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不安と期待が混ざる瞬間

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 誕生日ケーキといえば、やっぱりロウソクだ。

 しかし彼の年の分だけ刺そうとすると、紅茶とチョコのパウンドケーキが、あっという間にカラフルなハリネズミへと変わってしまうだろう。

 大きいロウソクに変えても、82本刺さないといけなくなるからな。だから、数字のロウソクを使うことにしたんだ。

 まだ温かいケーキにロウソクを刺し、彼の名前とお祝いのメッセージを書いたプレートを乗せる。

 溶かしたチョコで書いた文字は、ところどころはみ出したり潰れたりしているが……大体雰囲気で読めるから大丈夫だろ、うん。

 気持ちは込めるだけ込めたし、味見もちゃんとしたからな。

 完成した頃には、すでに部屋の内装は元に戻っていた。いつも二人で座るソファーで待つ、彼のもとへケーキを運ぶ。

 早速3本のロウソクに火をつけて、バースデーソングを歌おうとしていた俺の鼻先に、ポンッとキラキラ光る緑の粒が。バアルさんの従者であるハエのコルテが現れた。小さな小さな彼専用のヴァイオリンを得意げに、針より細い手足でじゃじゃーんと掲げて。

 青く透き通る石で作られた、シャンデリアの明かりが不意に消える。

 言わずもがな、彼の術によるものだろう。窓から差し込む光でも十分に明るかったはずの室内が、すぐ隣に座る彼の顔さえ見えにくくなるほど暗くなっていく。

 ロウソクの光が静かに揺れる中、ホタルのように瞬いていたコルテが、弾むようなリズムでお馴染みのバースデーソングを奏で始めた。

 それにしても、いくら家族でも友達にでもなく……初めてのす、好きな人に贈るからって。真っ直ぐに見つめてくる彼の柔らかい眼差しに、心臓を鷲掴みにされたからって。

 あの短い歌詞の間で、よくもまぁ……何度も噛んだり、つっかかったり出来たもんだと思う。勿論、一切褒められることではないけどさ。

「おめでとうございますっ、バアルさん」

「ありがとうございます、アオイ様、コルテ」

 どうにかこうにか歌いきった俺の頭を、大きな手が優しく撫でてくれる。

 彼が一息にロウソクの火を消してから、すぐに室内が明るくなった。同時に、ぱぱんっと弾けた音がして、色とりどりの細い紙テープと紙片が舞う。

 音の正体は、いつの間に持ち替えていたのか、小さなコルテの身体よりも大きなクラッカーだった。

「ありがとうコルテ、一緒にお祝いしてくれて。じゃあ早速、皆でケーキ食べようか」

 ぴるぴるとガラス細工のような羽をはためかせていたコルテの身体が、激しく瞬き始める。

 抱えていたクラッカーを手品のように消してから、今度は「やったぁっ!」と大きく丸文字で書かれたスケッチブックを取り出した。

「ふふ、ちょっと待っててね。切り分けるから」

 ケーキからロウソクを退けていると、すかさず白い手袋に覆われている手が、丈夫そうな紙を広げて待機してくれていたので、お礼を言ってからその上に。

 ナイフとフォークを駆使して、一先ずチョコと紅茶味を一切れずつ、バアルさんと俺の皿に乗せた。

 そこまでは良かったんだが。小さな小さなフォークを持って、ウキウキと宙でふりこみたく揺れているコルテのお皿は、なんちゃらファミリーのお人形さん方が使うようなサイズだ。

 とてもじゃないが、ぶきっちょな俺が、そのお皿に乗るように切り分けるのは不可能に近い。

 ニ種類のケーキの前でナイフを構えたまま、困り果てていた俺の肩をバアルさんが優しく叩く。

 ケーキ作りに取り掛かる前、彼に向かって今日は「俺がしますからっ」と意気揚々と宣言していたが……今回ばかりは、手伝ってもらった方が良さそうだ。

「……お願いしても、いいですか?」

「ええ、お任せください」

 鍛え上げられた胸に手を当て、柔らかく微笑んだ彼の指先が、空中に線を一本引くようにスッと動く。

 すると、ひとりでに二つのケーキが5ミリ程の薄さにカットされた。さらにその一部分が、丁度お皿に2枚乗る程度のミニチュアサイズへと切り分けられた。

「わぁ、スゴイ……ありがとうございますっ、バアルさん」

 いえ……と軽く頭を下げてからバアルさんは、白い髭が素敵な口元をふわりと綻ばせる。

 ちょこんと乗せられた、お人形さんサイズのパウンドケーキのお皿の前に、コルテが一目散に飛んできた。フォークをふりふり揺らしながら、くりくりとした瞳を輝かせた。

 待ち切れない様子の小さな彼から、視線を横にちらっと移す。俺の考えを察してくれているのか、バアルさんが小さく頷いて微笑んでくれる。

「いいよ、コルテ……召し上がれ」

 光沢のあるボディを輝かせ、小さな手足で器用にフォークを使いながら、コルテがケーキを頬張る。

 途端に輝きを増した小さな彼から「おいしいっ」と大きく書かれた、シンプルで一番嬉しい感想をもらえて、胸がほっこり温かくなっていく。

「……よかった。バアルさんも、はいっ、どうぞ」

 お誕生日プレートが乗ったお皿のケーキを一口サイズにフォークで切って、彼の口元へと運ぶ。

 柔らかい笑みを浮かべていた唇が、花のように甘い紅茶の香りが漂うケーキをそっと食んだ。

「どう……ですか?」

 味見はしたし、コルテからも太鼓判を押してもらえたんだけど……やっぱり、この瞬間が一番緊張してしまう。

 大丈夫かなっていう小さな不安と、美味しいって言ってくれるかなっていう大きな期待が混ざって、心臓が壊れそうなくらいに高鳴ってしまう。

「……美味しいですよ。とっても」

 穏やかな低音が、俺が一番欲しかった言葉を紡いでくれる。喜びがあふれそうな笑みを湛えた彼に、よしよしと頭を撫でてもらえて、目の奥がじわりと熱くなった。

「……よ、よかったです。あ……こっちもどうぞ」

 慌てて目元を拭い、今度はチョコ味のケーキを差し出しせば「こちらも絶品ですね」と彼が褒めてくれる。

 ますます胸がいっぱいになって、こぼれてしまいそうになっているっていうのに。

「素敵なプレゼントをありがとうございます」

 微笑みかけてくれて、俺の目尻に優しく触れてくれたもんだから、一気にポロポロとこぼれ落ちてしまったんだ。
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