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私の妻として、迎え入れさせて頂くつもりですので
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「バアル……さん?」
おそるおそる見上げた先には、とびきり眩しい彼の笑顔があった。
俺にだけ分かるようにパチンとウィンクをしてから、真剣な光を帯びた緑の眼差しがサタン様へと向かっていく。
「サタン様、大事なご報告がございます」
「……なんじゃ、申してみよ」
絵に描いたように驚いた顔が、バアルさんのいつもより低いトーンで紡がれた言葉によって、引き締められる。
「先程アオイ様が仰ってくれた通り、この御方を天国にも、現世にも行かせるつもりは毛頭ございません」
粛々と述べてはいるものの、彼の声には強い意思が宿っているように感じた。
だから、つい、俺のことを離さないと言ってくれているんじゃないかって。そんな自惚れきった考えが浮かんでしまったんだ。
静かに息を吐く音が、すぐ隣で聞こえる。俺の肩を抱く手に少しだけ、力がこもった気がした。
「近い内にアオイ様を、私の妻として、迎え入れさせて頂くつもりですので」
「つっ?!」
「妻じゃとっ!?」
堂々と、さも当然のごとく逞しい胸を張り、言い放たれた彼の一言。
嬉しくて仕方がない宣言に、顔がカッと熱くなる。心臓が鷲掴みされたかのように、激しい音を立て始める。
いや、確かに、彼からプロポーズは、していただいているのだけれども。
でも、俺は明確な返事をしていないし。いやでも、いずれは彼とそういう関係になるのも、やぶさかではないというか。
今まで通り、ただ、一緒に居られるだけで十分満足しているというか…………って何を考えているんだ。俺は。
「なーんじゃ。そう言うことは早く言わんかい!」
ぽやぽやと頭の中でお花が舞い始めていた俺の耳に、愉快でたまらないと言わんばかりの声が届く。
「で? 式はいつ行うんじゃ? 地獄の民総出で盛大にお祝いせねばのう!」
ウキウキを隠しきれず身を乗り出すサタン様に、ちらりと俺に視線を向けたバアルさん。
彼は、クスリと小さな笑みをこぼすと、困ったように眉を下げた。
「お気持ちは大変嬉しいのですが……まだ口説かさせて頂いている最中でして」
「なんじゃ、まだじゃったか。しかしのう、わしが言うのもなんじゃが……もうちっとお主が押せば、イケそうじゃぞ?」
サタン様は、一応は配慮してくれているのか、先程より声を潜めてくれてはいる。
とはいえ、内緒話をしている相手のすぐ隣には、俺というご本人がいるのだ。バッチリ聞こてしまっているのだ。
バアルさんからの、口説いている最中だという言葉だけでも処理しきれていないってのに。さっき会ったばかりのお方から見て俺は、ちょろそうだという認定まで受けてしまうなんて。
恥ずかしいやら、でも嬉しいやらで、どうにかなってしまいそうだ。
「……だと良いのですが」
「そんなに心配せずとも大丈夫じゃ、自信を持て! わしは応援しておるぞ!」
「お心遣いに感謝致します」
バアルさんの宣言以降、サタン様とのお茶会は、終始笑顔が絶えなかった。最初の、突拍子もない始まりからは考えられないくらいに、和やかな雰囲気で終えることが出来たんだ。
ただまぁ、俺は、折角バアルさんに淹れてもらった紅茶も、彼から食べさせてもらった茶菓子の味も、全く分からなくなってしまったのだけれど。
しかも、サタン様が話しかけてくれているのに、ろくに喋れなかった。相づちを打つことくらいしか出来なかった。
優しい彼が代わりに答えてくれている間、ずっと頭をよしよしと撫でられ続けていただけなんだけどさ。
「アオイ様」
「ひゃいっ……なんでしょう?」
サタン様の存在感が強すぎたのか、過ごした時間の密度が濃すぎたのか。彼と二人きりになれたのが、なんだか、すごく久しぶりな気がしてしまう。
思わず噛むどころか、握ってもらっている手に力を込めてしまった。
「しばしの間、御身を抱き締めさせてはいただけませんか?」
「えっと……それって練習、ですか? ハグの」
ぶっちゃけ今はマズい。
ただでさえ、彼からの俺を妻に迎え入れるという宣言で胸がいっぱいになってしまっている。
この状態で彼と密着してしまったら、温かい彼の体温と優しいハーブの香りに包まれてしまったら、絶対に気絶する。もしくは壊れる、心臓が。
だから少しだけ時間を置いてもらおうと、意を決して口を開こうとしてたってのに。
「いえ……この老骨めの我が儘でございます。貴方様のお言葉が、私めの側に居たいと仰ってくれたことが、誠に身に余る光栄に存じまして……」
熱のこもった、煌めく緑から射抜くような視線を注がれただけ。それだけで俺の、紙切れみたいにぺらっぺらの意志は、簡単にくしゃりと潰れてしまったんだ。
「しかしサタン様の手前、貴方様を抱き締め、愛らしい額に口づける訳にもいかず……必死に堪えていた次第でございます」
さっきから暴れまくっている心臓は、もう爆発しちゃうんじゃないかってくらいに激しく高鳴っている。
「ですので、どうか……この老骨めにご慈悲をいただけませんか?」
なのに、そんな風に、すがるように弱々しく手を握られてしまったら。
つい抱き締めて、き、キスしたくなっちゃうくらいにバアルさんも、俺と一緒に居てくれることに喜んでくれていたんだったら。
そんなの……拒めるわけが、ないじゃないか。
「ど、どうぞ……俺も、その…………抱き締めて、欲しい……です」
散らばりまくった勇気の欠片を必死にかき集め、彼の手を握り返す。
途端に俺の身体が、長く引き締まった腕の中へとすぽりと収まった。
なんでだろう、相変わらず心臓はドキドキしっぱなしだってのに。彼の温もりを感じながら、ゆったりと頭や背中を撫でられていると、スゴく安心するんだ。
おそるおそる見上げた先には、とびきり眩しい彼の笑顔があった。
俺にだけ分かるようにパチンとウィンクをしてから、真剣な光を帯びた緑の眼差しがサタン様へと向かっていく。
「サタン様、大事なご報告がございます」
「……なんじゃ、申してみよ」
絵に描いたように驚いた顔が、バアルさんのいつもより低いトーンで紡がれた言葉によって、引き締められる。
「先程アオイ様が仰ってくれた通り、この御方を天国にも、現世にも行かせるつもりは毛頭ございません」
粛々と述べてはいるものの、彼の声には強い意思が宿っているように感じた。
だから、つい、俺のことを離さないと言ってくれているんじゃないかって。そんな自惚れきった考えが浮かんでしまったんだ。
静かに息を吐く音が、すぐ隣で聞こえる。俺の肩を抱く手に少しだけ、力がこもった気がした。
「近い内にアオイ様を、私の妻として、迎え入れさせて頂くつもりですので」
「つっ?!」
「妻じゃとっ!?」
堂々と、さも当然のごとく逞しい胸を張り、言い放たれた彼の一言。
嬉しくて仕方がない宣言に、顔がカッと熱くなる。心臓が鷲掴みされたかのように、激しい音を立て始める。
いや、確かに、彼からプロポーズは、していただいているのだけれども。
でも、俺は明確な返事をしていないし。いやでも、いずれは彼とそういう関係になるのも、やぶさかではないというか。
今まで通り、ただ、一緒に居られるだけで十分満足しているというか…………って何を考えているんだ。俺は。
「なーんじゃ。そう言うことは早く言わんかい!」
ぽやぽやと頭の中でお花が舞い始めていた俺の耳に、愉快でたまらないと言わんばかりの声が届く。
「で? 式はいつ行うんじゃ? 地獄の民総出で盛大にお祝いせねばのう!」
ウキウキを隠しきれず身を乗り出すサタン様に、ちらりと俺に視線を向けたバアルさん。
彼は、クスリと小さな笑みをこぼすと、困ったように眉を下げた。
「お気持ちは大変嬉しいのですが……まだ口説かさせて頂いている最中でして」
「なんじゃ、まだじゃったか。しかしのう、わしが言うのもなんじゃが……もうちっとお主が押せば、イケそうじゃぞ?」
サタン様は、一応は配慮してくれているのか、先程より声を潜めてくれてはいる。
とはいえ、内緒話をしている相手のすぐ隣には、俺というご本人がいるのだ。バッチリ聞こてしまっているのだ。
バアルさんからの、口説いている最中だという言葉だけでも処理しきれていないってのに。さっき会ったばかりのお方から見て俺は、ちょろそうだという認定まで受けてしまうなんて。
恥ずかしいやら、でも嬉しいやらで、どうにかなってしまいそうだ。
「……だと良いのですが」
「そんなに心配せずとも大丈夫じゃ、自信を持て! わしは応援しておるぞ!」
「お心遣いに感謝致します」
バアルさんの宣言以降、サタン様とのお茶会は、終始笑顔が絶えなかった。最初の、突拍子もない始まりからは考えられないくらいに、和やかな雰囲気で終えることが出来たんだ。
ただまぁ、俺は、折角バアルさんに淹れてもらった紅茶も、彼から食べさせてもらった茶菓子の味も、全く分からなくなってしまったのだけれど。
しかも、サタン様が話しかけてくれているのに、ろくに喋れなかった。相づちを打つことくらいしか出来なかった。
優しい彼が代わりに答えてくれている間、ずっと頭をよしよしと撫でられ続けていただけなんだけどさ。
「アオイ様」
「ひゃいっ……なんでしょう?」
サタン様の存在感が強すぎたのか、過ごした時間の密度が濃すぎたのか。彼と二人きりになれたのが、なんだか、すごく久しぶりな気がしてしまう。
思わず噛むどころか、握ってもらっている手に力を込めてしまった。
「しばしの間、御身を抱き締めさせてはいただけませんか?」
「えっと……それって練習、ですか? ハグの」
ぶっちゃけ今はマズい。
ただでさえ、彼からの俺を妻に迎え入れるという宣言で胸がいっぱいになってしまっている。
この状態で彼と密着してしまったら、温かい彼の体温と優しいハーブの香りに包まれてしまったら、絶対に気絶する。もしくは壊れる、心臓が。
だから少しだけ時間を置いてもらおうと、意を決して口を開こうとしてたってのに。
「いえ……この老骨めの我が儘でございます。貴方様のお言葉が、私めの側に居たいと仰ってくれたことが、誠に身に余る光栄に存じまして……」
熱のこもった、煌めく緑から射抜くような視線を注がれただけ。それだけで俺の、紙切れみたいにぺらっぺらの意志は、簡単にくしゃりと潰れてしまったんだ。
「しかしサタン様の手前、貴方様を抱き締め、愛らしい額に口づける訳にもいかず……必死に堪えていた次第でございます」
さっきから暴れまくっている心臓は、もう爆発しちゃうんじゃないかってくらいに激しく高鳴っている。
「ですので、どうか……この老骨めにご慈悲をいただけませんか?」
なのに、そんな風に、すがるように弱々しく手を握られてしまったら。
つい抱き締めて、き、キスしたくなっちゃうくらいにバアルさんも、俺と一緒に居てくれることに喜んでくれていたんだったら。
そんなの……拒めるわけが、ないじゃないか。
「ど、どうぞ……俺も、その…………抱き締めて、欲しい……です」
散らばりまくった勇気の欠片を必死にかき集め、彼の手を握り返す。
途端に俺の身体が、長く引き締まった腕の中へとすぽりと収まった。
なんでだろう、相変わらず心臓はドキドキしっぱなしだってのに。彼の温もりを感じながら、ゆったりと頭や背中を撫でられていると、スゴく安心するんだ。
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