70 / 906
とある死神のお礼
しおりを挟む
綺麗な緑のリボンが結ばれた、甘い香りがする包み。
思いがけない、とても素敵なプレゼントに込められている気持ちは、僕にはもったいないくらい温かくて。真っ白な星を一口食べただけで、涙が止まらなくなってしまったんだ。
「……落ち着いたか?」
ごつごつした手が、僕の頭をぽん、ぽんと撫でてから、懐から取り出したハンカチを渡してくれる。
「……はい、ありがとう、ございます…………師匠」
「やれやれ、今日はやけに帰りが遅いと思えば……一人でクッキーを食べながら、ボロボロ泣いてるもんだから、何事かと思ったぞ?」
目元を拭う僕を見て、困ったように笑う師匠。
お城の中庭の隅にあるベンチ。お気に入りの場所に居た僕を、探しに来てくれた師匠。
僕が泣き止むまでずっと抱きしめてくれて、背中を撫で続けてくれていた師匠。
嬉しい気持ちと同じくらい、申し訳ない気持ちが湧いて、混ざって、また目の奥が熱くなってしまう。
「ごめんなさい……」
「まぁ、死神だって泣きたくなることもあるだろう。気にするな」
励ますように背中を軽く叩いた師匠は、そう僕に微笑みかけてから何も聞いてこなかった。
いつもそうだ。師匠は優しいから、待っていてくれる。僕がちゃんと言えるようになるまで。言いたくなるまで。
「あの、師匠……」
「……なんだ?」
ベンチに体格のいい身体を預け、長い足を組んでいる師匠が先を促す。僕らの前で咲き誇る、朝の日差しを受けてキラキラと輝く水晶の花に、視線を向けたまま。
「このクッキー……アオイ様から貰ったんです」
今朝、僕は、アオイ様達の部屋に、いつも通りお花を届けに行った。
その帰り際にバアル様から「此方、アオイ様から『作りすぎてしまったので、お裾分けです』とのことです」と渡された手作りのクッキー。
透明な袋の中で並ぶ白と茶色の星々には、魔術があまり得意でない僕でも分かるくらい、温かい魔力が込められていた。
人間であるアオイ様は、魔術に不慣れなハズだ。きっと無意識に、一生懸命な気持ちと一緒に込めてしまわれたんだろう。
だから、すぐ分かったんだ。クッキーから伝わってくるあの方の気持ちが。ありがとうって、喜んでくれるかなって、優しい想いが。
だから、すぐ分かったんだ。僕が受け取りやすいように、バアル様もアオイ様も優しい嘘をついてくれたんだって。
「そうか……良かったな」
「はい、とても嬉しかった……こんな素敵なものを僕が貰う資格なんて、本当はないけど……」
「そんなことないだろう」
キッパリと断言した師匠の金の瞳が僕を映し、細められる。
擦りすぎて少しひりひりする目元に、長い指が伸びてきて、そっと撫でてくれた。
「現に俺は知っているぞ? 毎朝どれだけお前が頑張って、花を探しに行っているのかを」
「……同じこと、言ってもらいました……バアル様からも」
あくまでこれは僕の償いで、自己満足でやっていること。なのに、バアル様は優しい微笑みを浮かべ「いつもありがとうございます」と現世のお花を受け取ってくれ、僕の代わりに飾ってくれているのだ。
そのご厚意だけでも僕は、みっともなくその場で、泣きじゃくりそうになってしまうのに。バアル様はこうも言ってくれた。
きっと大丈夫ですよと。お花を渡しているのが僕だって、アオイ様を間違って、現世から地獄に落としてしまった張本人だって分かっても。きっと、それでもアオイ様は、僕にありがとうって仰ってくださるでしょうって。
ですから、一度だけでもよろしいので、会って頂けないでしょうか? といつも僕を誘ってくださるんだ。
「だったら……いいんじゃないか? お会いしても」
向けられた柔らかい眼差しは、僕の心を全て見透かしているみたいで。
「クッキーのお礼も、しないといけないだろう?」
本当はお会いして改めて直接、謝罪と感謝を伝えたいのに勇気が出ない、弱虫な僕の背中を優しく支え、押そうとしてくれている。なのに。
「……それは、そう…………なんですけど……」
気がつけば僕は、真っ直ぐに見つめてくる金色から逃げて、俯いてしまっていたんだ。
ほとんど人影が見当たらない中庭が、余計に音が消えちゃったんじゃないかって、錯覚してしまいそうなくらい静かになる。
わだかまり続ける重たいなにかに、胸がつぶれそうになっていた僕の頭を、大きな手がわしゃわしゃと撫で回した。
「……まぁ、そっちについては今すぐじゃなくとも、お礼は用意した方がいいんじゃないか? 明日も持っていくんだろう?」
「は、はいっ……勿論」
「じゃあ、厨房に行くか。普通の飯ならまだしも、俺は洒落た菓子は専門外だからな」
その道のプロに相談するのが一番だ、と僕の手を引きながら、灰色のフードマントを翻し颯爽と歩き出す。
師匠の背中が、なんでかな? いつもより広く頼もしく見えて、また僕の視界は滲んでしまったんだ。
思いがけない、とても素敵なプレゼントに込められている気持ちは、僕にはもったいないくらい温かくて。真っ白な星を一口食べただけで、涙が止まらなくなってしまったんだ。
「……落ち着いたか?」
ごつごつした手が、僕の頭をぽん、ぽんと撫でてから、懐から取り出したハンカチを渡してくれる。
「……はい、ありがとう、ございます…………師匠」
「やれやれ、今日はやけに帰りが遅いと思えば……一人でクッキーを食べながら、ボロボロ泣いてるもんだから、何事かと思ったぞ?」
目元を拭う僕を見て、困ったように笑う師匠。
お城の中庭の隅にあるベンチ。お気に入りの場所に居た僕を、探しに来てくれた師匠。
僕が泣き止むまでずっと抱きしめてくれて、背中を撫で続けてくれていた師匠。
嬉しい気持ちと同じくらい、申し訳ない気持ちが湧いて、混ざって、また目の奥が熱くなってしまう。
「ごめんなさい……」
「まぁ、死神だって泣きたくなることもあるだろう。気にするな」
励ますように背中を軽く叩いた師匠は、そう僕に微笑みかけてから何も聞いてこなかった。
いつもそうだ。師匠は優しいから、待っていてくれる。僕がちゃんと言えるようになるまで。言いたくなるまで。
「あの、師匠……」
「……なんだ?」
ベンチに体格のいい身体を預け、長い足を組んでいる師匠が先を促す。僕らの前で咲き誇る、朝の日差しを受けてキラキラと輝く水晶の花に、視線を向けたまま。
「このクッキー……アオイ様から貰ったんです」
今朝、僕は、アオイ様達の部屋に、いつも通りお花を届けに行った。
その帰り際にバアル様から「此方、アオイ様から『作りすぎてしまったので、お裾分けです』とのことです」と渡された手作りのクッキー。
透明な袋の中で並ぶ白と茶色の星々には、魔術があまり得意でない僕でも分かるくらい、温かい魔力が込められていた。
人間であるアオイ様は、魔術に不慣れなハズだ。きっと無意識に、一生懸命な気持ちと一緒に込めてしまわれたんだろう。
だから、すぐ分かったんだ。クッキーから伝わってくるあの方の気持ちが。ありがとうって、喜んでくれるかなって、優しい想いが。
だから、すぐ分かったんだ。僕が受け取りやすいように、バアル様もアオイ様も優しい嘘をついてくれたんだって。
「そうか……良かったな」
「はい、とても嬉しかった……こんな素敵なものを僕が貰う資格なんて、本当はないけど……」
「そんなことないだろう」
キッパリと断言した師匠の金の瞳が僕を映し、細められる。
擦りすぎて少しひりひりする目元に、長い指が伸びてきて、そっと撫でてくれた。
「現に俺は知っているぞ? 毎朝どれだけお前が頑張って、花を探しに行っているのかを」
「……同じこと、言ってもらいました……バアル様からも」
あくまでこれは僕の償いで、自己満足でやっていること。なのに、バアル様は優しい微笑みを浮かべ「いつもありがとうございます」と現世のお花を受け取ってくれ、僕の代わりに飾ってくれているのだ。
そのご厚意だけでも僕は、みっともなくその場で、泣きじゃくりそうになってしまうのに。バアル様はこうも言ってくれた。
きっと大丈夫ですよと。お花を渡しているのが僕だって、アオイ様を間違って、現世から地獄に落としてしまった張本人だって分かっても。きっと、それでもアオイ様は、僕にありがとうって仰ってくださるでしょうって。
ですから、一度だけでもよろしいので、会って頂けないでしょうか? といつも僕を誘ってくださるんだ。
「だったら……いいんじゃないか? お会いしても」
向けられた柔らかい眼差しは、僕の心を全て見透かしているみたいで。
「クッキーのお礼も、しないといけないだろう?」
本当はお会いして改めて直接、謝罪と感謝を伝えたいのに勇気が出ない、弱虫な僕の背中を優しく支え、押そうとしてくれている。なのに。
「……それは、そう…………なんですけど……」
気がつけば僕は、真っ直ぐに見つめてくる金色から逃げて、俯いてしまっていたんだ。
ほとんど人影が見当たらない中庭が、余計に音が消えちゃったんじゃないかって、錯覚してしまいそうなくらい静かになる。
わだかまり続ける重たいなにかに、胸がつぶれそうになっていた僕の頭を、大きな手がわしゃわしゃと撫で回した。
「……まぁ、そっちについては今すぐじゃなくとも、お礼は用意した方がいいんじゃないか? 明日も持っていくんだろう?」
「は、はいっ……勿論」
「じゃあ、厨房に行くか。普通の飯ならまだしも、俺は洒落た菓子は専門外だからな」
その道のプロに相談するのが一番だ、と僕の手を引きながら、灰色のフードマントを翻し颯爽と歩き出す。
師匠の背中が、なんでかな? いつもより広く頼もしく見えて、また僕の視界は滲んでしまったんだ。
80
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる