よろしくはございませんでしょうか?」

 どうやら、こっそり抱いていた不満をバッチリ顔に出してしまっていたらしい。

 バアルさんは、形のいい眉を下げ、額に生えている触覚をしょんぼりと下げてしまっている。

「い、いえ……気持ちいいですよ? 普通に」

 どこか不安そうな彼に向かって、咄嗟に思っていた半分は言葉に出来たものの、肝心な方は伝えることが出来なかった。

 これって、いつもの触り合いっこと変わらないんじゃないんですか? と。

 俺の返答に、「左様でございますか」といくつもの六角形のレンズで構成された瞳が、宝石のように煌めく緑の瞳が、安心したかのようにゆるりと細められる。

 俺の心臓は、あっさり鷲掴みにされてしまっていた。

 いつもは、オールバックのスタイルでキッチリ後ろに撫でつけられている髪。白くて、艷やかな前髪が、今は下ろされ、優しい目元にさらりとかかっている。お陰で、色っぽさがマシマシになっているのだ。

 いや、まぁ……彼にときめいていない時の方が、少ないんだけどさ。

 カッチリ着こなしている執事服姿ではなく、黒いパンツと白いシャツだけのリラックス姿であるバアルさん。その緩んだ襟元からは、綺麗な鎖骨のラインと逞しい胸板がチラリと覗いてしまっている。

 ぼんやりと思考を羽ばたかせながらも俺は、しっかりその肉体美に見惚れてしまっていた。元気を取り戻した触覚をそわそわ揺らし、背中にある半透明の羽をぱたぱたはためかせながら、彼がぽつりと尋ねてくる。

「……では、このまま続けさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「畏まりました」

 綺麗に整えられた白い髭が似合う口元を綻ばせ、彫りの深い顔がゆっくり近づいてくる。

 送ってくれたのは、唇が軽く触れ合うだけのものだった。なのに単純な俺は、まぁいっかと胸の隅っこに抱えていた小さな不満を、あっさり手放していた。

 マッサージ方面の気持ちよさだけども、気持ちいいことには変わらない。

 それに、何より好きな人から、バアルさんからいっぱい触ってもらえるんだ。おまけにキスもしてもらえるんだから、十分じゃないか。

 改めて動きを再開した彼の白く長い指が、俺の耳たぶを優しく擦りながら、捏ねるように揉む。

 時々、耳の後ろを指先でなぞるようにするっと撫でられると、ちょっとだけ擽ったい。でも、別に嫌な感じはしない。

 それどころか、このまま続けてもらっていたら眠ってしまいそうだ。循環が良くなってきたのか、徐々に身体がぽかぽかしてきたから尚更な。

 うとうと微睡んでいた俺に、そっと口づけてくれた彼の薄い唇が、囁くように小さく開く。

「……アオイ様。もし何かありましたら、すぐに仰ってくださいね?」

 こつんと額を合わせて「どんな些細なことでも構いませんので」と念を押してくる。ぽやぽやした頭のまま頷いた俺は、こう解釈していた。

 揉まれて痛いところがあったら遠慮なく言ってくれってことだろうな……と。

 まぁ、そもそもこの時の俺は、彼が今、俺にしてくれている行為をマッサージだとしか認識していなかったんだから、そういう風にしか受け取れないのも当然なのだが。

 ふと、耳ばかり重点的に触れていた大きな手の片方が、腰の辺りに添えられた。

 今度は腰か。その予想は当たっていたのは、当たっていた。

 実際、彼は撫で始めた。が、手つきが違う。いつものように手のひら全体で、ゆるゆる撫で回してくれるものではなかった。指先で、背骨に沿って触れるか触れないかのタッチで撫で上げられたのだ。途端、ぞくぞくした感覚が背筋に走る。

 そのせいか俺は、鼻にかかったような変な声を口から漏らしてしまっていた。

「ふぁ……っ」

「……いかがなさいましたか?」

「だ、大丈夫……です。ちょっと、擽ったかっただけなんで……」

 咄嗟に、逞しい胸板へと顔を埋めてしまっていた俺には、彼の表情は分からない。

「……左様でございますか」

 しかし、いつもの穏やかな声で頭を優しく撫でてもらわれ、ほっと小さく息を吐いた。どうやら、変な風には思われなかったらしい。

 ひとまずピンチ? を乗り切った俺だったが……今なお、予断を許さない状況だ。

 何故なら、先程の妙な刺激で、すっかり目が覚めた俺の身体は、いつの間にかおかしくなってしまっていたからだ。

 どんな風に変になっているのか、と聞かれると……なんだろう? ムズムズするというか……身体の奥の方が熱を持って、疼いているっていうか……とにかくそんな感じだ。

 お陰で、声を我慢するのが大変だ。

 さっきまでは、ちょっと擽ったいけど気持ちよかった耳も、少し撫でられるだけで、穏やかな低音で「いい子ですね……」と囁かれるだけで、さっきの感覚に襲われてしまう。それどころか、身体まで勝手にビクビク跳ねてしまう。

 ただのマッサージなのに……一体どうしてしまったんだろう? 俺の身体は……

「……アオイ様、大丈夫ですか?」

「んっ……だいじょぶ、です……問題ない、ですよ……」

 ……問題ない、訳がない。完全に強がりだ。

 現に今、するりと背中を撫でられただけで、また変な声を出しそうになってしまったしさ。

 だったら、早く彼に報告すべきじゃないか? という意見が頭の中で上がったものの、すぐに却下されてしまった。

 ちょっと背伸びをしてしまっている俺の、ただのマッサージで身体がおかしくなったって言うの……なんか恥ずかしくないか? という一言で。

 確かに言うのも、知られてしまうのも恥ずかしいと結論を出してしまった俺が出来ることは、勿論一つだけだった。

 終わるまで、ただひたすら声を押し殺して堪える。それだけだ。
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