間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある死神はバラを携え、鼻歌を歌う

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 物心ついた時からだった。僕の世界は、いつも師匠と僕の二人だけで回っていた。

 だから、初めてだったんだ……友達が出来たのも、また明日ねって、約束を交わせたのも。



 丁度、僕の腰辺りまで生い茂っている茂み。邪魔なそれらをかき分け進んでいると、急に開けた場所へ辿り着く。

「お、当たりだな」

 少し先を進んでいた師匠が、明るい声を上げた。

 僕は思わず息を呑んでいた。目の前に広がっている、色とりどりの花が咲き乱れる光景に、見惚れてしまっていたのだ。ただただ眺めるだけの僕の背中を、ぽんっと叩いた師匠がご機嫌そうに口笛を吹く。

「どれにするんだ?」

 続けて周囲をぐるりと見回してから「選り取り見取りで逆に困っちまうけどよ……」と男らしいキリッとした眉毛を片方下げて笑う。師匠の言う通り、どのお花も魅力的で目移りしてしまう。

 師匠と一緒に、ゆっくり花畑の中央の方へ歩いていると、奥に咲いているお花に目を惹かれた。

 思わず駆け寄ると、そこにはアオイ様の瞳にそっくりな、オレンジ色のお花が咲いていたんだ。

「師匠っ」

「ああ、キレイだな。いいんじゃないか? なんとなく、アオイ様に似てるしな」

「やっぱり、師匠もそう思います?」

 何枚もの花びらが、くるりと重なっているお花。色鮮やかに咲き誇っているそれを数本いただいて、いつものようにリボンで束ねる。

 師匠からお墨付きをもらって、すっかり舞い上がっていた僕の頭の中は、アオイ様のことでいっぱいだ。

 喜んでもらえるかな? 昨日みたいに、ありがとうって言ってもらえるかな?

 だから、気がつかなかったんだ。足元に盛り上がって伸びていた木の根っこに。

「うわっ」

 キレイに足を取られ、そのまま勢いよく地面に叩きつけられそうになる。

 せめて、お花だけでも守らなくちゃ……

 無理矢理向きを変えようと、もがいていた僕の身体を、引き締まった腕が颯爽と抱き止めてくれた。

「おいおい、大丈夫か? ケガはないな?」

「は、はいっ! 僕も、お花も無事です。ありがとうございます、師匠」

 そうか、良かった……と微笑みながら、師匠が頭を撫でてくれる。安心したように瞳を細めたものの、すぐに眉間にシワを寄せ「アオイ様に会うんだから、これじゃダメだろ」と草や土で汚れてしまっていた僕のフードマントを、術でキレイにしてくれる。

「あ、ありがとう、ございます……」

「気にすんな、いつものことだろ」

 口の端を持ち上げ笑う師匠に、何故か僕の心臓が大きく跳ねた。

 ……こけそうになって、びっくりしたからかな?

 その時は、そう思っていた。まだ、驚いた余韻が残ってたんだろうって。でも、不思議なドキドキは止まらなかった。

 念の為だと、師匠に手を繋いでもらっている間も、ずっと僕の心臓は、煩く高鳴りっぱなしだったんだ。




 大きな扉を抜けてから、変わった形のツボや大きな絵が所々に飾られた、広く長い廊下を歩く。いつもだったら緊張で手も足も震えちゃうけど、今日の僕は違う。

 だってアオイ様に、友達にお花を届けにいくんだからっ! おまけに師匠もついてきてくれてる。

 今の僕なら、鼻歌を歌いながらスキップだって踏めそうだ。師匠から、また転ぶぞって怒られちゃうからしないけど。鼻歌だけで我慢するけれど。

 足取りが軽いからかな? いつもより早く着いちゃった。

 ゆっくり息を整えて、師匠に髪や服装が乱れてないかチェックしてもらってから、扉に向かってとん、とん、とん、とノックを3回。

 普段はこの合図の後、すぐに「おはようございます」ってバアル様が出迎えてくださるんだけど……

 今日は、扉が開かない。その代わりに、なんだかパタパタと慌ただしい音が聞こえてきたんだ。

 少ししてから「おはようございます」と黒い執事服を身に纏い、艷やかな白い髪をキッチリと後ろに撫でつけた、バアル様が出迎えてくれた。その後ろから、オレンジがかった茶色の頭がひょこりと現れる。

「お、おはようございますっ……グリムさん。あ、クロウさんも、おはようございますっ」

 僕達を見て、琥珀色の瞳を細めたアオイ様の服装は、いつもよりゆったりしていた。

 笑った顔もキラキラというよりは、ふわふわしていて、大分雰囲気が違う。勿論、どちらのアオイ様も可愛らしいけど。

 ぽんぽんと僕の背中を誰かが叩く。師匠だ。どうやら僕は、見惚れてしまっていたみたいだ。思いがけず見ることが出来た、アオイ様の新たな一面に。

「……あっ、おはようございますアオイ様、バアル様。これ、今日のお花です……どうぞ」

「いつもありがとうございます。あ、バラだ……オレンジの。キレイですね」

 師匠のお陰で、無事渡せたお花を受け取ってくれたアオイ様。白い頬をピンク色に染めて「早速飾らせていただきますね」と微笑む。

 隣で静かに見守っていたバアル様が「貴方様の瞳のように美しいですね……」とアオイ様の肩を抱き寄せた。

「あっ! バアル様も、やっぱりそう思います? 僕もアオイ様みたいだなって……いてっ」

 バアル様も、僕達と同じ気持ちだったのが嬉しくて。つい大きな声を出しちゃったのが、いけなかったのかな? 師匠に背中を、軽く叩かれてしまった。

 バアル様は、クスクス笑いながら「お気になさらないで下さい」と微笑みかけてくれた。バアル様の長い腕を、抱き締めているアオイ様。その可愛らしい顔は、いつの間にか真っ赤に染まっていてる。

 心配になった僕は「大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですけど……」と声をかけたんだ。けど、何故かまた師匠に、肘で背中をつつかれてしまったんだ。
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