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割り切れたつもりだった、切り替えなければと思っていた
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淡々とした口調で告げられる事実に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。きちんと言葉が入ってこない。
「これから、私共が地獄の威信をかけて誠心誠意お詫びさせて頂きますので、何卒ご理解頂ければと……」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐ低い声が、どこか遠くに聞こえる。
ぐるぐると視界が回り、ぐらぐらと世界が揺れて、足元がおぼつかなくなってきて。倒れそうになっていた俺の身体を、長い腕が支えてくれた。
「大丈夫……ではないですよね……本当に申し訳ありません……」
少し骨ばった大きな手に、ゆったり背中を撫でられる。手つきが優しいからかな、不思議と心が落ち着いてきた。膝はまだ、笑ってるけれど。
「じゃあ……俺は……間違って殺された上に、地獄に落とされたっていうんですか?」
短く、乱れかけていた呼吸をなんとか整え尋ねると、緑色の瞳に悲しげな影が宿った気がした。
「はい……左様で、ございます……」
「左様でございますって、そんな……」
まだ親孝行だって出来ていない。試験が終わったら、皆でカラオケに行こうって約束してたのに。
まだクリアしていないゲームだって沢山ある……恋だって、まともにしたことなかったのに。やり残したことなんて、いっぱいあるのに。
「ごめんなさいっ!!」
ぼやけかかった視界の端に、黒い影が二つ映る。
自分の身長よりも大きな鎌を背負い、フード付きのマントを身に纏った子。俺よりも明らかに幼い少年が、お揃いの濃い灰色のマントに身を包んだ長身の男性に、背を支えられている。何度も俺に向かって頭を下げている。
散々、泣き腫らしたんだろう。目元も鼻の頭も真っ赤で、震える声で謝罪を繰り返すその姿に、少し冷静さを取り戻すことが出来た。
彼らの見た目からして、多分死神……なんだろうな。ということは、この子が、俺を……
「申し訳ありませんでした……彼のミスに気付けなかった私の責任です。どんな処罰でも受けますのでどうか……」
「師匠は悪くないんです! 僕が間違っちゃったから……ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
男性が深々と俺に向かって頭を下げる。彼を庇うように前に進み出た少年が、小さな膝を折り、青い石の床に額を擦りつけ許しを請う。
そんな彼に寄り添うように隣で膝を折り、続くように男が深く頭を垂れた。
泣きながら頭を下げ続ける彼に、互いを必死に庇い合う彼等の様子に。
怒りも悲しみも、理不尽さに対する悔しさも……なんだか全部どうでもよくなってしまって。
「……もう、いいですよ……謝らなくて……」
気がつけば彼らに歩み寄り、震えるその小さな頭を撫でていた。
「でも……僕、取り返しのつかないことを……」
「……じゃあ、貴方に俺を生き返すことが出来るんですか?」
ゆらりと上げた彼の顔が、俺の問いにますます暗く沈み、青白くなっていく。
「それは……その……」
「出来ないですよね? だから、もういいです…………すみません、バアルさん……何処か休める所に連れていってくれませんか?」
とにかく、一刻も早く、ここを離れたかった。
もう、どうしようもないことを。彼の手違いを免罪符にして、泣きじゃくる小さな子に怒りをぶつけるような。誠心誠意謝る彼等を激しく責め、追い詰めるような、そんな醜態を晒したくなかった。
「……畏まりました。貴方様の、仰せのままに」
恭しく俺の手を取ってから、筋肉質な腕が包み込むように俺の身体を持ち上げてくれる。スラリと伸びた足が、城へと向かって歩き出す。
首筋に額を寄せると、ゆるゆる頭を撫でてくれるバアルさんの優しさに、ささくれだった心が少し軽くなった。
「……あのっ、ありがとうございましたっ……」
「貴方様の多大なご慈悲に心より感謝いたします……大変申し訳ありませんでした……」
彼等の声に応える余裕なんて今の俺にあるわけがなくて、かける言葉も思い浮かぶはずがなくて。
突きつけられた現実から目を逸らすように、ただ固く瞼を閉じた。
扉が開く、重たい音に釣られて目を開ける。そこには、天井や壁が青い石で造られた、高そうなホテルの一室みたいな光景が広がっていた。
大きな窓に、青く透き通る水晶のようなもので出来たシャンデリア。
繊細な刺繍が施された絨毯、銀の装飾が施されたテーブルにソファー。
部屋の奥にデンと構えているベッドは、ここから見ても大きく、大人が三人川の字で寝てもまだ余裕がありそうだ。
少し休ませて頂くだけにしては、贅沢過ぎる気がするんだけど……でも、あの立派なお城の中なんだし、どの部屋も似たようなものなのかな?
きょろきょろと室内を見回していた俺に、バアルさんが「失礼致します」と俺の耳元で囁く。背もたれの部分に銀の装飾が施された、いかにも高そうなソファーへとゆっくり下ろしてくれる。
すごっ……見た目以上にフカフカだ……座ってる感じがしないっていうか、浮いてるみたいだな。
全身を包み込むように支えてくれた柔らかさ。感動した俺は、その感触を再度確認しようとしてしまった。つい腰を上げ、腕を広げ、背中から飛び込むように、ぽふんっと凭れかかってしまった。
生地も、なんか良さそうだ。ふんわりしてて、さらさらしてるし。
座り心地抜群のソファーにすっかり夢中になっていた俺の前に、花のような香りのする紅茶が差し出される。
「カモミールティーです。お茶菓子等もありますので、どうぞごゆっくりお召し上がり下さい」
「ありがとうございます……」
湯気が立ち上るカップを受け取る。じんわりとその温かさが、指先を通して伝わってくる。
胸の方まで、ぽかぽかしてくるような気になってくるな……
そのお陰なんだろうか、自然と身体から力が抜け、喉の奥からほっと息が漏れた。
いつの間に用意したんだろうか。目の前のテーブルには、三階建ての塔みたく縦に並んだ、青く丸いお皿達が。その上には、下からサンドイッチ、スコーン、一口サイズのケーキやシュークリームが綺麗に盛られている。
近くにあるイチゴのジャムと白いクリームみたいなのは、多分スコーンにつけるんだろうな。
なんか、コンソメスープみたいなのもあるんだけど……お茶菓子ってゆーか、もう軽い食事じゃない?これ。
「……ハーブティーは、苦手でしたか?」
ソファーの脇で控えていたバアルさんが、俺の目線に合わせて跪く。他のお飲み物をご用意致しましょうか? と尋ねてくる。
カップを手にしたまま、豪華なティーセットをぼーっと眺めていたせいだ。彼に余計な気を使わせてしまったらしい。
「ああ……すみません。こーゆうのに慣れていないというか……物珍しくて、つい」
心配そうに眉を下げこちらを窺っている彼に「いただきます!」と声をかけてからカップに口をつける。
甘い香りと温かさが広がり、カラカラに乾いていた喉をじんわりと癒してくれた。
後味もすっきりしていて飲みやすく、すぐにでも飲みきってしまいそうだ。
「おかわりもございますよ」
「ありがとうございます……それじゃあ、お願いします」
気配りに長けたバアルさんの手に、空になったカップが渡る。真っ白なポットから、琥珀色の液体が注がれていく。
白い陶器は、真上から覗くと満開に咲いた花の形をしていた。それが、徐々に紅茶で満たされていくのを、ただぼんやりと眺めていた俺の目から突然、滴が落ちた。
一度流れ始めると、もうダメだった。堰を切ったかのようにぽろぽろとこぼれ出す。拭っても拭っても止まらない。
「……アオイ様」
「すみません……なんでかな、自分の中ではもう割り切れたっていうか……大丈夫だと思ってたんですけど……」
俺を労るような響きを持った低い声に、余計に胸が苦しくなって、息が上手く出来なくなってしまう。
仕方がないじゃないか……だってもう、済んだことなんだから。諦めるしかないんだから。
いつまでも、うじうじしてたって解決するわけでも、こんな事になる前に戻れるわけもないんだから。
だから、さっさと切り替え……
「失礼致します」
ふわりと香ったハーブの匂いに、全身を包み込む温もりに、バアルさんから抱き締められているんだと気づく。
いつの間に横に腰かけていたのか、そのまま頭や背中をゆったり撫でられてしまった。ますます涙の勢いが増していく。
バアルさんは何も言わなかった。ただ優しく俺を撫でる手が、大丈夫だと、我慢しなくてもいいのだと言ってくれているような気がして。
知らず知らずの内に俺は子供みたいに声を上げ、彼の背中にすがりつき泣きじゃくってしまっていた。
「これから、私共が地獄の威信をかけて誠心誠意お詫びさせて頂きますので、何卒ご理解頂ければと……」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐ低い声が、どこか遠くに聞こえる。
ぐるぐると視界が回り、ぐらぐらと世界が揺れて、足元がおぼつかなくなってきて。倒れそうになっていた俺の身体を、長い腕が支えてくれた。
「大丈夫……ではないですよね……本当に申し訳ありません……」
少し骨ばった大きな手に、ゆったり背中を撫でられる。手つきが優しいからかな、不思議と心が落ち着いてきた。膝はまだ、笑ってるけれど。
「じゃあ……俺は……間違って殺された上に、地獄に落とされたっていうんですか?」
短く、乱れかけていた呼吸をなんとか整え尋ねると、緑色の瞳に悲しげな影が宿った気がした。
「はい……左様で、ございます……」
「左様でございますって、そんな……」
まだ親孝行だって出来ていない。試験が終わったら、皆でカラオケに行こうって約束してたのに。
まだクリアしていないゲームだって沢山ある……恋だって、まともにしたことなかったのに。やり残したことなんて、いっぱいあるのに。
「ごめんなさいっ!!」
ぼやけかかった視界の端に、黒い影が二つ映る。
自分の身長よりも大きな鎌を背負い、フード付きのマントを身に纏った子。俺よりも明らかに幼い少年が、お揃いの濃い灰色のマントに身を包んだ長身の男性に、背を支えられている。何度も俺に向かって頭を下げている。
散々、泣き腫らしたんだろう。目元も鼻の頭も真っ赤で、震える声で謝罪を繰り返すその姿に、少し冷静さを取り戻すことが出来た。
彼らの見た目からして、多分死神……なんだろうな。ということは、この子が、俺を……
「申し訳ありませんでした……彼のミスに気付けなかった私の責任です。どんな処罰でも受けますのでどうか……」
「師匠は悪くないんです! 僕が間違っちゃったから……ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
男性が深々と俺に向かって頭を下げる。彼を庇うように前に進み出た少年が、小さな膝を折り、青い石の床に額を擦りつけ許しを請う。
そんな彼に寄り添うように隣で膝を折り、続くように男が深く頭を垂れた。
泣きながら頭を下げ続ける彼に、互いを必死に庇い合う彼等の様子に。
怒りも悲しみも、理不尽さに対する悔しさも……なんだか全部どうでもよくなってしまって。
「……もう、いいですよ……謝らなくて……」
気がつけば彼らに歩み寄り、震えるその小さな頭を撫でていた。
「でも……僕、取り返しのつかないことを……」
「……じゃあ、貴方に俺を生き返すことが出来るんですか?」
ゆらりと上げた彼の顔が、俺の問いにますます暗く沈み、青白くなっていく。
「それは……その……」
「出来ないですよね? だから、もういいです…………すみません、バアルさん……何処か休める所に連れていってくれませんか?」
とにかく、一刻も早く、ここを離れたかった。
もう、どうしようもないことを。彼の手違いを免罪符にして、泣きじゃくる小さな子に怒りをぶつけるような。誠心誠意謝る彼等を激しく責め、追い詰めるような、そんな醜態を晒したくなかった。
「……畏まりました。貴方様の、仰せのままに」
恭しく俺の手を取ってから、筋肉質な腕が包み込むように俺の身体を持ち上げてくれる。スラリと伸びた足が、城へと向かって歩き出す。
首筋に額を寄せると、ゆるゆる頭を撫でてくれるバアルさんの優しさに、ささくれだった心が少し軽くなった。
「……あのっ、ありがとうございましたっ……」
「貴方様の多大なご慈悲に心より感謝いたします……大変申し訳ありませんでした……」
彼等の声に応える余裕なんて今の俺にあるわけがなくて、かける言葉も思い浮かぶはずがなくて。
突きつけられた現実から目を逸らすように、ただ固く瞼を閉じた。
扉が開く、重たい音に釣られて目を開ける。そこには、天井や壁が青い石で造られた、高そうなホテルの一室みたいな光景が広がっていた。
大きな窓に、青く透き通る水晶のようなもので出来たシャンデリア。
繊細な刺繍が施された絨毯、銀の装飾が施されたテーブルにソファー。
部屋の奥にデンと構えているベッドは、ここから見ても大きく、大人が三人川の字で寝てもまだ余裕がありそうだ。
少し休ませて頂くだけにしては、贅沢過ぎる気がするんだけど……でも、あの立派なお城の中なんだし、どの部屋も似たようなものなのかな?
きょろきょろと室内を見回していた俺に、バアルさんが「失礼致します」と俺の耳元で囁く。背もたれの部分に銀の装飾が施された、いかにも高そうなソファーへとゆっくり下ろしてくれる。
すごっ……見た目以上にフカフカだ……座ってる感じがしないっていうか、浮いてるみたいだな。
全身を包み込むように支えてくれた柔らかさ。感動した俺は、その感触を再度確認しようとしてしまった。つい腰を上げ、腕を広げ、背中から飛び込むように、ぽふんっと凭れかかってしまった。
生地も、なんか良さそうだ。ふんわりしてて、さらさらしてるし。
座り心地抜群のソファーにすっかり夢中になっていた俺の前に、花のような香りのする紅茶が差し出される。
「カモミールティーです。お茶菓子等もありますので、どうぞごゆっくりお召し上がり下さい」
「ありがとうございます……」
湯気が立ち上るカップを受け取る。じんわりとその温かさが、指先を通して伝わってくる。
胸の方まで、ぽかぽかしてくるような気になってくるな……
そのお陰なんだろうか、自然と身体から力が抜け、喉の奥からほっと息が漏れた。
いつの間に用意したんだろうか。目の前のテーブルには、三階建ての塔みたく縦に並んだ、青く丸いお皿達が。その上には、下からサンドイッチ、スコーン、一口サイズのケーキやシュークリームが綺麗に盛られている。
近くにあるイチゴのジャムと白いクリームみたいなのは、多分スコーンにつけるんだろうな。
なんか、コンソメスープみたいなのもあるんだけど……お茶菓子ってゆーか、もう軽い食事じゃない?これ。
「……ハーブティーは、苦手でしたか?」
ソファーの脇で控えていたバアルさんが、俺の目線に合わせて跪く。他のお飲み物をご用意致しましょうか? と尋ねてくる。
カップを手にしたまま、豪華なティーセットをぼーっと眺めていたせいだ。彼に余計な気を使わせてしまったらしい。
「ああ……すみません。こーゆうのに慣れていないというか……物珍しくて、つい」
心配そうに眉を下げこちらを窺っている彼に「いただきます!」と声をかけてからカップに口をつける。
甘い香りと温かさが広がり、カラカラに乾いていた喉をじんわりと癒してくれた。
後味もすっきりしていて飲みやすく、すぐにでも飲みきってしまいそうだ。
「おかわりもございますよ」
「ありがとうございます……それじゃあ、お願いします」
気配りに長けたバアルさんの手に、空になったカップが渡る。真っ白なポットから、琥珀色の液体が注がれていく。
白い陶器は、真上から覗くと満開に咲いた花の形をしていた。それが、徐々に紅茶で満たされていくのを、ただぼんやりと眺めていた俺の目から突然、滴が落ちた。
一度流れ始めると、もうダメだった。堰を切ったかのようにぽろぽろとこぼれ出す。拭っても拭っても止まらない。
「……アオイ様」
「すみません……なんでかな、自分の中ではもう割り切れたっていうか……大丈夫だと思ってたんですけど……」
俺を労るような響きを持った低い声に、余計に胸が苦しくなって、息が上手く出来なくなってしまう。
仕方がないじゃないか……だってもう、済んだことなんだから。諦めるしかないんだから。
いつまでも、うじうじしてたって解決するわけでも、こんな事になる前に戻れるわけもないんだから。
だから、さっさと切り替え……
「失礼致します」
ふわりと香ったハーブの匂いに、全身を包み込む温もりに、バアルさんから抱き締められているんだと気づく。
いつの間に横に腰かけていたのか、そのまま頭や背中をゆったり撫でられてしまった。ますます涙の勢いが増していく。
バアルさんは何も言わなかった。ただ優しく俺を撫でる手が、大丈夫だと、我慢しなくてもいいのだと言ってくれているような気がして。
知らず知らずの内に俺は子供みたいに声を上げ、彼の背中にすがりつき泣きじゃくってしまっていた。
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