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とある兵士達の日常

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 もう見慣れた景色だ。

 とはいえ、どす黒い空と絶えず真っ赤に燃え盛る、荒廃した大地ばかりを眺めていると、己の心が乾いていくのを感じる。

 しかも、今日はちょっと魔術を扱えるからって、勘違いしちまった連中が、無駄な抵抗をしてくれた。そればかりか、ただでさえ醜い面を余計に歪ませ、口汚く罵ってきやがったから、気分はもう最悪だ。

 結局、最後は手のひらを返して、許してくれだのなんだの懇願してくるんだから、最初っから変な気を起こすなってんだ。

 一度此処にに落ちちまえば、どう足掻いても天国どころか、生まれ変わることも出来ないんだからよ。

 真っ白に染まっていた視界が戻り、代わりに真っ青な景色が広がる。

 活気づく町並みと、その奥で堂々とそびえ立つ城に、ようやく帰って来れたんだと、自然と口から息が漏れていた。


「よぉ、お疲れさん。ひでぇ顔だな」

 上への報告を終え、やっとひと息つけそうだったってのに。

 まるで、見計らっていたかのように人の肩に乗せてきた、黒い鱗を纏ったぶっとい腕を払いのける。

「労いの言葉もいいが、酒をくれ、酒を」

「荒れてんなぁ。理由は……まぁ、一つしかないわな」

「察しがよくて助かる。思い出すのも不愉快なんだ」

 ヤツにも心当たりもとい、俺と似たような経験を思い出してしまったんだろう。途端にカラカラと笑っていた口を閉じ、眉間に深いシワを刻んだ。

「ところで、妙に騒がしいが……何か有ったのか?」

 城下町程ではないにしろ、それなりに活気のある城内が今日はやけに賑やかだ。

 あちらこちらで投影石を囲んでは、何やら井戸端会議を開いている。メイド達はまだしも、兵士達まで。

「あー……お前、運が悪かったなぁ……もう少し早く帰って来れたら、噂の奥方様をじかに見れたってのに」

「奥方って……例の人間か? 間違って落ちてきちまったっていう」

 ということは、皆が投影石で見ているのは、その人間の画像か動画ってことか。

「因みに、俺は見れたぞっ!」

 したり顔をしているヤツの表情には、さっきまでの影はない。不思議なくらいにご機嫌だ。

 ヤツの顔を歪ませたのと同じ、人間の話をしてるってのに。

「それは、もう可愛らしい御方でな。バアル様が娶られたのも分かるというか……」

 声を弾ませ、件の人間について一から十まで話してくれているヤツには悪いが、正直まともに聞く気にはなれなかった。

 そりゃあ、ここに落ちてる連中よりは、いくらかマシかもしれないだろう。だが所詮、人間は人間だ。

 どう見た目を取り繕おうが、心の根っこの方は皆、腐っちまってるに違いない。

 ……まぁ、こっちの手違いで、若くして死んじまったのには少し同情するが。

 それにしても、いくらバアル様が王家の懐刀で、地獄の安寧の為であれば身内であろうと容赦しない鉄の心をお持ちだからって、今回ばかりはさすがに気の毒過ぎるな。

 弱くて、醜い人間の面倒を見なきゃいけないどころか、同じ部屋で四六時中一緒に過ごすだなんて。考えただけで身の毛がよだ……

「……おい、聞いてんのか?」

「ん? ああ、勿論」

「いや聞いてないだろ、全然」

 適当にでも相づちを打っておくべきだったな、あっさりバレてしまった。

「どうせお前のことだ。人間なんて皆同じだと思ってんだろ?」

「同じだろ」

 目を細め、じっと睨むように見てくるヤツの問いに即答する。ヤツは、どこか決まりが悪そうに頭を掻き、息を吐く。

「俺も、思っていたよ……最初はな。でも……アオイ様は違うんだよ、騙されたと思って見るだけ見ろよ。ほら」

 この目は、見るまで逃がさないっていう目だな。コイツとは長い付き合いだ、それくらいは分かる。

「……分かったよ」

 あまり、いや全く気は進まないが、無理矢理握らされた投影石に魔力を送る。

 見るだけ見たら、ヤツも納得するだろう。さっさと済ませて一杯やろう。いや、奢ってもらうか。

 それくらいは構わないだろう、付き合ってやっているんだから。

 石が瞬き、淡い光を放つ。俺の眼前にヤツが撮ったであろう映像が現れた。

 瞬間、自分の目を疑った。いや、目を奪われた。心ごと。

 光の中に浮かび上がった人間の表情は、俺がいつも見ている激しい怒りに歪んだ顔でも、濁りきった目で下卑た笑いを浮かべている訳でもなくて。

「……可愛い」

 自然と、そう口にしてしまうほど愛らしかった。

 澄んだ琥珀色の瞳を輝かせ、こぼれんばかりの笑顔を浮かべていた。

「だろ? こっちのバアル様の表情もいいんだよ。優しい御方だとは分かっていたけどさ、こんな笑顔も出来るなんてなぁ……」

 俺の手に収まっている石にヤツの指先が触れ、映像が切り替わる。

 彼を守るように寄り添い歩くバアル様の表情に、普段の鉄仮面のような乏しさはない。

 その微笑みは、彼に向ける笑顔には、慈愛が満ちていた。

 仲睦まじい二人の様子は見ているだけで、胸の中が温かさで満ちていく。こびりついていた、ドロドロしたものが溶けていく。

「バアル様から額にキスされて、照れてるアオイ様も可愛かったな。顔真っ赤にしちゃってさ、微笑ましいっていうかさ」

「は? 何処にあんだよ、それ」

 手のひらの石を何度つついても、だらしなく目尻を下げたヤツが語るような映像は見つからない。

 出てくるのは、ただただ、お二人が手を繋ぎ歩く姿や、頬を染めたアオイ様が、そっとバアル様を見つめている姿ばかりだ。

 それはそれで、ほっこりするから全然構わないんだが。

「あー悪い、撮り逃しちまった」

「はぁ? 何やってんだよ!? しっかりしろよ!!」

「いやー……完全に見入っちまってて、ごめんな?」

 思わず掴みかかってしまっていたヤツの胸ぐらを離すと、慰めるように背中をぽんぽんと叩かれる。

 代わりに今夜一杯奢ってやるからさと約束してくれたが……正直、釣り合わない。

 あれだけ熱心に語るだけ語っておいて現物が見れないなんて……それはないだろう。

「マジかよ……」

「あの……良かったら、見ます?」

 一体いつから居たのか、長い髪を一つにまとめ、上の方で結んだメイドが、おずおずと俺達に声をかけてきた。彼女の白い手には、薄紫色の石が握られている。

「私、撮っていたので。その……」

「いいんですかっ? 良かったらコピーしても?」

「え、ええ。勿論」

 俺が応えるより早く、彼女の手を取り握りしめていたヤツの頭を軽く小突く。

「すみません、ありがとうございます」

 どういたしまして、と微笑む彼女に見せてもらった映像には、とても幸せそうに笑い合うお二人の姿が映っていて。

「……人間の中にも、こんなお方がいらっしゃったんだな」

「ああ」

「……守って、差し上げたいな」

「だな」

 初めて自分の仕事に、お二方の平穏な暮らしを守ることが出来る仕事に、誇りとやりがいを感じることが出来た。
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