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いざ、ハグの練習! 目標は夢の30秒台!!
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人間ってのは、どんなことにもすぐに慣れる生き物らしい。
まぁ、習うより慣れろっていう言葉もあるくらいだしな。ちょっと意味が違うか? まぁ、いいや。
あー……だからさ。俺も人間、なんだからさ。今はこんなに、心臓が壊れそうなくらいにバクバクいっててもさ。
何回も繰り返していけば、すぐに慣れるんだろ? だって、そういう生き物なんだもんな。そうだろ? そう……だよな?
「す、すみません……もう、限界……です……」
胸がいっぱい過ぎて、頭がくらくらしているせいなのか。まるで全力疾走した後みたく、脈拍と呼吸が乱れまくっているせいなのか。それともその両方か。
全然、震えが止まらない指先で、黒いスーツの裾をなんとか摘まんで引っ張り、何度目かのギブアップを彼に伝える。
「畏まりました」
心地のいい低音にそっと囁かれただけで、大きく肩が跳ねてしまった。情けない。
俺の背中と、腰の辺りを支えるように回されていた、長い腕の力が緩んでいく。
全身の力が抜け、彼の逞しい胸元に頬を寄せたまま動けなくなってしまっている俺を、白い手袋に包まれた大きな手が、しっかりと肩を掴んで支え起こしてくれた。
そっと、ソファーにもたれ掛からせてくれる。だらしなく投げ出した四肢が、フカフカのクッションに、ぐったり沈んでいく。せめて息だけでも整えようと、必死に深呼吸を繰り返した。
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ、お気になさらずに。また、しばし休憩に致しましょう」
俺の頭を、ゆったり撫でてくれながら微笑みかけてくれる、バアルさん。彼は、突然地獄に落とされてしまった俺の面倒を見てくれている、スゴく親切で優しい人。いや、悪魔だ。
とはいってもぱっと見は、ほぼ人間。見た目の年齢は……四、五十代くらい。鼻筋の通った顔立ちで、オールバックと白い髭がスゴく似合っている。
八頭身は余裕でありそうなくらい、スタイル抜群。鍛えているのか体格も良くて、黒い執事服を颯爽と着こなしている。
違うところといえば、額から生えている二本の触覚と背中にある半透明の羽。それから、六角形のレンズで構成された。宝石みたいに輝く緑色の複眼くらいかな。
そんな素敵な男性から、出会って間もないのにプロポーズされたどころか。彼とのスキンシップに慣れるように、今は、ハグの練習をしているなんて。
ぶっちゃけ、いまだに信じられない。正直、都合のよすぎる夢でも見ている気分だ。
「…………様、アオイ様?」
心配そうに眉を下げ、俺の顔を覗き込んでいたバアルさんと目が合う。
「あ…………すみません、なんでしたっけ?」
途端にふわりと頬を綻ばせ、長い指先で俺の頬をゆるゆる撫でてくれる。側にある、銀の装飾が施されたローテーブルの方へ、ちらりと視線を向けた。
「今回の記録は、14秒27だったそうです」
テーブルの少し上で、ふわふわ浮かびながら輝く緑色の粒。もとい、彼の召し使いである小さなハエのコルテ。
光沢のある緑のボディ、ガラス細工みたいに透明な羽を持つ彼が、キラキラ瞬きながら飛んでくる。
俺の鼻先までくると、じゃじゃーんと針よりも細い手足を伸ばした。俺に向かって見せつけるように、どこか得意気に掲げているのは、小さな小さなストップウォッチ。
確かに、目を凝らして見れば大きい数字で14、隣の小さな数字には27と表示されている。
さっきから何秒でしたよ、とかなんとか言ってくれていたのは、ぼんやりと聞こえてはいたけど……ホントに計っていたんだな。
「残念ながら、最高記録である17秒51を更新することは叶いませんでしたが……大分安定してきましたね」
すらりと伸びた長い腕が、ごくごく自然に俺の肩に回ったかと思えば、そっと抱き寄せてくる。大きな手が、労ってくれているみたいに頭を、ぽん、ぽん、と優しく撫で始める。
……こんな風にして寄り掛かっている分には、そこまで問題ないんだけどなぁ。
いや、全然ドキドキしないって訳じゃないんだけどさ。
「このまま練習を続けていけば、20秒台はすぐにでも達成出来るでしょう」
やっぱり、正面からぴったり密着してしまっている状態なのがいけないんだろうか。
考えても答えが出るのか分からない問題に、脳の容量を割いていると手を握られた。
繋がれた、少し骨ばった手に力が込められる。バアルさんは、自信あり気に「すぐにでも」の部分で語気を強めた。そして。
「ストレス解消に効果があるという、夢の30秒台を目指して一緒に頑張りましょうね」
指を絡めながら、満面の笑顔と共に、とんでもない目標を宣言されてしまっていた。
……ち、ちょっと待ってくれ。さっきの倍以上の間、俺はバアルさんに抱き締められ続けるってのか?
最後の方なんか、背中や頭を撫でられるだけで勝手に身体がビクビクなるわ。耳元で「いい子ですね」って褒められたり、彼の吐息を感じる度に、何故か身体がそわそわするわ。
胸がいっぱい過ぎて、頭ん中までなんかフワフワしてきて、バカになりそうだったんだぞ? 絶対にムリだろ。
「あの……バアルさん」
「はい、なんでしょう? アオイ様」
意を決して「30秒なんて絶対にムリです」と言おうとした。穏やかな笑みを唇に浮かべた彼が、キレイな緑色の瞳をゆるりと細める。
優しげな表情で微笑みかけられただけ、柔らかい響きを持った低音で名前を呼ばれただけだ。
なのに、切なくもないのに、痛いくらいに胸が締めつけられてしまう。しかも。
「あ…………ぅ、その……よろしく、お願いします……」
全く真逆の、肯定としか取れない言葉を、自然と口にしてしまっていた。
「ふふ、此方こそ宜しくお願い致します」
ますます笑みを深くした彼の手が、俺の髪の毛を梳くように撫でていく。
そっと見上げた視界の先に、ゆらゆらと揺れる触覚が、さっきよりも輝きを増した緑色が映った。
バアルさんが喜んでくれるんだったら、頑張ってみようかな……
まだ一回とはいえ、17秒もったこともあるんだからさ、後13秒くらいはなんとかなるだろう。多分。
なんて、あっさり手のひらを返し、気合いを入れ直していた俺は、もう大分彼に絆されているのかもしれない。
まぁ、習うより慣れろっていう言葉もあるくらいだしな。ちょっと意味が違うか? まぁ、いいや。
あー……だからさ。俺も人間、なんだからさ。今はこんなに、心臓が壊れそうなくらいにバクバクいっててもさ。
何回も繰り返していけば、すぐに慣れるんだろ? だって、そういう生き物なんだもんな。そうだろ? そう……だよな?
「す、すみません……もう、限界……です……」
胸がいっぱい過ぎて、頭がくらくらしているせいなのか。まるで全力疾走した後みたく、脈拍と呼吸が乱れまくっているせいなのか。それともその両方か。
全然、震えが止まらない指先で、黒いスーツの裾をなんとか摘まんで引っ張り、何度目かのギブアップを彼に伝える。
「畏まりました」
心地のいい低音にそっと囁かれただけで、大きく肩が跳ねてしまった。情けない。
俺の背中と、腰の辺りを支えるように回されていた、長い腕の力が緩んでいく。
全身の力が抜け、彼の逞しい胸元に頬を寄せたまま動けなくなってしまっている俺を、白い手袋に包まれた大きな手が、しっかりと肩を掴んで支え起こしてくれた。
そっと、ソファーにもたれ掛からせてくれる。だらしなく投げ出した四肢が、フカフカのクッションに、ぐったり沈んでいく。せめて息だけでも整えようと、必死に深呼吸を繰り返した。
「ありがとう、ございます……」
「いえいえ、お気になさらずに。また、しばし休憩に致しましょう」
俺の頭を、ゆったり撫でてくれながら微笑みかけてくれる、バアルさん。彼は、突然地獄に落とされてしまった俺の面倒を見てくれている、スゴく親切で優しい人。いや、悪魔だ。
とはいってもぱっと見は、ほぼ人間。見た目の年齢は……四、五十代くらい。鼻筋の通った顔立ちで、オールバックと白い髭がスゴく似合っている。
八頭身は余裕でありそうなくらい、スタイル抜群。鍛えているのか体格も良くて、黒い執事服を颯爽と着こなしている。
違うところといえば、額から生えている二本の触覚と背中にある半透明の羽。それから、六角形のレンズで構成された。宝石みたいに輝く緑色の複眼くらいかな。
そんな素敵な男性から、出会って間もないのにプロポーズされたどころか。彼とのスキンシップに慣れるように、今は、ハグの練習をしているなんて。
ぶっちゃけ、いまだに信じられない。正直、都合のよすぎる夢でも見ている気分だ。
「…………様、アオイ様?」
心配そうに眉を下げ、俺の顔を覗き込んでいたバアルさんと目が合う。
「あ…………すみません、なんでしたっけ?」
途端にふわりと頬を綻ばせ、長い指先で俺の頬をゆるゆる撫でてくれる。側にある、銀の装飾が施されたローテーブルの方へ、ちらりと視線を向けた。
「今回の記録は、14秒27だったそうです」
テーブルの少し上で、ふわふわ浮かびながら輝く緑色の粒。もとい、彼の召し使いである小さなハエのコルテ。
光沢のある緑のボディ、ガラス細工みたいに透明な羽を持つ彼が、キラキラ瞬きながら飛んでくる。
俺の鼻先までくると、じゃじゃーんと針よりも細い手足を伸ばした。俺に向かって見せつけるように、どこか得意気に掲げているのは、小さな小さなストップウォッチ。
確かに、目を凝らして見れば大きい数字で14、隣の小さな数字には27と表示されている。
さっきから何秒でしたよ、とかなんとか言ってくれていたのは、ぼんやりと聞こえてはいたけど……ホントに計っていたんだな。
「残念ながら、最高記録である17秒51を更新することは叶いませんでしたが……大分安定してきましたね」
すらりと伸びた長い腕が、ごくごく自然に俺の肩に回ったかと思えば、そっと抱き寄せてくる。大きな手が、労ってくれているみたいに頭を、ぽん、ぽん、と優しく撫で始める。
……こんな風にして寄り掛かっている分には、そこまで問題ないんだけどなぁ。
いや、全然ドキドキしないって訳じゃないんだけどさ。
「このまま練習を続けていけば、20秒台はすぐにでも達成出来るでしょう」
やっぱり、正面からぴったり密着してしまっている状態なのがいけないんだろうか。
考えても答えが出るのか分からない問題に、脳の容量を割いていると手を握られた。
繋がれた、少し骨ばった手に力が込められる。バアルさんは、自信あり気に「すぐにでも」の部分で語気を強めた。そして。
「ストレス解消に効果があるという、夢の30秒台を目指して一緒に頑張りましょうね」
指を絡めながら、満面の笑顔と共に、とんでもない目標を宣言されてしまっていた。
……ち、ちょっと待ってくれ。さっきの倍以上の間、俺はバアルさんに抱き締められ続けるってのか?
最後の方なんか、背中や頭を撫でられるだけで勝手に身体がビクビクなるわ。耳元で「いい子ですね」って褒められたり、彼の吐息を感じる度に、何故か身体がそわそわするわ。
胸がいっぱい過ぎて、頭ん中までなんかフワフワしてきて、バカになりそうだったんだぞ? 絶対にムリだろ。
「あの……バアルさん」
「はい、なんでしょう? アオイ様」
意を決して「30秒なんて絶対にムリです」と言おうとした。穏やかな笑みを唇に浮かべた彼が、キレイな緑色の瞳をゆるりと細める。
優しげな表情で微笑みかけられただけ、柔らかい響きを持った低音で名前を呼ばれただけだ。
なのに、切なくもないのに、痛いくらいに胸が締めつけられてしまう。しかも。
「あ…………ぅ、その……よろしく、お願いします……」
全く真逆の、肯定としか取れない言葉を、自然と口にしてしまっていた。
「ふふ、此方こそ宜しくお願い致します」
ますます笑みを深くした彼の手が、俺の髪の毛を梳くように撫でていく。
そっと見上げた視界の先に、ゆらゆらと揺れる触覚が、さっきよりも輝きを増した緑色が映った。
バアルさんが喜んでくれるんだったら、頑張ってみようかな……
まだ一回とはいえ、17秒もったこともあるんだからさ、後13秒くらいはなんとかなるだろう。多分。
なんて、あっさり手のひらを返し、気合いを入れ直していた俺は、もう大分彼に絆されているのかもしれない。
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