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魔宝石の言い伝え

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 目が覚めるような青や紺色、薄い赤には染まるものの、一向に紫に近づくことなない。今回もだ。足りなかったんだろう、手のひらで青く輝く石に頭がだんだん重くなってくる。

「少し、休憩に致しましょうか」

 白い手袋に覆われた手が、ゆるりと頭を撫でてくれてから、つい睨むように見つめてしまっていた石を、有無を言わさず俺の手から取り上げた。

 代わりに、花のような香りが漂うティーカップを手渡し、勧めてくれる。

「……ありがとうございます」

「お熱いので、お気をつけて召し上がって下さいね」

「はい、いただきます」

 気がつかない内に体にまで、余計な力を込めてしまっていたんだろうか。

 喉をゆっくり通る優しい温かさに、張り詰めていた肩が緩んで、自然と息が漏れていた。

「……美味しい」

「ふふ、それは何よりです」

 心と一緒に口まで緩み、無自覚の内に漏らしてしまっていた気持ち。それに応えてくれたバアルさんの、清潔感のある白い髭が似合う優しい口元が、ふわりと綻んだ。

「此方もいかがでしょうか?」

 キッチリ撫でつけられた、オールバックの生え際に生えている触覚を上機嫌に揺らしながら、彼が俺の前へと差し出したお皿。

 そこには、いつの間に用意してくれたのか、濃い茶色のシフォンケーキが、ひと切れのっていた。お店みたい。生クリームまで添えられている。

 俺が答える前に、バアルさんはシフォンケーキにフォークを入れた。生クリームと一緒に俺の口元まで運んでくれる。

「は、はい……いただきます」

 ふわふわのスポンジと一緒に広がる、くどくない甘さ、疲れきった脳みそには効果テキメンだった。

「ん、美味しいですっ……チョコ……ですか?」

 あまりの美味しさに俺は、つい彼のスーツの袖を軽く引っ張り、お代わりを催促してしまっていた。

 子供のような強請り方をしてしまった俺に対して優しい彼は、ただ笑みを深くしただけ。すぐに、一口サイズに切ってくれたケーキにクリームをのせ、再び食べさせてくれる。

「ええ、お好きでしょう?」

「っ……は、はい」

 俺は、過剰に反応してしまっていた。

 ゆるりと目尻を下げ、柔らかい眼差しで紡ぐ彼の言葉に、好きっていう言葉に。

 鷲掴みにされたように、心臓が大きく跳ねたどころじゃない。折角彼から食べさせてもらったケーキの欠片が、変なところに入りそうになってしまったんだ。

 ……いやいや、バアルさんが言ったのは、チョコ味が好きでしょう? って聞いただけだから。

 俺が、バアルさんのことが……す、好きかって聞いたわけじゃないんだからさ。なのに何を動揺しているんだ、本当に。

 ……いや、まぁ、好き…………だけどさ、実際。もう、彼なしじゃ生きていけないくらいには…………って何を考えているんだ。俺は。

「……アオイ様」

 一人勝手にうんうんと唸っていた俺を、いつもより低めの声が呼ぶ。

「は、はいっ」

 気がつけば何故か、鼻筋の通った顔が目の前まで迫っていた。

 熱のこもった、煌めく緑の瞳に見惚れている内に、柔らかいものが唇に触れ、軽く食まれた。

「ん…………あ……っ……」

 そっと離れていく温もりに思わず、物欲しそうな声を出してしまった口を慌てて閉じる。

 バアルさんは、両手で包み込むようにゆるゆると、俺の頬を撫でてくれながら、黙ったまま。甘えるみたいに、高い鼻先を俺の鼻に擦り寄せてくる。

 思いがけないキスと追い打ちのごときスキンシップに、俺の鼓動はバクバクとはしゃぎっぱなしだった。

「……えっと…………ま、またクリーム……ついてました?」

 なんとか言葉を絞り出した問いかけに、バアルさんは俺から少しだけ身を離した。すかさず縋るように俺の手を両手で包み込み、俺を見つめてくる。

 その眼差しは、どこか寂しそうで、切なそうで、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「……いえ、ただ……私が、したかっただけです」

 ……したかった? バアルさんが? 以前みたいな、ご厚意ではなくて?

 そういう意味で、なのか? 俺のことを、バアルさんが、求めてくれたってこと?

「……お嫌でしたか?」

「い、いつでも大歓迎ですっ」

 俺は、食い気味に答えていた。俺より一回り大きな手を、強く握り返していた。

 高鳴り続けている心臓が煩い。ドンドコ暴れ狂っていて、今にも爆発してしまいそう。

「ふふ、左様でございますか……安心致しました。ところで、魔宝石には、昔から素敵な言い伝えがございまして……」

「……どんな言い伝えですか?」

「愛する方と共に魔力を込めると、永遠に一緒に居られる……というものです」

 陽だまりのように温かく、柔らかい光を宿した瞳を細めて紡いでいく彼の言葉が、胸の奥までじんわりと染み渡り、広がっていく。

「永遠に、一緒に……」

 ……もし、本当に言い伝え通り……バアルさんと永遠に一緒に居られたとしたら。

 それは、俺にとってどんなに素敵なことだろう。どんなに幸せなことだろう。

「ええ。ですから結婚指輪にも、魔力を込めた魔宝石を使用致します。永遠に共にと、願いを込めて……」

「とても……素敵ですね」

「……ええ、私もそう存じます」

 本当に俺ってやつは、どれほどまでに鈍感なんだろうか。

「……ですので勿論」

 こんなにも熱烈に、彼の方からアピールしていただけているのに、ぽやぽやと一人、想いを浮かべるばかり。言葉にして伝えようとしない。

「アオイ様も……私と共に、魔宝石に魔力を込めて頂けますよね?」

 直接的な、プロポーズとしか受け取れない誘い文句と共に繋いだ左手を持ち上げられ、見せつけるように目の前で、薬指に優しく口づけられてはじめて気づく始末だ。

「ひ、ひゃい……いっぱい、込めます……」

 震える喉から振り絞った俺の気持ちに、羽をはためかせた彼が満足そうな笑顔を浮かべる。

「では、より一層練習に励まなければなりませんね」

 折角の結婚指輪が壊れてしまってはいけませんから、と俺の頭を撫で回すバアルさん。柔らかく微笑む彼からは、ほんの少し前までの、腰の辺りがぞくぞくしてしまうような甘ったるい雰囲気は、すっかり消えてしまっていた。

「あ…………はい、頑張ります……」

 くるりと完全に、優しくも厳しい先生モードになっていたのだ。

 バアルさんの指導の元、魔力を石に込め続けた俺は、室内がオレンジ色の光で包まれる頃には、なんとか魔宝石を薄い紫色に染めることが出来たんだ。
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