上 下
53 / 888

彼の優しさに甘えっぱなしじゃダメだ

しおりを挟む
 固く瞼を閉じていても感じる、強制的に俺を優しい眠りから引っ張り上げようとしてくる眩しさ。

 容赦なく俺を照らしてくる白い光に、唸りながら渋々目を開けた先で、かち合った。朝日によって淡い光を帯びた、鮮やかな緑の瞳と。

「おはようございます、アオイ様」

 ゆるりと目尻を下げ、俺の名を呼ぶ穏やかな低音。ふわりと綻んだ、喜びがあふれそうになっている口元。

 嬉しくて仕方がないそれらに、全身の熱が一気に顔へと集中していく。モヤがかかっていた頭が、あんなに重たかった瞼が、あっという間にしゃっきり、ぱっちりする。

 同時にぶわりと昨日の夢みたいな光景が。オレンジ色の光に包まれ、真っ直ぐな眼差しで見つめられながら、初めての俺に優しく触れてくれた。艶やかな笑みを浮かべた唇の、柔らかい感触が蘇ってしまっていた。

 胸がいっぱいになるくらいの喜びに、目の奥がカッと熱くなるほどの恥ずかしさに襲われる。

「お、おはよう……ござい、ます……」

 気がつけば、俺は額を目の前にある逞しい胸板に押しつけていた。情けなく震えた声で、バアルさんと朝の挨拶をするはめになってしまったんだ。

 どうしようもない俺の背中を、バアルさんは俺より一回り大きな手で、宥めるようによしよし撫でてくれた。

 どこかお加減が悪いのですか? と心配してくれた。大丈夫です、なんでもないですと、なんとかその場を押し切った。誤魔化せたと思う。

 けれども、俺の状態が改善することはなかった。

 宝石みたいに輝く綺麗な緑と目が合うだけで、柔らかい低音に呼ばれるだけで、全身が大げさに跳ねるわ、心臓はバクバクとはしゃぎだすわ。

 彼に朝の身支度を整えてもらっている間も、朝食を食べさせてもらっている時でさえもだ。

 しどろもどろになり、上手く喋ることが出来ない。それどころか、彼の顔すら、まともに見ることが出来なくなってしまっていた。

 明らかに挙動不審な俺の態度にもかかわらず、バアルさんは優しかった。

 時折心配そうな顔はすれど、立ち入ったことを聞きはしない。今も隣で座る俺の頭を、何も言わずにゆったり撫で回してくれている。

 かといって、このまま彼の優しさに甘えっぱなしじゃダメだ。なんとかしなければ……一刻でも早く。

 今までだって、そんなにテンポのいい会話が出来ていた訳じゃない。けど、こんなに常に、どうしようもなくドギマギすることはなかった。

 せめていつも通り彼と向き合い、笑い合いながら話がしたい。

 その為にも、少しでも、この気を抜けば胸が擽ったくなってしまう緊張に慣れる為にも、とにかく彼と会話を重ねるべきだ。

 なにか、丁度いい話のとっかかりは、ないだろうか。広く整然とした高級ホテルのような室内を、きょろきょろ見回す。

 そんな俺の目に入ったのは、淡いピンク色の花だった。

 今朝早く、おそらくは、また俺が目覚める前に白、青、黄色に続いて新たに加わったんだろう。

 窓の近くにある、横長のチェストの上に彩りを添えている。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

処理中です...