上 下
9 / 925

バアルさんは、とんでもなくお世話好きのようだ

しおりを挟む
 間違いで地獄に落とされてしまってから、ずっと親身になって俺の世話をしてくれているバアルさん。

 見た目は四、五十代だがおそらくかなり年上であろう彼は、白い髭とオールバックが似合っている。

 悪魔だけど優しく気配り上手。紳士的な行動に、俺は意識しっぱなし、一喜一憂しっぱなし。

 しかも、再び彼の前で泣きじゃくるという醜態を晒してしまった。まぁ、そのお陰で彼の気持ちを知ることが出来たのだけれど。

 この出来事を切っ掛けに、少しは彼との距離が縮まったんじゃないか? と俺は思っていた。いたんだが。
 

「力加減はいかがでしょうか? 痛いところは、ございませんか?」

「……大丈夫です」

「では、このまま続けますね。何かあれば遠慮なく仰って下さい」

 頭の表面をもみ解すように、彼の長い指がうごいている。時々、俺の髪を壊れ物にでも触れるように慎重に撫でている。

 正面の大きな鏡には、黒のジャケットを脱ぎ、白いシャツを肘の辺りまで捲ったバアルさん。彼が、水着姿の俺の髪を、丹念にシャンプーで洗っている様子が映っている。美容院よろしくヘッドマッサージつきで。

 引き締まった彼の腰に巻かれている、長いエプロンは撥水性が抜群。その生地の特性なのか、はたまた、なにか術でもかかっているんだろうか。

 俺の髪をシャワーで濡らしている時も、弾かれた水がビー玉の様にコロコロと、黒い布の上を転がり落ちていた。

 だから、まぁ、この後の。俺の身体を洗う時も問題はないんだろう。別に服を脱いだりしなくても。

 仮に濡れちゃったとしても、ぱっと乾かせるだろうしな。俺がびしょ濡れにしてしまった時みたく。

 ……それにしてもまさか親以外の人に、頭の天辺から爪先まで洗われる日が来るとは思わなかったんだが?

 いや、そもそも昔過ぎて、洗われていた記憶すら覚えていないんだけども。

 まだこれが、男同士の裸の付き合いとか、お互いに背中を流し合うとかだったらなぁ……

 彼の言う、軽いスキンシップの一つだと思えるんだけどなぁ……少し恥ずかしいけどさ。

 逐一こちらの反応を窺いながら、俺の頭を白い泡でモコモコにしていくバアルさんは上機嫌だ。

 緑色の瞳を細め、額から生えている触覚を揺らし、背中の半透明な羽をパタパタ動かしている。

 バアルさんが楽しそうならそれでいいかな……と思ってはいるんだけど。

 やっぱり、誰がどう見たって、執事さんに入浴を手伝ってもらっている主人か、身体を洗ってもらっている子供だよなぁ……

 そもそも入浴の準備をしている段階から、そういう予兆はあったんだけれども。



 以前の自分の部屋と大して変わらない、いや、それよりも広いかもしれない洗面所。

 青い艶々の石で出来た床や壁、綺麗に磨かれた大きな鏡や洗面台を、ぼんやり眺めていると抱き下ろされた。

「アオイ様。少しの間、両手を上げていただけないでしょうか?」

 お手本を示すみたいに、バアルさんが長い腕を軽く上げる。

「えっと……これで、いいですか?」

 理由は分からないが彼にならって腕を上げる。すらりと伸びた背を傾け、お辞儀をした彼の口元がふわりと綻ぶ。

「ご協力、感謝致します」

 ただそれだけで、心臓が大きく跳ねてしまった。落ち着かせようと、こっそり深呼吸をしようとしたってのに、ムダな足掻きになるとは。

 いつの間にか、トレーナーの裾には彼の指がかかっていた。驚く間もなくインナーごと、ゆっくりたくし上げられてしまう。

 お陰様で、ますます激しく高鳴ったどころか、頭の中まで真っ白になってしまった。

「あっ…………え? バアル……さん?」

「すぐに済みますので、今しばらくお待ち下さい」

 彼の言葉通りというか、なんというか。俺が困惑している間にも、するすると服が抜き取られていく。

 さらには、凝視していなければ追えない手早さで、トレーナーとインナーに分けられてから綺麗に畳まれてしまった。

「ありがとうございました。もう結構ですよ」

「あ…………はい」

 おずおずと腕を下ろした俺の頭を、撫でる彼の優しい手つき。

 それは、まるで、よく出来ましたと褒めているようで。嬉しい反面、なんだか少しだけ残念で、胸の中がもやっとした。

 ……さっきの、万歳してからの服すっぽんといい、またしても子供扱いされてるんじゃないか?

 目だけで、そっと彼の様子を窺う。

 何処から取り出したのか、大きめのバスタオルを広げているその表情は至って平静そのもの。

 ほんの少し前までドキドキしていた自分が、なんだか恥ずかしくなってしまう。

「失礼致します」

 バアルさんが軽く頭を下げてから、俺のヘソ上辺りに、手にしていたタオルを巻いてくれる。

 長くてフワフワの生地は、俺の腰から足首までをすっぽりと覆い隠してくれた。

 鏡に映る自分の、半裸でタオルだけ巻いた姿。既視感のあるそれに触発でもされたんだろう。

 なんか、プールで着替えている時を思い出すな……なんだっけ、あのボタンがついてるタオルの名前。

 どうでもいい、有るかどうかも分からない情報を頭の引き出しから探り始めてしまっていた。

 だから、気づくのがワンテンポ遅れてしまった。巻きタオルの中へと入ってきた長い指が、俺のスウェットパンツを下着ごとずり下ろしたことに。

「ひょわっ?!」

 急に涼しくなってしまった下半身とは対照的に、顔が一気に熱くなる。

 しゃがんでいる彼の視線の先は、タオルが隠してはくれている。くれているんだが、今しがた彼の手によって、あらわにされてしまったものがある訳で。

 そもそも、気になっている人から、現在進行形で裸に剥かれてしまったという事実は変わらない訳で。

 両方が合わさって、恥ずかしいやら、それでも何故か嬉しいやら、頭の中はオーバーヒート寸前だ。

「少し、右足を上げてもらってもよろしいでしょうか?」

「あ、ぇ? ……はい」

 くらくらする思考回路では、瞬時に考えが及ぶ訳もなく。まるで操り人形になってしまったかのごとく、彼の指示通りに身体を動かしてしまう。

「倒れてしまうといけませんから、私の肩に手を置いて……はい、いい子ですね」

 耳心地のいい低音で褒められると嬉しくて、言われるがままになってしまう。

 次は左足をお願い致します、と言われてすぐに意気揚々と足を上げてしまっていた。気がつけば、身につけているのはバスタオル一枚だけ。

 壊れそうなくらいに心臓が、バクバクと音を立てて落ち着かない状態になってしまっていた。

「ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」

 さっきと同じように俺の頭を軽くぽん、ぽんっと撫でてから、大きな手はすぐさま次の作業へと移っていく。

 妙にそわそわしてしまっている俺には、一切見向きもせずに。

「…………はい」

 彼いわく、俺は彼にとって一生をかけて愛すると、心に決めてくれている御方のハズ。

 ということはそれなりに、彼も俺のことを、そういう目で見てくれているんだろうに。

 どういうことなんだ。涼しい顔で、ただの業務みたく俺の下着を畳んでいるのは。

 ちょっとくらい、なんかそれっぽいリアクションをしてくれてもいいんじゃないか?

 まぁ、別に……分かってはいるけどさ。細くて薄っぺらい、筋肉のきの字ともご縁がない俺の身体に、男らしい色気なんて、なんにも無いことくらい。

 ……筋トレでも始めてみようかな。もう死んじゃってる今の状態で、つくかどうかは分からないけど。

「アオイ様」

「あ、はい。なんですか?」

「もう一度、片足を上げていただけないでしょうか?」

 目を細め、微笑みかけてくれる彼は、何故か上機嫌。その手には、黒いハーフパンツの水着があった。お手伝いする気満々だ。

「あの……バアルさん」

「はい、なんでしょう?」

 俺の気持ちなんて知る由もない彼は、きょとんとした顔で、曇りのない真っ直ぐな視線を向けてくる。

「別に俺、一人で穿けますけど……」

 俺としては精一杯の主張だった。が、途端にしょんぼりと下がってしまった彼の触覚と羽に、つい。

「あー……やっぱりお願いします」

 再び彼の肩を支えにして、水着に着替えさせてもらうことになってしまったのは、仕方がないことだと思う。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

処理中です...