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彼の腕の中が、すっかり定位置になるなんて
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何事においても、経験の差ってヤツは中々埋まらないもんだよな……相手が年上なら尚更。
しかも俺の場合、桁が違うどころの騒ぎじゃないからな。多分だけど……数百歳差はあると思っておいた方が、いいんじゃないだろうか。
なんか、考えるだけで頭が痛くなってきたな……でもウジウジ悩んでても仕方がないし、とにかく行動あるのみだよな。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうしさ。色々試してみれば、経験の差なんて意外と関係ないかも……って思うのはさすがに楽観的すぎか。すぎるよなぁ……やっぱり。
大きな窓から差し込む、眩い朝の光によって照らされた室内。ここ、別棟にある俺達の部屋は、多くの兵士さん達やメイドさん達が行き交う本棟から離れているせいか、これといった生活音もせず、穏やかな静寂に満ちている。
そのせいだろう。時々、世界に俺とバアルさんだけしかいなくなってしまったんじゃないかって、妙な錯覚に陥る時があるんだ。まぁ実際、そんなことはないんだけどさ。
キングサイズのベッドの上で、うとうと微睡んでいる俺の視線の先では、いつもどおりの光景が。バアルさんが、白い手袋に覆われた手で丁寧かつ手際よく、お花を生けている。
早朝に、俺の友達から貰った鮮やかなオレンジ色のバラ。リボンで結ばれていた花束を、白い陶器の花瓶へ。そして、その花瓶を、銀の装飾が施されたテーブルの真ん中へと飾ってくれている。
しゃんと伸びた背筋を彩るように背中から生えている、水晶みたいに透き通った羽が陽の光に照らされ淡く輝く。
黒い執事服を完璧に着こなしている彼の立ち振る舞いは、どの瞬間を切り取っても、絵になるくらい素敵で。いつの間にか俺は、すっかり瞬きも忘れて見惚れてしまっていたんだ。
視線ってのは、不思議と何故か感じてしまうもんだ。不躾に見続けていれば余計に。
だから彼もいつからか、気づいていたんだろう。振り向きざまに俺を真っ直ぐ捉えた彼の瞳は、どこか擽ったそうに細められていて。綺麗に整えられた白い髭が似合う口元にも、柔らかい笑みが浮かんでいたんだ。
「……今しばらくお待ち下さい。終わり次第、すぐに貴方様のお側へ参ります」
「あっ……いえ、その……すみません。別に急かしていた訳ではないんで……」
慌てて「ゆっくりでいいですから」と続けた俺に、彼が「畏まりました」と微笑みかけて、胸に手を当て会釈する。
……早く、来てくれないかな。
口ではいい子ぶっていても、胸の内側ではすでに我儘な気持ちが、ひょっこりと顔を出していた。ますます俺は、彼の姿を目で追いかけてしまっていたんだ。
聡い彼は、そんな俺のことも、きっとお見通しなんだろう。
細く長い指先が、宙に一本の横線を描くようにスッと動いた瞬間、横長のチェストの上に仲良く並んでいた花達が勝手に浮き上がっていく。
白、黄色、青、ピンク、赤、紫色。続けて、それらを生けていた花瓶が、手品のようにパッと姿を消す。
そして、瞬きの間に、新しい花瓶がどこからともなく現れる。今度は、ひとりでに浮いている大きな水差しが、次々と新しい水を新しい硝子の花瓶へと注いでいった。
最後に、色とりどりの花達が自ら各々の花瓶へと収まったのを見届けてから、バアルさんが振り向いた。ふわふわの絨毯の上を優雅に歩きながら、俺の元へと来てくれる。
「お待たせ致しました、アオイ様」
光沢のある黒い革靴を脱いでから、ベッドの端へと腰掛けた彼が、俺に向かって長い腕を広げて微笑む。
その場所が、彼の腕の中が、すっかり定位置になっている俺は、気がつけば吸い寄せられるように近づいていた。
シーツの上をのそのそと這い、バアルさんの元へ。そして、彼の広い背に腕を回し、逞しい胸元に頬を擦り寄せていたんだ。
しかも俺の場合、桁が違うどころの騒ぎじゃないからな。多分だけど……数百歳差はあると思っておいた方が、いいんじゃないだろうか。
なんか、考えるだけで頭が痛くなってきたな……でもウジウジ悩んでても仕方がないし、とにかく行動あるのみだよな。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるっていうしさ。色々試してみれば、経験の差なんて意外と関係ないかも……って思うのはさすがに楽観的すぎか。すぎるよなぁ……やっぱり。
大きな窓から差し込む、眩い朝の光によって照らされた室内。ここ、別棟にある俺達の部屋は、多くの兵士さん達やメイドさん達が行き交う本棟から離れているせいか、これといった生活音もせず、穏やかな静寂に満ちている。
そのせいだろう。時々、世界に俺とバアルさんだけしかいなくなってしまったんじゃないかって、妙な錯覚に陥る時があるんだ。まぁ実際、そんなことはないんだけどさ。
キングサイズのベッドの上で、うとうと微睡んでいる俺の視線の先では、いつもどおりの光景が。バアルさんが、白い手袋に覆われた手で丁寧かつ手際よく、お花を生けている。
早朝に、俺の友達から貰った鮮やかなオレンジ色のバラ。リボンで結ばれていた花束を、白い陶器の花瓶へ。そして、その花瓶を、銀の装飾が施されたテーブルの真ん中へと飾ってくれている。
しゃんと伸びた背筋を彩るように背中から生えている、水晶みたいに透き通った羽が陽の光に照らされ淡く輝く。
黒い執事服を完璧に着こなしている彼の立ち振る舞いは、どの瞬間を切り取っても、絵になるくらい素敵で。いつの間にか俺は、すっかり瞬きも忘れて見惚れてしまっていたんだ。
視線ってのは、不思議と何故か感じてしまうもんだ。不躾に見続けていれば余計に。
だから彼もいつからか、気づいていたんだろう。振り向きざまに俺を真っ直ぐ捉えた彼の瞳は、どこか擽ったそうに細められていて。綺麗に整えられた白い髭が似合う口元にも、柔らかい笑みが浮かんでいたんだ。
「……今しばらくお待ち下さい。終わり次第、すぐに貴方様のお側へ参ります」
「あっ……いえ、その……すみません。別に急かしていた訳ではないんで……」
慌てて「ゆっくりでいいですから」と続けた俺に、彼が「畏まりました」と微笑みかけて、胸に手を当て会釈する。
……早く、来てくれないかな。
口ではいい子ぶっていても、胸の内側ではすでに我儘な気持ちが、ひょっこりと顔を出していた。ますます俺は、彼の姿を目で追いかけてしまっていたんだ。
聡い彼は、そんな俺のことも、きっとお見通しなんだろう。
細く長い指先が、宙に一本の横線を描くようにスッと動いた瞬間、横長のチェストの上に仲良く並んでいた花達が勝手に浮き上がっていく。
白、黄色、青、ピンク、赤、紫色。続けて、それらを生けていた花瓶が、手品のようにパッと姿を消す。
そして、瞬きの間に、新しい花瓶がどこからともなく現れる。今度は、ひとりでに浮いている大きな水差しが、次々と新しい水を新しい硝子の花瓶へと注いでいった。
最後に、色とりどりの花達が自ら各々の花瓶へと収まったのを見届けてから、バアルさんが振り向いた。ふわふわの絨毯の上を優雅に歩きながら、俺の元へと来てくれる。
「お待たせ致しました、アオイ様」
光沢のある黒い革靴を脱いでから、ベッドの端へと腰掛けた彼が、俺に向かって長い腕を広げて微笑む。
その場所が、彼の腕の中が、すっかり定位置になっている俺は、気がつけば吸い寄せられるように近づいていた。
シーツの上をのそのそと這い、バアルさんの元へ。そして、彼の広い背に腕を回し、逞しい胸元に頬を擦り寄せていたんだ。
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