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とある師匠は、弟子のお願いに弱い
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俺の弟子は素直だ。良くも悪くも。
向かいの大きなソファーのど真ん中で、いつも以上にぴたりとバアル様にくっついているアオイ様。
バアル様と指を絡めて、手を繋いだまま、ちらちらと彼を見つめては目が合う度に、まだ幼さの残る顔を真っ赤に染めて、蕩けるような笑顔を浮かべている。
そんな、誰がどう見たって、バアル様と進展なされたご様子のアオイ様に対して、
「今日のアオイ様は、とっても幸せそうですねっ! なにかイイことありました?」
と呑気にバアル様の淹れてくれた紅茶に口をつけながら、満面の笑顔でストレートに尋ねてしまうくらいには。
お陰で思わず俺は、隣に座るその薄紫色の頭を、軽く叩いてしまっていた。
もう結婚間近のお二人が、ハートマークが飛び交う幻覚が見えてしまうくらい、イチャついていらっしゃるんだ。そういうことだろうと、勘づいてもいいだろうに、全く。
俺としては、こういう純粋さを好ましく思うが……色々と心配になるな。
「……師匠、しーしょーうっ……もー聞いてますか?」
「ん? ああ、聞いてるぞ。今日のマドレーヌも美味しかったな。アオイ様は、いい嫁さんになるだろうよ」
「やっぱり聞いてないじゃないですかっ! 違いますよ! いや、アオイ様の焼き菓子は、とても美味しかったですけど……」
中庭が見渡せるいつものベンチに背中を預け、ぼんやり眺めていた薄紫色の水晶の花から、隣で細い足をぷらぷらさせていた弟子へと視線を戻す。
柔く、丸っこい頬を膨らませ、小さな手で俺のフードマントをぐいぐい引っ張っている俺の弟子。その柔らかい髪質の頭へ手を伸ばし、特に意味もなく、いつもの手癖で、ぽん、ぽんっと撫でてしまっていた。だけなんだが。
「そんなんじゃ、誤魔化されませんからねっ」
顔を赤く染めたかと思えば、俺の膝の上へと飛び乗ってきた。そして、何故か両頬をむにむにと摘まれてしまった。何か、機嫌を損ねるようなことをしたんだろうか。
「すまん、すまん降参だ。俺が悪かったよ……で、何の話だったんだ?」
両手を軽く上げ、謝罪の意志を示す。あまり納得がいっていないのか、小さな唇を尖らせながらも、弟子は手を離してくれた。
全然力が入っていなかったから、こっちは痛くもなんともなかったんだが。気にしてるのか、今度は労るみたいにやわやわ撫でてきて、少し擽ったい。
余計なことを言うと、またご機嫌を損なってしまいそうだから言わないが。
「もぉ…………その、最近、バアル様もアオイ様も……時々お互いを呼び捨てにしてるじゃないですか」
「ん、ああ……そうだな、それで?」
「……師匠って…………クロウは、僕のこと……あまり名前で呼んでくれませんよね……」
ああ、成程。好きな友達の真似をしたくなるやつか。
かといって、アオイ様のことを呼び捨てには出来ないだろうしなぁ……
いや、俺も無理だが……大恩人だしな。ここは師匠として付き合ってやるべきだろう。
「ああ、グリムとは、いつも一緒に居るからな。ほとんど二人っきりだと、名前を呼ぶ機会自体がないだろ?」
お遊びみたいなもんだろうと思っていた。一度呼んであげれば、てっきりいつもみたいに、満足気にふにゃりと頬を緩ませて終わるもんだと。
だが、俺の予想はハズレた。完璧に。
目の前にある白い頬が、再びボッと一気に赤く染まっていく。髪と同じ薄紫色の瞳を煌めかせ、華奢な身体をもじもじ揺らしながら、か細い声がぽつりと強請ってきた。
「も、もう一回……呼んでくれませんか?」
「グリム」
「……もう一回」
「……グリム」
「もうちょっと、大きな声でお願いします」
「おいおい、もういいだろ? 勘弁してくれ……」
妙に、背中の辺りがむず痒くなるような。不可思議な空気に堪えきれず、再び俺は両手を挙げた。
しかし、諦めの悪い俺の弟子は、頬を赤らめ、目を輝かせたまま、俺のマントを握り締めてくる。
「もう一回! もう一回だけお願いしますっ」
困ったことになった。よっぽどお気に召してしまったらしい。
「……一日3回までだ。だから今日はもう売れ切れ、おしまい」
「じゃ、じゃあ、明日からも呼んでくれるんですね?」
前々から、適当なことを言って誤魔化そうとする悪癖があるのは自覚していた。が、直さなかったツケが回ってきたようだ。満面の笑みを浮かべながら「約束ですよっ」と指切りをされてしまった。
「……ああ、約束はちゃんと守る。だからそろそろ退いてくれグリム、飯にするぞ」
「あ、はい。ごめんなさい……って3回じゃなかったんですかっ!? ……嬉しいですけど」
「あー……今のは初回サービスっつーか……おまけだ、おまけ。ほら、いくぞ」
立ち上がり、慌てて飛び降りた弟子に手を差し出すと「毎日おまけしてくれてもいいんですよっ!」と両手でぎゅうぎゅう握ってくる。
さっきは何故か、無意識の内に呼んでしまっていたんだが。これくらいで顔を輝かせるほど喜んでくれるんだったら……適度におまけしてもいいかもしれないな……
何故か胸の辺りがふわりと温かくなっていく。隣で調子の外れた鼻歌を口ずさんでいる、小さな手を握り返した。
向かいの大きなソファーのど真ん中で、いつも以上にぴたりとバアル様にくっついているアオイ様。
バアル様と指を絡めて、手を繋いだまま、ちらちらと彼を見つめては目が合う度に、まだ幼さの残る顔を真っ赤に染めて、蕩けるような笑顔を浮かべている。
そんな、誰がどう見たって、バアル様と進展なされたご様子のアオイ様に対して、
「今日のアオイ様は、とっても幸せそうですねっ! なにかイイことありました?」
と呑気にバアル様の淹れてくれた紅茶に口をつけながら、満面の笑顔でストレートに尋ねてしまうくらいには。
お陰で思わず俺は、隣に座るその薄紫色の頭を、軽く叩いてしまっていた。
もう結婚間近のお二人が、ハートマークが飛び交う幻覚が見えてしまうくらい、イチャついていらっしゃるんだ。そういうことだろうと、勘づいてもいいだろうに、全く。
俺としては、こういう純粋さを好ましく思うが……色々と心配になるな。
「……師匠、しーしょーうっ……もー聞いてますか?」
「ん? ああ、聞いてるぞ。今日のマドレーヌも美味しかったな。アオイ様は、いい嫁さんになるだろうよ」
「やっぱり聞いてないじゃないですかっ! 違いますよ! いや、アオイ様の焼き菓子は、とても美味しかったですけど……」
中庭が見渡せるいつものベンチに背中を預け、ぼんやり眺めていた薄紫色の水晶の花から、隣で細い足をぷらぷらさせていた弟子へと視線を戻す。
柔く、丸っこい頬を膨らませ、小さな手で俺のフードマントをぐいぐい引っ張っている俺の弟子。その柔らかい髪質の頭へ手を伸ばし、特に意味もなく、いつもの手癖で、ぽん、ぽんっと撫でてしまっていた。だけなんだが。
「そんなんじゃ、誤魔化されませんからねっ」
顔を赤く染めたかと思えば、俺の膝の上へと飛び乗ってきた。そして、何故か両頬をむにむにと摘まれてしまった。何か、機嫌を損ねるようなことをしたんだろうか。
「すまん、すまん降参だ。俺が悪かったよ……で、何の話だったんだ?」
両手を軽く上げ、謝罪の意志を示す。あまり納得がいっていないのか、小さな唇を尖らせながらも、弟子は手を離してくれた。
全然力が入っていなかったから、こっちは痛くもなんともなかったんだが。気にしてるのか、今度は労るみたいにやわやわ撫でてきて、少し擽ったい。
余計なことを言うと、またご機嫌を損なってしまいそうだから言わないが。
「もぉ…………その、最近、バアル様もアオイ様も……時々お互いを呼び捨てにしてるじゃないですか」
「ん、ああ……そうだな、それで?」
「……師匠って…………クロウは、僕のこと……あまり名前で呼んでくれませんよね……」
ああ、成程。好きな友達の真似をしたくなるやつか。
かといって、アオイ様のことを呼び捨てには出来ないだろうしなぁ……
いや、俺も無理だが……大恩人だしな。ここは師匠として付き合ってやるべきだろう。
「ああ、グリムとは、いつも一緒に居るからな。ほとんど二人っきりだと、名前を呼ぶ機会自体がないだろ?」
お遊びみたいなもんだろうと思っていた。一度呼んであげれば、てっきりいつもみたいに、満足気にふにゃりと頬を緩ませて終わるもんだと。
だが、俺の予想はハズレた。完璧に。
目の前にある白い頬が、再びボッと一気に赤く染まっていく。髪と同じ薄紫色の瞳を煌めかせ、華奢な身体をもじもじ揺らしながら、か細い声がぽつりと強請ってきた。
「も、もう一回……呼んでくれませんか?」
「グリム」
「……もう一回」
「……グリム」
「もうちょっと、大きな声でお願いします」
「おいおい、もういいだろ? 勘弁してくれ……」
妙に、背中の辺りがむず痒くなるような。不可思議な空気に堪えきれず、再び俺は両手を挙げた。
しかし、諦めの悪い俺の弟子は、頬を赤らめ、目を輝かせたまま、俺のマントを握り締めてくる。
「もう一回! もう一回だけお願いしますっ」
困ったことになった。よっぽどお気に召してしまったらしい。
「……一日3回までだ。だから今日はもう売れ切れ、おしまい」
「じゃ、じゃあ、明日からも呼んでくれるんですね?」
前々から、適当なことを言って誤魔化そうとする悪癖があるのは自覚していた。が、直さなかったツケが回ってきたようだ。満面の笑みを浮かべながら「約束ですよっ」と指切りをされてしまった。
「……ああ、約束はちゃんと守る。だからそろそろ退いてくれグリム、飯にするぞ」
「あ、はい。ごめんなさい……って3回じゃなかったんですかっ!? ……嬉しいですけど」
「あー……今のは初回サービスっつーか……おまけだ、おまけ。ほら、いくぞ」
立ち上がり、慌てて飛び降りた弟子に手を差し出すと「毎日おまけしてくれてもいいんですよっ!」と両手でぎゅうぎゅう握ってくる。
さっきは何故か、無意識の内に呼んでしまっていたんだが。これくらいで顔を輝かせるほど喜んでくれるんだったら……適度におまけしてもいいかもしれないな……
何故か胸の辺りがふわりと温かくなっていく。隣で調子の外れた鼻歌を口ずさんでいる、小さな手を握り返した。
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