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とある兵団長と王様の会談
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昼下がりに訪れた、噂以上に仲睦まじく微笑ましかったお二方といい、今といい……なんとも今日は、思いがけない訪問者の多いことだ。
ソファーの真ん中で優雅に足を組む、我らが主。金糸に彩られた黒服を纏う長身には、無駄な肉が一切ついていない。
座っているだけであふれる威厳。白い頬にかかった、黒く艷やかな長髪を耳へとかけるだけで絵になる気高さ。うっかり見惚れそうになっていた自身を叱咤して、棚の奥を探る。
引っ張り出した、シックな色合いとデザインの缶。蓋を開けた途端に香る匂いだけで、疎い私でも違いが分かった。普段の紅茶よりも上等な茶葉であると。
早速、用意していたポットで紅茶を淹れた。急かすことなく、ゆったりと待ってくれている主の前に、湯気立つカップを運ぶ。カップソーサーと木製のテーブルとが、不協和音を奏でないように、慎重に置いた。
一応、自分の分も向かいに置いてから、主に向かって一礼し、腰掛ける。
「すまないな、レダ。急に押しかけただけでなく、気を遣わせてしまって」
申し訳なさそうに眉を下げた主。ヨミ様が、華やかな香りが立ち上るカップに口をつけ「なかなかの腕前だな」と頬を綻ばせる。
気に入って頂けたようで何よりだ。紅茶に詳しい部下に教わった甲斐が、密かに練習を重ねた甲斐があったというものだ。
「いえ、滅相もございません……もしや、バアル様とアオイ様に関すること、でしょうか」
「ああ、話が早くて助かる。アオイ殿に親衛隊をつけようと思っていてな」
演習場へ見学に訪れた際のお二方。バアル様とアオイ様の仲睦まじいご様子から、てっきり結婚式での警備に関する打ち合わせかと思っていたんだが。親衛隊、か。
「別棟の警備を強化する為に、ですか?」
「それもあるが……バアルがアオイ殿と城下に出掛ける際の警護にあたってもらいたいんだ」
ヨミ様が、細く長い指で傾けていた白いカップを、音も立てずにソーサーへと戻す。
それは逆に迷惑になってしまわないのですかと、喉まで出かかっていた言葉を無理矢理飲み込んだ。
お二方が暮らされている別棟に、親衛隊を配置されるのは分かる。しかし……
城下に出掛ける際の警護とは、つまりお二人方のデートに部下達が同行してしまう、ということになるのだが……
もともと城下には、常に巡回の兵士達が大勢いる。各々、実力も申し分ない。
それに、そもそもアオイ様の側にはバアル様が。私はおろか、部下が束になっても一本も取れないほど武術に長け、本気を出させることすら叶わない、優れた魔術の腕を持つ彼が、いらっしゃるというのに。
「城下の警備は勿論、バアルの腕も信頼している。だが、万が一に備えて周囲を警戒し過ぎていると、バアル自身がせっかくのデートを楽しめないだろう?」
二人を邪魔しない程度の距離で見守っていて欲しいんだ、と続けて口にしたヨミ様のお言葉に、ああ成る程と、腑に落ちた。
見学の時、部下達が魔術を披露している際もだったか。アオイ様には分からないようにこっそりと、それでも厳重に、彼の身に幾重もの防護壁を施されていらっしゃったくらいだ。
いくら安全な城下であろうと、バアル様はアオイ様の為に、常に警戒を怠らないに違いない。
であれば、部下達がお二人の周囲に居ることで、少しでもバアル様に気を緩める余裕が生まれるのであれば。それは間違いなく必要で、重要な任務だろう。
「何の気兼ねもなく、アオイ殿との時間を過ごして欲しくてな」
ぽつりぽつりと口を開くヨミ様の真っ赤な瞳は、どこか遠くを見ているような。
「今までバアルには、苦労ばかりかけてきた……父上の代からずっと」
うっすらと、暗い影を宿しているようにも見えた。
「いい縁談もあったが……私達に、この国に捧げた身だと、地獄の安寧を何よりも優先し続けてきてくれた……何も欲しがらず、愚痴の一つもこぼさずにな」
ふと、ヨミ様の眉間に刻まれていた深いシワが消える。何か、とても嬉しいことを思い出したかのように口元が綻んだ。
「……初めて見たんだ。バアルが心の底から幸せそうに笑っているのを」
目の前の優しげな微笑みに呼び起こされるように、あの方の……柔らかい眼差しで、アオイ様を見つめるバアル様の姿が頭に浮かぶ。
王家の懐刀としての責務を果たす為に、どのような任務においても情に流されないように、己を、心を殺してしまわれていたバアル様。あの方が、ごく自然に笑い、涙ぐまれていたお姿が。
「……選りすぐりの精鋭をご用意いたします。実力は勿論、何よりもお二方を優先して動ける者達を」
「……ありがとう、レダ」
幸せそうなお二方のご様子を、間近に見た者達は皆、それこそ普段はサボり癖のある者でさえ、遅くまで真剣に訓練に励んでいたほどだ。
アオイ様の親衛隊ともなれば、喜んで手を挙げる者が多いだろう。
そう、確信していた私の予想を、いい意味で大幅に裏切るどころか、大規模な大会を開催しなければならないほどの、争奪戦に発展しようとは。
この時の私は勿論、満足そうに微笑むヨミ様でさえも、想像することは出来なかっただろう。
ソファーの真ん中で優雅に足を組む、我らが主。金糸に彩られた黒服を纏う長身には、無駄な肉が一切ついていない。
座っているだけであふれる威厳。白い頬にかかった、黒く艷やかな長髪を耳へとかけるだけで絵になる気高さ。うっかり見惚れそうになっていた自身を叱咤して、棚の奥を探る。
引っ張り出した、シックな色合いとデザインの缶。蓋を開けた途端に香る匂いだけで、疎い私でも違いが分かった。普段の紅茶よりも上等な茶葉であると。
早速、用意していたポットで紅茶を淹れた。急かすことなく、ゆったりと待ってくれている主の前に、湯気立つカップを運ぶ。カップソーサーと木製のテーブルとが、不協和音を奏でないように、慎重に置いた。
一応、自分の分も向かいに置いてから、主に向かって一礼し、腰掛ける。
「すまないな、レダ。急に押しかけただけでなく、気を遣わせてしまって」
申し訳なさそうに眉を下げた主。ヨミ様が、華やかな香りが立ち上るカップに口をつけ「なかなかの腕前だな」と頬を綻ばせる。
気に入って頂けたようで何よりだ。紅茶に詳しい部下に教わった甲斐が、密かに練習を重ねた甲斐があったというものだ。
「いえ、滅相もございません……もしや、バアル様とアオイ様に関すること、でしょうか」
「ああ、話が早くて助かる。アオイ殿に親衛隊をつけようと思っていてな」
演習場へ見学に訪れた際のお二方。バアル様とアオイ様の仲睦まじいご様子から、てっきり結婚式での警備に関する打ち合わせかと思っていたんだが。親衛隊、か。
「別棟の警備を強化する為に、ですか?」
「それもあるが……バアルがアオイ殿と城下に出掛ける際の警護にあたってもらいたいんだ」
ヨミ様が、細く長い指で傾けていた白いカップを、音も立てずにソーサーへと戻す。
それは逆に迷惑になってしまわないのですかと、喉まで出かかっていた言葉を無理矢理飲み込んだ。
お二方が暮らされている別棟に、親衛隊を配置されるのは分かる。しかし……
城下に出掛ける際の警護とは、つまりお二人方のデートに部下達が同行してしまう、ということになるのだが……
もともと城下には、常に巡回の兵士達が大勢いる。各々、実力も申し分ない。
それに、そもそもアオイ様の側にはバアル様が。私はおろか、部下が束になっても一本も取れないほど武術に長け、本気を出させることすら叶わない、優れた魔術の腕を持つ彼が、いらっしゃるというのに。
「城下の警備は勿論、バアルの腕も信頼している。だが、万が一に備えて周囲を警戒し過ぎていると、バアル自身がせっかくのデートを楽しめないだろう?」
二人を邪魔しない程度の距離で見守っていて欲しいんだ、と続けて口にしたヨミ様のお言葉に、ああ成る程と、腑に落ちた。
見学の時、部下達が魔術を披露している際もだったか。アオイ様には分からないようにこっそりと、それでも厳重に、彼の身に幾重もの防護壁を施されていらっしゃったくらいだ。
いくら安全な城下であろうと、バアル様はアオイ様の為に、常に警戒を怠らないに違いない。
であれば、部下達がお二人の周囲に居ることで、少しでもバアル様に気を緩める余裕が生まれるのであれば。それは間違いなく必要で、重要な任務だろう。
「何の気兼ねもなく、アオイ殿との時間を過ごして欲しくてな」
ぽつりぽつりと口を開くヨミ様の真っ赤な瞳は、どこか遠くを見ているような。
「今までバアルには、苦労ばかりかけてきた……父上の代からずっと」
うっすらと、暗い影を宿しているようにも見えた。
「いい縁談もあったが……私達に、この国に捧げた身だと、地獄の安寧を何よりも優先し続けてきてくれた……何も欲しがらず、愚痴の一つもこぼさずにな」
ふと、ヨミ様の眉間に刻まれていた深いシワが消える。何か、とても嬉しいことを思い出したかのように口元が綻んだ。
「……初めて見たんだ。バアルが心の底から幸せそうに笑っているのを」
目の前の優しげな微笑みに呼び起こされるように、あの方の……柔らかい眼差しで、アオイ様を見つめるバアル様の姿が頭に浮かぶ。
王家の懐刀としての責務を果たす為に、どのような任務においても情に流されないように、己を、心を殺してしまわれていたバアル様。あの方が、ごく自然に笑い、涙ぐまれていたお姿が。
「……選りすぐりの精鋭をご用意いたします。実力は勿論、何よりもお二方を優先して動ける者達を」
「……ありがとう、レダ」
幸せそうなお二方のご様子を、間近に見た者達は皆、それこそ普段はサボり癖のある者でさえ、遅くまで真剣に訓練に励んでいたほどだ。
アオイ様の親衛隊ともなれば、喜んで手を挙げる者が多いだろう。
そう、確信していた私の予想を、いい意味で大幅に裏切るどころか、大規模な大会を開催しなければならないほどの、争奪戦に発展しようとは。
この時の私は勿論、満足そうに微笑むヨミ様でさえも、想像することは出来なかっただろう。
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