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とある師匠の願いと我儘
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俺の弟子は、かなり……いや、超がつくほど鈍感だ。
「アオイ様は、何色がお好きなんですかっ?」
白いティーカップから、小さな口を離したアオイ様の頬が、ポッとピンク色に染まる。彼の細い肩を抱き寄せ座るバアル様の瞳を、ちらちら見つめながら、指の先同士をもじもじ合わせながら答える。
「えっと……緑色、が好き……ですね」
「じゃあ、明日は、緑色のお花を探してきますねっ」
にも関わらず、俺の弟子は満面の笑みを浮かべて、ソファーから勢いよく立ち上がり、明るい声で元気よく返したのだ。
少し調子の外れた鼻歌のリズムに合わせて、ぴょん、ぴょんと薄紫色の頭が跳ねる。柔らかい髪が、ふわりと弾む。俺の視界の左下で。
「あんまりはしゃいでると、また転ぶぞ?」
「えへへ、大丈夫ですよっ! 今は両手、塞がってませんもんっ……うわぁっ」
隣でスキップを踏んでいた華奢な身体が、青い石造りの床に向かって、勢いよく顔面から叩きつけられそうになる。
咄嗟に灰色のフードを掴んでから、反対の腕を伸ばして弟子の身体を受け止め、床との衝突を防いだ。
「……両手が、なんだって?」
「いや、その……ごめんなさい……ありがとうございます……」
「全く……ケガはないな?」
屈んで、頭の天辺からつま先まで、ざっと見てみる。が、細い腕にも、小さな膝小僧にも、擦り傷や切り傷のたぐいはなさそうだ。
抱き止めた際に、俺の腕に強く打ちつけてしまってはいないだろうか。
念の為、俺が腕を回した腹回りを擦っていると、擽ったそうな笑い声を漏らす。
「あははっ、大丈夫ですよ、師匠。どこも痛くありませんから」
「そうか……よし、じゃあ行くぞ。ほら」
「あ……はい」
これが俗に言う、お年頃……というヤツなのだろうか。昔は、自分から手を繋ぎたがっていたのに。最近は、滅多に繋ぎたがらないどころか、俺が握ると恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまう。
なんだかんだで大人しく握ってはくれているから、嫌がられてはいないんだろうが……同僚が言ってた通り、心にくるもんがあるというか……寂しいもんだな。思っていた以上に。
「……俺も、そろそろ弟子離れ、か……」
「え? 何か言いましたか、師匠?」
「いや、なんでもない。今日の飯は、オムライスにするか」
「やったぁ! 僕、卵トロトロのがいいです!」
「分かった、任せろ」
今は、隣で無邪気な笑顔を見せてくれているが……その内俺の弟子も、アオイ様のように大切な誰かの側へ行ってしまうんだろう。
せめてそれまでは、一番近くでこの子の成長を見守らせてほしい。たとえ、それが俺の我儘だとしても。
「……もし泣かせたら、ぶっ潰すがな……」
「ん? どうかしましたか、師匠?」
「いや、こっちの話だ。デザートはプリンでいいか?」
「はいっ! カラメルたっぷりでお願いしますっ!」
「ああ、いいぞ」
再び、ふん、ふん……ふふんと独特なメロディが隣から流れ始める。
胸の内にじわりと滲んでいた寂しさのせいか、無自覚に俺は、小さな手を握り締めてしまっていたようで「そんなに心配しなくても、今度は転びませんよ」と笑われてしまった。
「アオイ様は、何色がお好きなんですかっ?」
白いティーカップから、小さな口を離したアオイ様の頬が、ポッとピンク色に染まる。彼の細い肩を抱き寄せ座るバアル様の瞳を、ちらちら見つめながら、指の先同士をもじもじ合わせながら答える。
「えっと……緑色、が好き……ですね」
「じゃあ、明日は、緑色のお花を探してきますねっ」
にも関わらず、俺の弟子は満面の笑みを浮かべて、ソファーから勢いよく立ち上がり、明るい声で元気よく返したのだ。
少し調子の外れた鼻歌のリズムに合わせて、ぴょん、ぴょんと薄紫色の頭が跳ねる。柔らかい髪が、ふわりと弾む。俺の視界の左下で。
「あんまりはしゃいでると、また転ぶぞ?」
「えへへ、大丈夫ですよっ! 今は両手、塞がってませんもんっ……うわぁっ」
隣でスキップを踏んでいた華奢な身体が、青い石造りの床に向かって、勢いよく顔面から叩きつけられそうになる。
咄嗟に灰色のフードを掴んでから、反対の腕を伸ばして弟子の身体を受け止め、床との衝突を防いだ。
「……両手が、なんだって?」
「いや、その……ごめんなさい……ありがとうございます……」
「全く……ケガはないな?」
屈んで、頭の天辺からつま先まで、ざっと見てみる。が、細い腕にも、小さな膝小僧にも、擦り傷や切り傷のたぐいはなさそうだ。
抱き止めた際に、俺の腕に強く打ちつけてしまってはいないだろうか。
念の為、俺が腕を回した腹回りを擦っていると、擽ったそうな笑い声を漏らす。
「あははっ、大丈夫ですよ、師匠。どこも痛くありませんから」
「そうか……よし、じゃあ行くぞ。ほら」
「あ……はい」
これが俗に言う、お年頃……というヤツなのだろうか。昔は、自分から手を繋ぎたがっていたのに。最近は、滅多に繋ぎたがらないどころか、俺が握ると恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまう。
なんだかんだで大人しく握ってはくれているから、嫌がられてはいないんだろうが……同僚が言ってた通り、心にくるもんがあるというか……寂しいもんだな。思っていた以上に。
「……俺も、そろそろ弟子離れ、か……」
「え? 何か言いましたか、師匠?」
「いや、なんでもない。今日の飯は、オムライスにするか」
「やったぁ! 僕、卵トロトロのがいいです!」
「分かった、任せろ」
今は、隣で無邪気な笑顔を見せてくれているが……その内俺の弟子も、アオイ様のように大切な誰かの側へ行ってしまうんだろう。
せめてそれまでは、一番近くでこの子の成長を見守らせてほしい。たとえ、それが俺の我儘だとしても。
「……もし泣かせたら、ぶっ潰すがな……」
「ん? どうかしましたか、師匠?」
「いや、こっちの話だ。デザートはプリンでいいか?」
「はいっ! カラメルたっぷりでお願いしますっ!」
「ああ、いいぞ」
再び、ふん、ふん……ふふんと独特なメロディが隣から流れ始める。
胸の内にじわりと滲んでいた寂しさのせいか、無自覚に俺は、小さな手を握り締めてしまっていたようで「そんなに心配しなくても、今度は転びませんよ」と笑われてしまった。
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