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このままじゃ、また俺だけ餌付けされてしまう……デートなのに
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予め準備してくれていたんだろう。中庭の一角に、それはあった。
屋根はドーム型、周りは美術の授業に出てきそうな柱に囲まれている。なんだっけ、おしゃれなカフェとかでよくある……テラス席、だっけ? そんな感じ。
屋外に設置されている、丸いスペースの真ん中には、これまた丸い大きめのテーブル。すぐ側には、二人で座ってもまだ余裕がありそうなベンチがあった。背もたれとひじ掛けのところが、植物のつるみたいにくるくる絡まって、複雑な模様を形作っている。お洒落だ。
俺の手を引いてくれていたバアルさんが、宙に線を引くように指先をスッと動かす。
すると、何処からともなくフカフカしてそうなクッションが、座面と背もたれをカバーするように現れた。
相変わらず便利だな、魔術って。多少見慣れてきたとはいえ、やっぱり感心してしまう。
「ありがとうございます」
バアルさんと一緒なら、ベンチの固さなんて全く気にはならないけど。
彼の優しい気遣いが嬉しくてつい、自惚れてしまう。大事にされてるのかなって、だらしなく頬が下がってしまう。
「いえ、どうぞこちらへ」
花が咲くようにふわりと口元をほころばせた彼に促され、腰かける。
俺より体格のいい彼が座りやすいように、端の方にしていたのに。後からきた長い腕に抱き寄せられ、結局いつも通り広いスペースの真ん中に、身を寄せ合って座るような形になってしまった。嬉しいけども。
どこか満足そうに触覚を揺らし、俺の頭を撫で回すバアルさん。大きな手の温もりを、すっかり満喫していた時だ。
タワーのように積み重なった、小さなコウモリの羽を生やしたこぶた達。小型犬くらいの大きさの子たちが、ぷきゅぷきゅと鼻を鳴らしながら、銀の配膳ワゴンを俺達のテーブルの前へと運んできた。
小さな蹄でお皿を器用に持ち上げ、羽を懸命にはためかせ、料理の盛られたお皿を並べていく。
赤、黄、緑と色とりどりの野菜が詰まったパイ。断面が綺麗なピンク色をしているお肉。
厚みのあるパンケーキには、溶けかかったバターの上に、たっぷりのメイプルシロップと生クリームが添えられている。
「……美味しそうですね」
ちゃんと朝ごはんは食べたものの、入念な準備と慣れないおしゃれに、思っていた以上の体力を消耗していたんだろう。彼の前だというのに、見ているだけで、うっかり腹の虫が鳴ってしまいそうだ。
「ええ、たくさん召し上がってくださいね」
少し前までの俺に嫉妬してくれたり、よしよしと甘やかしてくれていたバアルさんは、すでにそこにはいなかった。俺のお世話をしてくれる、執事モードに入ってしまっている。
取り分け用の小皿を手に、羽を小さくはためかせている彼の表情は真剣そのもの。けれども、宝石みたいな緑の瞳は、生き生きと輝いている。
滅茶苦茶、張り切っていらっしゃる。そんでもって、楽しそう。
このままでは、マズい。いつものように、俺ばかりが餌付けのごとく食べさせられ、バアルさんはその残りをいただくだけになってしまいそうだ。いや、なる。確実に。
彼から、あれやこれやと世話を焼かれること自体は、正直悪い気はしない。そもそも、彼自身が楽しんでいるようなので、それで喜んでくれるんだったら彼の好きなようにさせてあげたい。あげたいのだが。
「はい。でも……今日は、その……で、デートなんですから……俺だけじゃなくて、バアルさんも一緒に楽しみませんか?」
やっぱり今日は、今日だけは譲れない。だってデートだし。初めての。
俺の独り善がりかもしれないけど、全部一緒がいい。バアルさんと一緒に楽しみたいんだ。
ひと回り大きな手に手を重ね、そっと握る。いくつものレンズで構成された瞳が、僅かに大きく見開かれてから、ゆるりと細められた。
「……ふふ、はい。一緒に楽しみましょう」
細長い指がするりと絡む。日溜まりみたいに温かい彼の微笑みが、いつの間にか吐息がかかってしまいそうなくらいの距離まで迫ってきている。
思わず目をつぶってしまった俺の頬に、柔らかいものが触れる。瞬間、こぶた達のどこか弾んだ鳴き声が、一気に熱くなってしまった俺の耳に届いた。
最後に、輪切りのレモンがたっぷり浮かんだピッチャーから、二つのグラスに水を注ぎ終え、俺達に向かってぷきゃっと一鳴き。こぶた達は、俺達の元を去ろうと、ワゴンを押し始めようとしていた。
慌ててお礼を言うと、つぶらな黒い瞳達がキラキラ輝いた。手の代わりなのか、くるんと丸まった尻尾をぶんぶん振りながら、城内へと繋がっている扉の方へと戻っていく。
「どちらから、お召し上がりになりますか?」
「えっと、このパイみたいなのって……」
「キッシュになさいますか?」
「あ、はい。それを」
「畏まりました」
野菜がごろごろと入ったパイ、もといキッシュを指差す。小さく頷いたバアルさんが、六つに切れ分けられたそれを小皿に一切れ乗せ、フォークで一口サイズにしてから俺の口元へと運んでくる。
その動作はあまりにも自然で、俺自身もすっかり彼に慣らされてしまったんだろう。つい、喜び勇んで咥えそうになっていた自分に、すんでのところでブレーキをかけた。
「えっと……バアルさん?」
「いかがなさいましたか?」
プチトマトとホウレン草によって彩られた、黄色い欠片が乗ったフォークを少し離し、彼が宝石みたいな瞳をしばたたかせ、小首を傾げる。
「いや、その……これじゃあいつも通りというか……ただの餌付けっていうか……」
「おや……私と致しましては、このような戯れも、貴方様との愛をより一層深め合う一環だと、認識しておりましたが……」
「あ、あいっ?!」
言われてみれば確かに。彼は、最初の餌付けの段階で、これは愛情表現なのだと言っていた気がする。
とはいえ、あの時の俺はまだ、まともな思考が出来る状態じゃなかった。彼に対する認識も、一緒に居ると安心出来る人って感じだった。
なのに、子供扱いされたくないっていう思いだけが先走っていた。挙げ句、本当の気持ちを、バアルさんが好きだって気持ちを、見て見ぬふりをしていたんだ。
そんなもんだから、完全に思い込んでしまっていた。彼はただ、俺のお世話をする感覚でやっているものだと。
「ええ。ご心配なさらずとも、次は私が、貴方様に手ずから食べさせて頂きますので」
ゆるりと瞳を細めたバアルさんが、俺の頬に手を伸ばす。細く長い指先が触れ、輪郭をなぞるようにそっと撫でていく。
「二人で、ゆっくり楽しみましょうね?」
「はぃ……」
散々慣れていたはずなのに。意識が変わるとこうも違うものなのか。
バアルさんに、好きな人に食べさせてもらったキッシュの味は「美味しいですか?」と頭を撫でる彼の柔らかい微笑みと一緒に、かけがえのない思い出として俺の心に刻まれた。
屋根はドーム型、周りは美術の授業に出てきそうな柱に囲まれている。なんだっけ、おしゃれなカフェとかでよくある……テラス席、だっけ? そんな感じ。
屋外に設置されている、丸いスペースの真ん中には、これまた丸い大きめのテーブル。すぐ側には、二人で座ってもまだ余裕がありそうなベンチがあった。背もたれとひじ掛けのところが、植物のつるみたいにくるくる絡まって、複雑な模様を形作っている。お洒落だ。
俺の手を引いてくれていたバアルさんが、宙に線を引くように指先をスッと動かす。
すると、何処からともなくフカフカしてそうなクッションが、座面と背もたれをカバーするように現れた。
相変わらず便利だな、魔術って。多少見慣れてきたとはいえ、やっぱり感心してしまう。
「ありがとうございます」
バアルさんと一緒なら、ベンチの固さなんて全く気にはならないけど。
彼の優しい気遣いが嬉しくてつい、自惚れてしまう。大事にされてるのかなって、だらしなく頬が下がってしまう。
「いえ、どうぞこちらへ」
花が咲くようにふわりと口元をほころばせた彼に促され、腰かける。
俺より体格のいい彼が座りやすいように、端の方にしていたのに。後からきた長い腕に抱き寄せられ、結局いつも通り広いスペースの真ん中に、身を寄せ合って座るような形になってしまった。嬉しいけども。
どこか満足そうに触覚を揺らし、俺の頭を撫で回すバアルさん。大きな手の温もりを、すっかり満喫していた時だ。
タワーのように積み重なった、小さなコウモリの羽を生やしたこぶた達。小型犬くらいの大きさの子たちが、ぷきゅぷきゅと鼻を鳴らしながら、銀の配膳ワゴンを俺達のテーブルの前へと運んできた。
小さな蹄でお皿を器用に持ち上げ、羽を懸命にはためかせ、料理の盛られたお皿を並べていく。
赤、黄、緑と色とりどりの野菜が詰まったパイ。断面が綺麗なピンク色をしているお肉。
厚みのあるパンケーキには、溶けかかったバターの上に、たっぷりのメイプルシロップと生クリームが添えられている。
「……美味しそうですね」
ちゃんと朝ごはんは食べたものの、入念な準備と慣れないおしゃれに、思っていた以上の体力を消耗していたんだろう。彼の前だというのに、見ているだけで、うっかり腹の虫が鳴ってしまいそうだ。
「ええ、たくさん召し上がってくださいね」
少し前までの俺に嫉妬してくれたり、よしよしと甘やかしてくれていたバアルさんは、すでにそこにはいなかった。俺のお世話をしてくれる、執事モードに入ってしまっている。
取り分け用の小皿を手に、羽を小さくはためかせている彼の表情は真剣そのもの。けれども、宝石みたいな緑の瞳は、生き生きと輝いている。
滅茶苦茶、張り切っていらっしゃる。そんでもって、楽しそう。
このままでは、マズい。いつものように、俺ばかりが餌付けのごとく食べさせられ、バアルさんはその残りをいただくだけになってしまいそうだ。いや、なる。確実に。
彼から、あれやこれやと世話を焼かれること自体は、正直悪い気はしない。そもそも、彼自身が楽しんでいるようなので、それで喜んでくれるんだったら彼の好きなようにさせてあげたい。あげたいのだが。
「はい。でも……今日は、その……で、デートなんですから……俺だけじゃなくて、バアルさんも一緒に楽しみませんか?」
やっぱり今日は、今日だけは譲れない。だってデートだし。初めての。
俺の独り善がりかもしれないけど、全部一緒がいい。バアルさんと一緒に楽しみたいんだ。
ひと回り大きな手に手を重ね、そっと握る。いくつものレンズで構成された瞳が、僅かに大きく見開かれてから、ゆるりと細められた。
「……ふふ、はい。一緒に楽しみましょう」
細長い指がするりと絡む。日溜まりみたいに温かい彼の微笑みが、いつの間にか吐息がかかってしまいそうなくらいの距離まで迫ってきている。
思わず目をつぶってしまった俺の頬に、柔らかいものが触れる。瞬間、こぶた達のどこか弾んだ鳴き声が、一気に熱くなってしまった俺の耳に届いた。
最後に、輪切りのレモンがたっぷり浮かんだピッチャーから、二つのグラスに水を注ぎ終え、俺達に向かってぷきゃっと一鳴き。こぶた達は、俺達の元を去ろうと、ワゴンを押し始めようとしていた。
慌ててお礼を言うと、つぶらな黒い瞳達がキラキラ輝いた。手の代わりなのか、くるんと丸まった尻尾をぶんぶん振りながら、城内へと繋がっている扉の方へと戻っていく。
「どちらから、お召し上がりになりますか?」
「えっと、このパイみたいなのって……」
「キッシュになさいますか?」
「あ、はい。それを」
「畏まりました」
野菜がごろごろと入ったパイ、もといキッシュを指差す。小さく頷いたバアルさんが、六つに切れ分けられたそれを小皿に一切れ乗せ、フォークで一口サイズにしてから俺の口元へと運んでくる。
その動作はあまりにも自然で、俺自身もすっかり彼に慣らされてしまったんだろう。つい、喜び勇んで咥えそうになっていた自分に、すんでのところでブレーキをかけた。
「えっと……バアルさん?」
「いかがなさいましたか?」
プチトマトとホウレン草によって彩られた、黄色い欠片が乗ったフォークを少し離し、彼が宝石みたいな瞳をしばたたかせ、小首を傾げる。
「いや、その……これじゃあいつも通りというか……ただの餌付けっていうか……」
「おや……私と致しましては、このような戯れも、貴方様との愛をより一層深め合う一環だと、認識しておりましたが……」
「あ、あいっ?!」
言われてみれば確かに。彼は、最初の餌付けの段階で、これは愛情表現なのだと言っていた気がする。
とはいえ、あの時の俺はまだ、まともな思考が出来る状態じゃなかった。彼に対する認識も、一緒に居ると安心出来る人って感じだった。
なのに、子供扱いされたくないっていう思いだけが先走っていた。挙げ句、本当の気持ちを、バアルさんが好きだって気持ちを、見て見ぬふりをしていたんだ。
そんなもんだから、完全に思い込んでしまっていた。彼はただ、俺のお世話をする感覚でやっているものだと。
「ええ。ご心配なさらずとも、次は私が、貴方様に手ずから食べさせて頂きますので」
ゆるりと瞳を細めたバアルさんが、俺の頬に手を伸ばす。細く長い指先が触れ、輪郭をなぞるようにそっと撫でていく。
「二人で、ゆっくり楽しみましょうね?」
「はぃ……」
散々慣れていたはずなのに。意識が変わるとこうも違うものなのか。
バアルさんに、好きな人に食べさせてもらったキッシュの味は「美味しいですか?」と頭を撫でる彼の柔らかい微笑みと一緒に、かけがえのない思い出として俺の心に刻まれた。
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