62 / 1,047
優勝のご褒美
しおりを挟む
明るく雄々しいざわめきに見送られながら兵舎を後にした俺とバアルさん。中庭の片隅にあるベンチで、すらりと伸びた長身の彼と肩を並べる俺の心は、晴れやかだった。頭上に広がる、目がチカチカしそうなくらい真っ青な空と同じで。
おまけに、いただけることになったのだ。
長く引き締まった足を、ゆるりと組んで隣に腰掛ける俺の……す、好きな人。バアルさんの手作りサンドイッチを昼食にと。
お陰様で、ただでさえ胸が弾みまくっているのに、心臓までもがお祭り騒ぎをし始めていたんだ。
「アオイ様」
穏やかな低音が俺の名を呼ぶ。
しなやかな指が、瑞々しいレタスに、スライスされたトマトとハムを挟んだサンドイッチを摘み、俺の口元へと運んでくれる。
食べやすいように一口サイズに切られていたサンドを頬張る。
ふわふわのパンの後に続く、シャキシャキとしたレタスの食感。甘いトマトと塩気のあるハムに、マヨネーズの酸味とコクが加わり絶品だった。
贔屓目を差し引いても、俺の中での歴代サンドイッチランキングにおいて、ぶっちぎりで一位に輝いたのは言うまでもない。
「お味は……いかがでしょうか?」
そんな、完全に浮かれまくった、お花畑状態の頭で答えてしまったせいだ。
「優勝ですっ」
どこか不安気に、キッチリ撫でつけられた、オールバックの生え際から生えている触覚を揺らしていたバアルさん。彼の、いくつもの六角形のレンズで構成された複眼を、宝石みたいに煌めく緑の瞳を、きょとんとさせてしまったのは。
「あっ……いや、それくらいすっごく美味しかったってことで……」
おかわりを用意しようとしてくれていたんだろう。傍らに置いてある、サンドイッチの詰まったバスケットに手を伸ばしたまま、バアルさんは背にある半透明の羽をはためかせることもなく、固まってしまっている。
彼のご様子に、俺は慌ててわたわたと自分の胸の前で両手を振っていた。
しばしの沈黙の後、俺を映していた瞳が、ゆるりと細められていく。
「ふふ、大変光栄に存じます」
引き結ばれていた、白い髭が似合う口元がふわりと綻ぶ。くすくすと押し殺したような笑い声が漏れた。
「ご用意する時間がなく、有り合わせのもので作らせて頂いたので……些か不安でしたが」
白い手袋に覆われた指先が、そよそよと吹き抜ける心地のいい風によって、乱れてしまっていた俺の髪を優しく整えてくれる。
「お褒めの言葉を頂け、大変安心致しました」
温かい陽の光に包まれ、淡い光を帯びた緑の瞳が、優しく微笑んでくれる。
それだけで俺の胸は、肩を寄せ合っている彼に聞こえてしまいそうなくらいに、うるさく高鳴ってしまうんだ。
「因みに……貴方様からなにか、ご褒美を頂けますでしょうか?」
「へ?」
思いがけない彼からの言葉にぽかんとしてしまっていた。間の抜けた声を上げた形のまま開いている俺の口へ、また細長い指が伸びてくる。
「優勝、致しましたので……」
指の腹で、わざとらしく唇をゆったりと撫でながら、いつもより低めの声で囁いた。
彼の柔らかい眼差しには、いつの間にか妖しい熱がこもっていた。
しっとりとした指がなぞる度に、腰の辺りから背骨に沿ってぞくぞくと込み上げてしまう。甘く痺れるような不思議な感覚に、すっかり頭の中が真っ白になっていく。
「お、おめでとう、ございまひゅ……」
俺は、ただでさえ意味不明なお祝いの言葉を噛みまくった。挙げ句に何故か、艷やかに光る彼の白い髪に震える手を伸ばし、ぽん、ぽんっと撫でてしまっていた。
再びきょとんと見開かれた緑の瞳に、ようやく気づく。とんでもない自分のやらかしに。
「あっ、すみませ……」
焦って引っ込めようとした手を、ひと回り大きな手に素早く握られ、繋がれた。続けて、するりと俺の腰に回った筋肉質の腕に、勢いよく抱き寄せられる。
逞しい胸板に頬を寄せる形で、密着してしまう。途端に伝わってくる優しい温もりに、ふわりと香るハーブの匂いに。急上昇した浮かれた熱で、思考回路が焼き切れてしまいそうだ。
「お気になさらないで下さい……」
なのに彼ときたら、腕を緩め、繋いでくれていた俺の手を、徐ろにほんのりと染まったご自身の白い頬に導いたのだ。
「どうか、もっと……私めに触れて頂けませんか?」
甘ったるい響きを含んだ低音で、ドキドキが止まらなくなってしまう言葉を紡いでくるのだ。
いつもは、涼しい顔で淡々と俺の身体を洗ったり、下着を畳んだりしてしまうのに。何で、こういう雰囲気の時だけは、簡単に越えてくるんだ。
嬉しいって言ってもらわなくても分かるくらい、あふれんばかりの喜びを唇に湛え、微笑みかけてくれるんだ。
「ひゃい…………し、失礼しまふ……」
しっかり心をぶっ刺された俺は、呂律が回らなくなってしまっていた。
それどころか、折角彼から誘っていただけたのに、すべすべの肌にほとんど触れることも出来なかった。
バアルさんから漂う、大人の男性の色気に頭がオーバーヒートしてしまったのだ。ぐったりと彼にもたれ掛かり、またしても上等な黒いスーツにシワを作ってしまったんだ。
おまけに、いただけることになったのだ。
長く引き締まった足を、ゆるりと組んで隣に腰掛ける俺の……す、好きな人。バアルさんの手作りサンドイッチを昼食にと。
お陰様で、ただでさえ胸が弾みまくっているのに、心臓までもがお祭り騒ぎをし始めていたんだ。
「アオイ様」
穏やかな低音が俺の名を呼ぶ。
しなやかな指が、瑞々しいレタスに、スライスされたトマトとハムを挟んだサンドイッチを摘み、俺の口元へと運んでくれる。
食べやすいように一口サイズに切られていたサンドを頬張る。
ふわふわのパンの後に続く、シャキシャキとしたレタスの食感。甘いトマトと塩気のあるハムに、マヨネーズの酸味とコクが加わり絶品だった。
贔屓目を差し引いても、俺の中での歴代サンドイッチランキングにおいて、ぶっちぎりで一位に輝いたのは言うまでもない。
「お味は……いかがでしょうか?」
そんな、完全に浮かれまくった、お花畑状態の頭で答えてしまったせいだ。
「優勝ですっ」
どこか不安気に、キッチリ撫でつけられた、オールバックの生え際から生えている触覚を揺らしていたバアルさん。彼の、いくつもの六角形のレンズで構成された複眼を、宝石みたいに煌めく緑の瞳を、きょとんとさせてしまったのは。
「あっ……いや、それくらいすっごく美味しかったってことで……」
おかわりを用意しようとしてくれていたんだろう。傍らに置いてある、サンドイッチの詰まったバスケットに手を伸ばしたまま、バアルさんは背にある半透明の羽をはためかせることもなく、固まってしまっている。
彼のご様子に、俺は慌ててわたわたと自分の胸の前で両手を振っていた。
しばしの沈黙の後、俺を映していた瞳が、ゆるりと細められていく。
「ふふ、大変光栄に存じます」
引き結ばれていた、白い髭が似合う口元がふわりと綻ぶ。くすくすと押し殺したような笑い声が漏れた。
「ご用意する時間がなく、有り合わせのもので作らせて頂いたので……些か不安でしたが」
白い手袋に覆われた指先が、そよそよと吹き抜ける心地のいい風によって、乱れてしまっていた俺の髪を優しく整えてくれる。
「お褒めの言葉を頂け、大変安心致しました」
温かい陽の光に包まれ、淡い光を帯びた緑の瞳が、優しく微笑んでくれる。
それだけで俺の胸は、肩を寄せ合っている彼に聞こえてしまいそうなくらいに、うるさく高鳴ってしまうんだ。
「因みに……貴方様からなにか、ご褒美を頂けますでしょうか?」
「へ?」
思いがけない彼からの言葉にぽかんとしてしまっていた。間の抜けた声を上げた形のまま開いている俺の口へ、また細長い指が伸びてくる。
「優勝、致しましたので……」
指の腹で、わざとらしく唇をゆったりと撫でながら、いつもより低めの声で囁いた。
彼の柔らかい眼差しには、いつの間にか妖しい熱がこもっていた。
しっとりとした指がなぞる度に、腰の辺りから背骨に沿ってぞくぞくと込み上げてしまう。甘く痺れるような不思議な感覚に、すっかり頭の中が真っ白になっていく。
「お、おめでとう、ございまひゅ……」
俺は、ただでさえ意味不明なお祝いの言葉を噛みまくった。挙げ句に何故か、艷やかに光る彼の白い髪に震える手を伸ばし、ぽん、ぽんっと撫でてしまっていた。
再びきょとんと見開かれた緑の瞳に、ようやく気づく。とんでもない自分のやらかしに。
「あっ、すみませ……」
焦って引っ込めようとした手を、ひと回り大きな手に素早く握られ、繋がれた。続けて、するりと俺の腰に回った筋肉質の腕に、勢いよく抱き寄せられる。
逞しい胸板に頬を寄せる形で、密着してしまう。途端に伝わってくる優しい温もりに、ふわりと香るハーブの匂いに。急上昇した浮かれた熱で、思考回路が焼き切れてしまいそうだ。
「お気になさらないで下さい……」
なのに彼ときたら、腕を緩め、繋いでくれていた俺の手を、徐ろにほんのりと染まったご自身の白い頬に導いたのだ。
「どうか、もっと……私めに触れて頂けませんか?」
甘ったるい響きを含んだ低音で、ドキドキが止まらなくなってしまう言葉を紡いでくるのだ。
いつもは、涼しい顔で淡々と俺の身体を洗ったり、下着を畳んだりしてしまうのに。何で、こういう雰囲気の時だけは、簡単に越えてくるんだ。
嬉しいって言ってもらわなくても分かるくらい、あふれんばかりの喜びを唇に湛え、微笑みかけてくれるんだ。
「ひゃい…………し、失礼しまふ……」
しっかり心をぶっ刺された俺は、呂律が回らなくなってしまっていた。
それどころか、折角彼から誘っていただけたのに、すべすべの肌にほとんど触れることも出来なかった。
バアルさんから漂う、大人の男性の色気に頭がオーバーヒートしてしまったのだ。ぐったりと彼にもたれ掛かり、またしても上等な黒いスーツにシワを作ってしまったんだ。
91
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる