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気づいた、気づかされてしまったモヤモヤの正体

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 ……城内か、中庭だけでこんなに広いもんな。バアルさんと一緒に歩いて回るだけで楽しそうだ。

 それに、地獄の方々の文化や生活を知るという意味でも、いい機会かもしれない。この先もずっとここで暮らしていくわけだし。

「いいですね。その、バアルさんのオススメというか、お気に入りの場所に行ってみたいんですけど……」

「畏まりました。でしたら図書館か展望塔、もしくは演習場の見学などいかがでしょう?」

 ごく自然に指が絡み、繋がれる。やっとこさ収まりかけていた胸の鼓動が、お祭り騒ぎをし始めてしまう。大きな手の温もりに再び上昇してしまった熱で、頭がぽやぽやしてしまう。

 舞い上がっている俺と違って、バアルさんはマイペースだ。

 懐から緑色の結晶を、いそいそと取り出している。尋ねる間もなく、石が淡い光を帯び始める。続いて石から放たれた細い光。それはプロジェクターのように俺達の前に映像を浮かび上がらせた。

 最初に、光の中に現れたのは、天井まで届く高さの本棚が、部屋の壁全体をぐるりと覆うように並び立っている施設の映像。

 続いて、見上げれば降ってきそうな星空が、見下ろせば街の灯りが視界いっぱいに広がる風景の映像。

 そして、鈍く光る胸当てやすね当てを身につけた兵士さん達が、俺の腕だったら持ち上げるだけで苦労しそうな長剣や、三つに別れた槍を軽々と片手で振り回す映像。

 更には、燃え盛る炎や鋭く尖った氷を、ファンタジー系アニメやゲームのワンシーンみたく、自由自在に操る兵士さん達の映像が現れた。

 地獄にある本や城下の街並みも気になる。けれども、これこそまさに剣と魔法のファンタジーって感じの演習風景は、見ているだけでワクワクするというか、惹かれるものがあるな。スゴく。

 静止画だけでこの迫力だもんな……実際に目で見たらきっと、もっと……

「やはり、演習場にご興味がおありですか?」

「あ、はい。よく分かりましたね」

 よっぽど顔に出てしまっていたんだろうか。瞳に柔らかい光を湛えた彼の指先が、宙に浮かんだ映像に触れた途端、図書館と展望塔の映像が消える。演習場の映像が、さっきよりも大きめに表示された。

「輝いていらっしゃいましたので」

「え?」

 噛み締めるように呟いた彼の、すらりと伸びた長身が俺に向かってゆっくり傾く。ただでさえ身を寄せあって座っていた俺達の距離が、吐息がかかってしまいそうなほどに近くなる。

「魔術の鍛練をご提案させていただいた時も、そして今も、澄んだ水面のように輝いて……」

 ゆらりと伸びてきた一回り大きな彼の手が、俺の頬を撫で、指先が目元を優しくなぞる度に、おかしくなってしまう。

 自分のものじゃないみたいに全身が、勝手にびくびく跳ねてしまう。ますます顔が熱くなってしまう。

「大変、お美しい……」

 穏やかな眼差しは、いつの間にか妖しい熱を灯していた。ただ、見つめられているだけなのに、心どころか魂まで奪われてしまいそう。

 艶やかな笑みを浮かべた唇が、鼻先にあるからだろう。ふいに蘇ってしまう。また反芻してしまう。あの柔らかい感触を。

「ば、バアル……さん……」

 気がつけば俺は、彼の黒いスーツの裾を摘まんで、引っ張ってしまっていた。

「……失礼、貴方様のこととなると、つい熱が入ってしまいますね」

 申し訳ございませんでした、と至近距離にあった顔を離し、眉を下げたバアルさん。

 途端にだった。ほんのさっきまで、俺達の間で漂っていた空気がパッと消える。胸の高鳴りが止まらなくて、頭がぽーっと逆上せてしまうような空気が。

 それと連動するみたいに彼の態度も戻ってしまっていた。いつもの、俺のお世話をテキパキこなす、理想の執事である彼に。

 なんだかまるで、自分にとって都合のいい夢でも見ていた気分だ。

「あっ…………いえ、全然、大丈夫……です」

「恐れ入ります。それでは、演習場をご見学になられるということで、宜しいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします……」

 差しのべられた大きな手を取り、淡いピンクや薄紫色をした水晶の花で彩られた道を、彼と肩を並べて歩く。

 ……なんで、こんなに気持ちがもやもやするんだろう。一体、俺は何を期待していたっていうんだ。

 胸に渦巻くそれは、道すがら現在行われている鍛練の内容やお城の歴史について、普段なら興味津々で聞き入ってしまいそうな話を、彼の口から教えてもらっている間もぐずくずと燻っていた。いっこうに消える気配がなかったってのに。

「アオイ様」

「はい……」

「以前申し上げました通り、いつでもお待ちしておりますので」

「へ?」

「貴方様が、私を求めてくださいますのを」

 耳元でそっと囁いた彼の言葉に、彼の悪戯っぽい笑顔に、あっさり吹き飛ばされてしまった。

 代わりに気づいてしまった、気づかされてしまったもやもやの正体。擽ったくて仕方がないそれのせいだ。恥ずかしいやら、彼の言葉が嬉しいやらで、頭がオーバーヒート寸前になってしまう。

 再開した彼のありがたい講義は、ほとんど俺の耳に入ってくることなく、右から左へと流れていってしまった。
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