上 下
39 / 906

このままじゃ、また俺だけ餌付けされてしまう……デートなのに

しおりを挟む
予め準備してくれていたんだろう。中庭の一角に、それはあった。

 屋根はドーム型、周りは美術の授業に出てきそうな柱に囲まれている。なんだっけ、おしゃれなカフェとかでよくある……テラス席、だっけ? そんな感じ。

 屋外に設置されている、丸いスペースの真ん中には、これまた丸い大きめのテーブル。すぐ側には、二人で座ってもまだ余裕がありそうなベンチがあった。背もたれとひじ掛けのところが、植物のつるみたいにくるくる絡まって、複雑な模様を形作っている。お洒落だ。

 俺の手を引いてくれていたバアルさんが、宙に線を引くように指先をスッと動かす。

 すると、何処からともなくフカフカしてそうなクッションが、座面と背もたれをカバーするように現れた。

 相変わらず便利だな、魔術って。多少見慣れてきたとはいえ、やっぱり感心してしまう。

「ありがとうございます」

 バアルさんと一緒なら、ベンチの固さなんて全く気にはならないけど。

 彼の優しい気遣いが嬉しくてつい、自惚れてしまう。大事にされてるのかなって、だらしなく頬が下がってしまう。

「いえ、どうぞこちらへ」

 花が咲くようにふわりと口元をほころばせた彼に促され、腰かける。

 俺より体格のいい彼が座りやすいように、端の方にしていたのに。後からきた長い腕に抱き寄せられ、結局いつも通り広いスペースの真ん中に、身を寄せ合って座るような形になってしまった。嬉しいけども。

 どこか満足そうに触覚を揺らし、俺の頭を撫で回すバアルさん。大きな手の温もりを、すっかり満喫していた時だ。

 タワーのように積み重なった、小さなコウモリの羽を生やしたこぶた達。小型犬くらいの大きさの子たちが、ぷきゅぷきゅと鼻を鳴らしながら、銀の配膳ワゴンを俺達のテーブルの前へと運んできた。

 小さな蹄でお皿を器用に持ち上げ、羽を懸命にはためかせ、料理の盛られたお皿を並べていく。

 赤、黄、緑と色とりどりの野菜が詰まったパイ。断面が綺麗なピンク色をしているお肉。

 厚みのあるパンケーキには、溶けかかったバターの上に、たっぷりのメイプルシロップと生クリームが添えられている。

「……美味しそうですね」

 ちゃんと朝ごはんは食べたものの、入念な準備と慣れないおしゃれに、思っていた以上の体力を消耗していたんだろう。彼の前だというのに、見ているだけで、うっかり腹の虫が鳴ってしまいそうだ。

「ええ、たくさん召し上がってくださいね」

 少し前までの俺に嫉妬してくれたり、よしよしと甘やかしてくれていたバアルさんは、すでにそこにはいなかった。俺のお世話をしてくれる、執事モードに入ってしまっている。

 取り分け用の小皿を手に、羽を小さくはためかせている彼の表情は真剣そのもの。けれども、宝石みたいな緑の瞳は、生き生きと輝いている。

 滅茶苦茶、張り切っていらっしゃる。そんでもって、楽しそう。

 このままでは、マズい。いつものように、俺ばかりが餌付けのごとく食べさせられ、バアルさんはその残りをいただくだけになってしまいそうだ。いや、なる。確実に。

 彼から、あれやこれやと世話を焼かれること自体は、正直悪い気はしない。そもそも、彼自身が楽しんでいるようなので、それで喜んでくれるんだったら彼の好きなようにさせてあげたい。あげたいのだが。

「はい。でも……今日は、その……で、デートなんですから……俺だけじゃなくて、バアルさんも一緒に楽しみませんか?」

 やっぱり今日は、今日だけは譲れない。だってデートだし。初めての。

 俺の独り善がりかもしれないけど、全部一緒がいい。バアルさんと一緒に楽しみたいんだ。

 ひと回り大きな手に手を重ね、そっと握る。いくつものレンズで構成された瞳が、僅かに大きく見開かれてから、ゆるりと細められた。

「……ふふ、はい。一緒に楽しみましょう」

 細長い指がするりと絡む。日溜まりみたいに温かい彼の微笑みが、いつの間にか吐息がかかってしまいそうなくらいの距離まで迫ってきている。

 思わず目をつぶってしまった俺の頬に、柔らかいものが触れる。瞬間、こぶた達のどこか弾んだ鳴き声が、一気に熱くなってしまった俺の耳に届いた。


 最後に、輪切りのレモンがたっぷり浮かんだピッチャーから、二つのグラスに水を注ぎ終え、俺達に向かってぷきゃっと一鳴き。こぶた達は、俺達の元を去ろうと、ワゴンを押し始めようとしていた。

 慌ててお礼を言うと、つぶらな黒い瞳達がキラキラ輝いた。手の代わりなのか、くるんと丸まった尻尾をぶんぶん振りながら、城内へと繋がっている扉の方へと戻っていく。

「どちらから、お召し上がりになりますか?」

「えっと、このパイみたいなのって……」

「キッシュになさいますか?」

「あ、はい。それを」

「畏まりました」

 野菜がごろごろと入ったパイ、もといキッシュを指差す。小さく頷いたバアルさんが、六つに切れ分けられたそれを小皿に一切れ乗せ、フォークで一口サイズにしてから俺の口元へと運んでくる。

 その動作はあまりにも自然で、俺自身もすっかり彼に慣らされてしまったんだろう。つい、喜び勇んで咥えそうになっていた自分に、すんでのところでブレーキをかけた。

「えっと……バアルさん?」

「いかがなさいましたか?」

 プチトマトとホウレン草によって彩られた、黄色い欠片が乗ったフォークを少し離し、彼が宝石みたいな瞳をしばたたかせ、小首を傾げる。

「いや、その……これじゃあいつも通りというか……ただの餌付けっていうか……」

「おや……私と致しましては、このような戯れも、貴方様との愛をより一層深め合う一環だと、認識しておりましたが……」

「あ、あいっ?!」

 言われてみれば確かに。彼は、最初の餌付けの段階で、これは愛情表現なのだと言っていた気がする。

 とはいえ、あの時の俺はまだ、まともな思考が出来る状態じゃなかった。彼に対する認識も、一緒に居ると安心出来る人って感じだった。

 なのに、子供扱いされたくないっていう思いだけが先走っていた。挙げ句、本当の気持ちを、バアルさんが好きだって気持ちを、見て見ぬふりをしていたんだ。

 そんなもんだから、完全に思い込んでしまっていた。彼はただ、俺のお世話をする感覚でやっているものだと。

「ええ。ご心配なさらずとも、次は私が、貴方様に手ずから食べさせて頂きますので」

 ゆるりと瞳を細めたバアルさんが、俺の頬に手を伸ばす。細く長い指先が触れ、輪郭をなぞるようにそっと撫でていく。

「二人で、ゆっくり楽しみましょうね?」

「はぃ……」

 散々慣れていたはずなのに。意識が変わるとこうも違うものなのか。

 バアルさんに、好きな人に食べさせてもらったキッシュの味は「美味しいですか?」と頭を撫でる彼の柔らかい微笑みと一緒に、かけがえのない思い出として俺の心に刻まれた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...