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それは、ついに貴方様の……お心の準備が出来たと……そのように受け取って、宜しいのでしょうか?
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…………やっぱり俺の勘違いじゃない……よな。明らかに最近……彼からのアプローチというか、スキンシップが増えている気がする。
確かに前から、背中がぞくぞくするような口説き文句をいただけたり、だらしない顔をうっかり晒してしまうような、お褒めの言葉をいただけたりしていたけどさ。
さっきみたく……あ、愛してるなんて、そんな……ド直球な言葉をいただけるなんて……いや、嬉しいけど。滅茶苦茶。
それからキスも……してもらえる頻度、増えてきたよな? 口に。おまけに回数も……いやそれも、嬉しいけど。スゴく。
そういえば、もう容赦しないって言ってたけど……このことなのか? これから前以上に、ガンガン迫ってくれるっていう宣言だったのか?
どうしよう……俺達まだ…………け、結婚前なのに……え、エッチなことを……してもらえたりしちゃうんだろうか……
「…………様……」
いやでも、紳士なバアルさんに限ってそんな……と思う俺がいる反面。だったら昨日の、ちょっと強引な彼はなんだったんだよ、と別の俺が主張してくる。
そんな、不毛としか言いようのない自分同士の議論に、ムダに思考を割いていたせいだ。
「……アオイ様、少々右足を上げて頂けませんか?」
普段通り、入浴前の着替えを手伝ってくれていた彼の呼びかけが、全く耳に入らなくなってしまっていたのは。
「ご、ごめんなさいっ」
どれくらいの間、そうしてくれていたのかは分からない。が、跪き、腰にタオルを巻いた俺の下着を引き下ろした格好のまま、待機してくれていた彼に何度も頭を下げ、肩を借りつつ急いで足を上げる。
100%俺が悪いのに。優しい彼は「此方こそ、お考え事の最中に申し訳ございません」と手慣れた動作で再び巻きタオルの中に手を入れ、黒いハーフパンツの水着を穿かせてくれながら微笑んだ。
「本っ当にすみません……」
完璧な対応をしていただけ、ますます顔が熱くなっていく。自分の頭のお花畑さ加減に、うんざりしていた時だった。
「どんなことを……考えていらっしゃったのですか?」
今の俺にとって一番答えに困ることを、一番答えたくない相手から尋ねられてしまったのは。
「先程の貴方様は……それはとても嬉しそうに、はにかんでいらっしゃったので……」
……メッチャ顔に出しちゃってるじゃないかっ!
咄嗟に口をつぐんでしまった俺の手を、ひと回り大きな手がそっと握ってくれる。手の甲を、ゆるゆると撫でてくれる。
ぽつぽつと呟く彼の言葉が、寂しそうな声色が、俺の心をグサリと刺していく。
「……私めには……仰られないこと、でしょうか?」
しょんぼりと額の触覚を下げ、背中の羽を縮こませ、切ない眼差しで見つめながら追い打ちをかけてくる。
「あ、ぅ……その…………嬉しい、なって……」
俺は、あっさりと白旗を上げていた。
怒涛のコンボがクリティカルヒットし、勝手に口が動き始めていたのだ。
「最近、バアルさんにいっぱい…………キス……してもらえるから……」
声をしぼませながらも、あれよあれよという間に、胸の内を白状してしまっていたんだ。
壊れたように暴れる俺の鼓動しか、聞こえなくなってしまった二人っきりのバスルーム。思わず両手で顔だけ隠した俺を、優しい温もりが包み込む。
「……そのようなことを、考えていらっしゃったのですか?」
鼻先にふわりと香る、馴染みのあるハーブの匂いと鼓膜を揺らす低音に、指の隙間からこっそり覗けば案の定。
妖しい熱を帯びた緑色の眼差しに捉えられ、射抜かれて。それだけなのに、うっかり腰を抜かしそうになってしまった。
「はいぃ……ご、ごめんなさい……」
「ふふ、謝らないで下さい」
俺だって男だ。彼ほどの筋肉はないにしろ、それなりに、平均的な重さくらいはあるはずなんだが……
バアルさんは相変わらず、片手だけで簡単に膝をつきそうになっていた俺を支えてくれた。
それどころか、頬を撫でながら微笑みかけてくれるという神対応。お陰様で、ますます心臓がはしゃいでしまう。
「私は、大変嬉しく存じておりますよ……」
綺麗な弧を描いていた、形のいい唇がゆっくり近づいてきて、熱い吐息が唇に触れる。
あ…………キス、してくれるんだ……
内心ドキドキしまくっていた俺の期待は外れた。不意に逸れた温もりは、頬にそっと触れてくれただけで、すぐに離れていってしまったんだ。
好きな人に触れてもらえているんだ。嬉しくない訳がない。でも……俺ってやつは、自分が思っていた以上に欲張りな人間だったらしい。
「口には……してくれないんですか?」
黙ってさえいればバレない物足りなさを、本人に向かって漏らしてしまっていたんだから。
大きく瞳を見開いたまま、固まってしまったバアルさん。彼の触覚がどこか忙しなく揺れ、半透明の羽がパタパタはためく。
俺より一回り大きな手で、頭を軽く撫でてくれながら言いづらそうに、いつも柔らかい笑みを湛えている口を開いた。
「……申し訳ございませんが……今は、そのような……大変可愛らしいお願いには、応えかねます」
「……どうしてですか?」
「己を律しきれず……また、貴方様に対して無体を働いてしまうからです」
「……いいですよ」
この時の俺は、何故かやけに大胆だった。
普段は彼の、俺にはない大人の男性の色気にあてられ、呂律が回らなくなるくらいヘタれるくせに。
子供扱いされたくないとか言っときながら、いっつも優しい彼に甘えて、リードしてもらいっぱなしのくせに。
「バアルさんにだったら……俺、なにされたって嬉しいですし……」
思い出せば思い出すほど顔が熱くなり、ベッドで転がり回りたくなるようなことを、誰が聞いてもそういう意味で誘っているとしか思えないことを、口にしていたんだ。
「…………それは、ついに貴方様の……お心の準備が出来たと……そのように受け取って、宜しいのでしょうか?」
「え?」
するりと頭から頬へ、輪郭をなぞるように下りていく細く長い指が、俺の顎を優しく掴む。
困惑の色を見せていたはずの瞳には、また、あの妖しい熱が。全身の力が抜けてしまいそうな光を灯していて、知らず知らずの内に俺は息を呑んでいた。
「斯様に無防備な格好で、魅力的なお言葉を頂けたのですから……」
…………無防備? ああ、そうか。
俺……今、半裸だったわ。腰から下、足首の辺りまでタオル巻いてるけど、水着しか着てなかったわ。
そんな格好で、やれキスしてくれだの、なにされたって嬉しいだの言ってりゃ、そりゃこんな甘ったるい雰囲気にもなるわ…………って何を言っているんだっさっきの俺は!
「……あっ……ぅ…………じ、準備が出来ていない、訳では……ないんですけど……」
すっかりいつものヘタれに戻った俺の脳内では、再び二人の俺によって、真っ二つに意見が分かれていた。
無自覚とはいえ、あんだけ煽ったんだし……ウソは言ってないんだからさ、バアルさんに全部委ねろよ、と覚悟を決めている俺と。
バアルさんが優しいのは知ってるし……信じてるけど、やっぱりちょっと……と怖気づいている俺とに。その結果が先の曖昧な発言である。
少し、いや、正直俺にとっては随分と長く感じた沈黙の後に、声を押し殺しクスクスと笑う声が耳に届く。
「ふふ、ご心配なさらずとも、いきなり取って食うようなことは致しませんよ」
宥めるように、よしよしと俺の頭を撫で回す彼の表情には、先程までの身体の奥底がぞくぞくするような艶やかさはない。あるのは慈愛に満ちた笑顔だけだ。
それに対して残念な気持ちになったものの、心のどこかでほっとしてしまっている俺は、ホントに意気地なしだと思う。
「この件は、私達にとって非常に大切な事柄です。この機会に一度、じっくり話し合う必要があると存じますが……いかがでしょうか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「畏まりました。では、まずお背中を流してからに致しましょう。このままでは、お風邪を召されてしまいます」
「はい、すみませんでした……お願いします」
うだうだと彼の手を煩わせてしまった申し訳なさで、俯いていた俺の手を、大きな手がそっと握ってくれる。
顔を上げた先で「お気になさらないで下さい」と微笑む彼は、なんだか嬉しそうで。その笑顔だけで、あっという間に心が快晴になる俺は、もうどうしようもないんだと思う。
確かに前から、背中がぞくぞくするような口説き文句をいただけたり、だらしない顔をうっかり晒してしまうような、お褒めの言葉をいただけたりしていたけどさ。
さっきみたく……あ、愛してるなんて、そんな……ド直球な言葉をいただけるなんて……いや、嬉しいけど。滅茶苦茶。
それからキスも……してもらえる頻度、増えてきたよな? 口に。おまけに回数も……いやそれも、嬉しいけど。スゴく。
そういえば、もう容赦しないって言ってたけど……このことなのか? これから前以上に、ガンガン迫ってくれるっていう宣言だったのか?
どうしよう……俺達まだ…………け、結婚前なのに……え、エッチなことを……してもらえたりしちゃうんだろうか……
「…………様……」
いやでも、紳士なバアルさんに限ってそんな……と思う俺がいる反面。だったら昨日の、ちょっと強引な彼はなんだったんだよ、と別の俺が主張してくる。
そんな、不毛としか言いようのない自分同士の議論に、ムダに思考を割いていたせいだ。
「……アオイ様、少々右足を上げて頂けませんか?」
普段通り、入浴前の着替えを手伝ってくれていた彼の呼びかけが、全く耳に入らなくなってしまっていたのは。
「ご、ごめんなさいっ」
どれくらいの間、そうしてくれていたのかは分からない。が、跪き、腰にタオルを巻いた俺の下着を引き下ろした格好のまま、待機してくれていた彼に何度も頭を下げ、肩を借りつつ急いで足を上げる。
100%俺が悪いのに。優しい彼は「此方こそ、お考え事の最中に申し訳ございません」と手慣れた動作で再び巻きタオルの中に手を入れ、黒いハーフパンツの水着を穿かせてくれながら微笑んだ。
「本っ当にすみません……」
完璧な対応をしていただけ、ますます顔が熱くなっていく。自分の頭のお花畑さ加減に、うんざりしていた時だった。
「どんなことを……考えていらっしゃったのですか?」
今の俺にとって一番答えに困ることを、一番答えたくない相手から尋ねられてしまったのは。
「先程の貴方様は……それはとても嬉しそうに、はにかんでいらっしゃったので……」
……メッチャ顔に出しちゃってるじゃないかっ!
咄嗟に口をつぐんでしまった俺の手を、ひと回り大きな手がそっと握ってくれる。手の甲を、ゆるゆると撫でてくれる。
ぽつぽつと呟く彼の言葉が、寂しそうな声色が、俺の心をグサリと刺していく。
「……私めには……仰られないこと、でしょうか?」
しょんぼりと額の触覚を下げ、背中の羽を縮こませ、切ない眼差しで見つめながら追い打ちをかけてくる。
「あ、ぅ……その…………嬉しい、なって……」
俺は、あっさりと白旗を上げていた。
怒涛のコンボがクリティカルヒットし、勝手に口が動き始めていたのだ。
「最近、バアルさんにいっぱい…………キス……してもらえるから……」
声をしぼませながらも、あれよあれよという間に、胸の内を白状してしまっていたんだ。
壊れたように暴れる俺の鼓動しか、聞こえなくなってしまった二人っきりのバスルーム。思わず両手で顔だけ隠した俺を、優しい温もりが包み込む。
「……そのようなことを、考えていらっしゃったのですか?」
鼻先にふわりと香る、馴染みのあるハーブの匂いと鼓膜を揺らす低音に、指の隙間からこっそり覗けば案の定。
妖しい熱を帯びた緑色の眼差しに捉えられ、射抜かれて。それだけなのに、うっかり腰を抜かしそうになってしまった。
「はいぃ……ご、ごめんなさい……」
「ふふ、謝らないで下さい」
俺だって男だ。彼ほどの筋肉はないにしろ、それなりに、平均的な重さくらいはあるはずなんだが……
バアルさんは相変わらず、片手だけで簡単に膝をつきそうになっていた俺を支えてくれた。
それどころか、頬を撫でながら微笑みかけてくれるという神対応。お陰様で、ますます心臓がはしゃいでしまう。
「私は、大変嬉しく存じておりますよ……」
綺麗な弧を描いていた、形のいい唇がゆっくり近づいてきて、熱い吐息が唇に触れる。
あ…………キス、してくれるんだ……
内心ドキドキしまくっていた俺の期待は外れた。不意に逸れた温もりは、頬にそっと触れてくれただけで、すぐに離れていってしまったんだ。
好きな人に触れてもらえているんだ。嬉しくない訳がない。でも……俺ってやつは、自分が思っていた以上に欲張りな人間だったらしい。
「口には……してくれないんですか?」
黙ってさえいればバレない物足りなさを、本人に向かって漏らしてしまっていたんだから。
大きく瞳を見開いたまま、固まってしまったバアルさん。彼の触覚がどこか忙しなく揺れ、半透明の羽がパタパタはためく。
俺より一回り大きな手で、頭を軽く撫でてくれながら言いづらそうに、いつも柔らかい笑みを湛えている口を開いた。
「……申し訳ございませんが……今は、そのような……大変可愛らしいお願いには、応えかねます」
「……どうしてですか?」
「己を律しきれず……また、貴方様に対して無体を働いてしまうからです」
「……いいですよ」
この時の俺は、何故かやけに大胆だった。
普段は彼の、俺にはない大人の男性の色気にあてられ、呂律が回らなくなるくらいヘタれるくせに。
子供扱いされたくないとか言っときながら、いっつも優しい彼に甘えて、リードしてもらいっぱなしのくせに。
「バアルさんにだったら……俺、なにされたって嬉しいですし……」
思い出せば思い出すほど顔が熱くなり、ベッドで転がり回りたくなるようなことを、誰が聞いてもそういう意味で誘っているとしか思えないことを、口にしていたんだ。
「…………それは、ついに貴方様の……お心の準備が出来たと……そのように受け取って、宜しいのでしょうか?」
「え?」
するりと頭から頬へ、輪郭をなぞるように下りていく細く長い指が、俺の顎を優しく掴む。
困惑の色を見せていたはずの瞳には、また、あの妖しい熱が。全身の力が抜けてしまいそうな光を灯していて、知らず知らずの内に俺は息を呑んでいた。
「斯様に無防備な格好で、魅力的なお言葉を頂けたのですから……」
…………無防備? ああ、そうか。
俺……今、半裸だったわ。腰から下、足首の辺りまでタオル巻いてるけど、水着しか着てなかったわ。
そんな格好で、やれキスしてくれだの、なにされたって嬉しいだの言ってりゃ、そりゃこんな甘ったるい雰囲気にもなるわ…………って何を言っているんだっさっきの俺は!
「……あっ……ぅ…………じ、準備が出来ていない、訳では……ないんですけど……」
すっかりいつものヘタれに戻った俺の脳内では、再び二人の俺によって、真っ二つに意見が分かれていた。
無自覚とはいえ、あんだけ煽ったんだし……ウソは言ってないんだからさ、バアルさんに全部委ねろよ、と覚悟を決めている俺と。
バアルさんが優しいのは知ってるし……信じてるけど、やっぱりちょっと……と怖気づいている俺とに。その結果が先の曖昧な発言である。
少し、いや、正直俺にとっては随分と長く感じた沈黙の後に、声を押し殺しクスクスと笑う声が耳に届く。
「ふふ、ご心配なさらずとも、いきなり取って食うようなことは致しませんよ」
宥めるように、よしよしと俺の頭を撫で回す彼の表情には、先程までの身体の奥底がぞくぞくするような艶やかさはない。あるのは慈愛に満ちた笑顔だけだ。
それに対して残念な気持ちになったものの、心のどこかでほっとしてしまっている俺は、ホントに意気地なしだと思う。
「この件は、私達にとって非常に大切な事柄です。この機会に一度、じっくり話し合う必要があると存じますが……いかがでしょうか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「畏まりました。では、まずお背中を流してからに致しましょう。このままでは、お風邪を召されてしまいます」
「はい、すみませんでした……お願いします」
うだうだと彼の手を煩わせてしまった申し訳なさで、俯いていた俺の手を、大きな手がそっと握ってくれる。
顔を上げた先で「お気になさらないで下さい」と微笑む彼は、なんだか嬉しそうで。その笑顔だけで、あっという間に心が快晴になる俺は、もうどうしようもないんだと思う。
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