間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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触り合いっこなんだから、俺ばっかりは不公平だろう

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 逞しい膝を枕代わりにして、頭や頬を撫でてくれるぬくもりを堪能していた俺に「……そう言えば」と柔らかい声が尋ねてくる。

「アオイ様は……この老骨と触り合いっこをして下さる場合、私めのどの部位に触れてみたいと思っていらっしゃいますか?」

「……ん? …………全部、触りたい……です」

 たっぷり彼に甘やかされていた俺は、頬も、頭のネジも緩みきったうえに、口も緩んでいたんだろう。

「……あーでも、部位って言われると…………一番は頬……ですかね、すべすべしてて……気持ちがいいから……」

 宝石みたいな瞳を見開き、白い頬を染め、落ち着きなく触覚を揺らし、羽をはためかせている彼をぼんやり見つめたまま。

「……筋肉も、気になりますけど……袖まくってる時の腕とか、カッコいいし……」

 夢見心地でペラペラと、聞かれてもいない理由まで一緒に伝えてしまっていたんだ。

「……羽も…………とってもキレイ、だから……触ってみたいなって……思ってます……」

「…………では、お触りになさいますか?」

「……いいんですか?」

 穏やかな低音に「ええ、どうぞ」と促されるがまま、白い水晶のように透き通った羽に手を伸ばす。

 ……なんか不思議な感じだな。固いようで、柔らかいような。

 それから、ちょっとひんやりしてる。表面の感触は、磨かれたガラスみたい。ツルツルしているな。

 あまりの触り心地の良さに、無遠慮に触れてしまっていた。俺の耳に擽ったそうな笑い声が届く。

「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」

「ふふ、失礼致しました。美しい琥珀色の瞳を、無邪気に輝かせる貴方様が可愛らしくて、つい……」

 柔らかく微笑みながら、バアルさんは「お気になさらず、お好きなだけどうぞ」と言ってくれた。いまだに、ぽやぽやしたままの俺の頭は、明後日の方向に思考を働かせ、結論を出す。

 ……俺だけ触ってばかりなのは、不公平なんじゃないか?

「……バアルさん」

「いかがなさいましたか?」

「……どうぞ」

「はい?」

「今度は、バアルさんの番です……触り合いっこ、ですから」

 少し気怠い身体を起こし、膝の上に乗らせてもらってから両手を広げた俺を、再び大きく見開いた緑の瞳が見つめる。

「…………畏まりました」

 しばらくの間、そわそわ羽を揺らしていた彼の手が、ゆっくりと伸びてきた。俺の頬を包み込んでから、むにむにと撫で回してくれる。

 手袋越しでも、やっぱり彼の温もりは心地がいい。もっと触って欲しいと思ってしまう。

「……いい子ですね」

 ただただされるがまま、俺は、彼との穏やかな時間に身を委ねきっていた。その時だ。突然、首に柔らかいものが触れて、軽く食んできたのは。

「あっ……バアル、さん?」

 別に痛くはなかった。けれども食まれた瞬間、妙な痺れというか……不思議な疼きを腰の辺りに感じた。

 そのお陰か、そのせいか。ようやく頭がクリアになってきた俺を待っていたのは、熱い緑色の眼差しと白い髭が似合う、艷やかに微笑む口元だった。

「……お嫌、でしたか?」

「あ……え、い、嫌ではなかったですけど……どうして?」

 唇で、触れてきたんですか? という質問を、俺がするのは、お見通しだったんだろう。その証拠に、先に言われてしまったんだ。

「ここで触れるのも……触り合いっこの一つですから」

 内緒話をするように声を潜め、細く長い指で俺の口をちょんとつつく。

 突如、俺達の間に漂い始めた甘ったるい空気に、俺の口は、ただぱくぱく動くだけ。まともに声が出せなくなっていた。

 瞳を細め、笑みを深くしていた彼の口が開く。

「……貴方様も、お返しに……私めに触れて頂けますか?」

 暴れ始めた心音に混じって、衣が擦れる音が聞こえる。解かれた黒いネクタイが、大きな手のひらの上を滑って、落ちて、ふかふかの絨毯の上に音もなく着地した。

「アオイ様……」

 ネクタイの行方を追っている間に気がつけば、いつも上までキッチリ止められているシャツのボタンは緩められていて。綺麗な鎖骨までもが、ちらりと覗いてしまっていて。

「……どうぞ」

 しなやかな腕を広げ、微笑む彼からあふれる大人の色気。蠱惑的な雰囲気に、当てられてしまった俺には精一杯だった。震える口を、滑らかな彼の白い頬に押しつけるのが。

「…………つ、次は頑張りますから……」

 せめてもと、彼の手を握りながら決意表明した俺を、バアルさんがきょとんと見つめる。鮮やかな緑の瞳が細められ、繋いだ手を握り返してくれる。

「ふふ……ええ。ゆっくり、少しずつ頑張りましょうね、二人で……」

「は、はいっ」

「そろそろ、小腹が空いたでしょう? お茶の時間に致しましょうか」

 俺の返事を聞く間もなく、バアルさんは「今日のお茶菓子は、フルーツタルトでございます」と何処からか白い陶器のティーポットを取り出した。彼の身なりが、瞬きをする間に整っていく。

 表情も、仕草も、スイッチが切り替わったみたいだ。いつもの、笑顔で俺のお世話をしてくれる、理想の執事に戻ってしまっていた。

 ……なんだか、また、俺にとって都合のいい夢を見ていたみたい。

 ぼんやり考えていることすら、彼にとってはお見通しだったらしい。

「アオイ様」

「……はい…………んっ」

 挨拶でもするみたいな、さり気ないキス。

 バアルさんは、優しく俺に触れてくれてから「……お熱いので、お気をつけ下さい」と湯気立つカップを手渡してきた。

 お陰で俺は、味覚がおかしくなってしまったんだろう。いつもと同じハズなのに……淹れてもらった紅茶の味が、ほんのり甘く感じたんだ。
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