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気がついたら、膝枕
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なんとか落ち着こうと息を深く吸えば、ハーブの香りを、より強く感じてしまう。
バアルさんに抱き締められてるんだと、改めて脳が認識してしまうせいで、体温が急上昇してしまう。
だったら、少しでも香りから遠ざかればいいんじゃないか? と顔を上げれば逆効果。
至近距離にある、緩やかな弧を描いた口元に、温かい光を帯びた緑に、つい、釘付けになってしまう。ますます心臓が激しく高鳴ってしまう。
そして、もっと厄介なのは。
「ふふ……そのように貴方様から見つめられますと、年甲斐もなく照れてしまいますね」
などと、頬をほんのり染めた彼に囁かれながら、指先で目元をゆるりとなぞられてしまう。
すでにオーバーヒート寸前だった俺の頭は、しっかりトドメを刺された。少し前と同じだ。情けない声を振り絞りながら、彼の裾を引っ張ることしか出来なくなってしまった。
「今日の練習はここまでに致しましょうか」
「はぃ……ありがとう、ございました……」
相変わらず、彼の腕に支えられていないと一人で身体を起こせない。それどころか、ピンと糊の効いた彼のスーツをシワくちゃにするほど握り締めてしまっていた。
どんだけこういう方面での免疫がないんだと、心の中で溜め息を吐く。
「此方こそ、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました」
なんとも弱々しい声でしか応答できない俺に対し、どこか弾んだ調子で応えたバアルさん。彼の表情は、なんて言ったらいいんだろう……妙に肌艶がよくなっているというか、生き生きしている。
これが、大人の余裕ってヤツなんだろうか。
まざまざと見せつけられたような気分だ。たかがハグくらいで、いっぱいいっぱいになってしまっている俺との差を。
ますます心の中で吐く溜め息が、大きくなってしまった。
一人で勝手に肩を落としている俺の鼻先に、キラキラ輝く光の粒が。コルテが、ぴぴぴと羽音を立てながら飛んできた。
ゆらゆらと小さな身体を揺らしている。か細い手足をモジモジさせ、くりくりとした目で何かを訴えるように、じっと見つめてくる。
小さな彼の真意を、読み取ることは出来なかった。でも記録係として、俺達の練習に付き合ってくれていたんだから、お礼は伝えないとな。
「コルテもありがとう。手伝ってくれて」
おや、心なしかコルテの羽が大きくなったような。
よく見てみようと顔を近づけようとした矢先、コルテの身体が瞬き出す。一際強く輝いてから、以前のように宙にハートの形を描き、煙のようにぽんっと姿を消してしまった。
「あ、また消えちゃった」
「余程嬉しかったのでしょう。貴方様から望み通り、労いのお言葉を頂けたのですから」
「望み通り、ですか?」
「ええ」
じゃあ、さっき俺の前でじっと待っていたのは、ただお礼を言われたかったってだけなのか。
……なんか、可愛いな。
「……アオイ様」
「っはい、なんですか? バアルさん」
俺に呼びかけた彼の声は、ほんの少し前の明るい調子から一転して、何故か少し寂しげな響きを含んでいる。
この短い間に、俺は一体何をやらかしたんだ?
まだ、ぼんやりしている脳みそをフル回転させようとした時だ。
「お疲れでしょう。少し、横になられてはいかがですか?」
バアルさんが、その形のいい唇に、ニコリと笑みを形作って尋ねてきた。
いつもの、俺を気遣ってくれている優しい提案……のようだけど。なんだろう、どことなく有無を言わさないような、圧力みたいなものを感じるんだけど。
「あ…………はい、じゃあ、そうさせてもらいます」
特に断る理由もなかったので、すぐさま首を縦に振る。
途端に、ぱあっと顔を輝かせた彼が「では、此方に頭を」と逞しいご自身の太ももを、手のひらで指し示してきた。
いつもと違った彼の雰囲気に、よっぽど俺は慌ててしまっていたんだろうか。それとも、オーバーヒートしていた頭が、まだ正常に作動していなかったんだろうか。
なんの疑問も持たず、ただ誘導されるがままに、ぽすんと頭を乗せてしまっていたんだ。
とんでもない自分の現状に気づくのは、どうしようもない状態になってから。
ゆるりと細められ、俺を見下ろす緑色と、しっかり、ばっちり、視線がかち合ってからだった。
見上げた視界いっぱいに映る、彼の穏やかな微笑みに、変な声が口から勝手に漏れてしまう。
「ひぇ……」
なんで、俺、バアルさんから膝枕を?
ハグでも結構なスキンシップなのに、いきなりステップアップし過ぎじゃないか。こんなの親しい間柄じゃないと絶対に出来ないヤツじゃないか。
今更ながら困惑しつつも、頭の後ろに感じる温もりに、なんだかほっとする。でも同時に、湧き上がってしまっていた。
手を伸ばせば、すぐにでも触れられる距離に彼がいるせいだろう。彼の目元が、スゴく優しげに緩んでいるせいだろう。
もっと彼に触れてほしいって、もっと彼とくっつきたいって思ってしまう。抱き締められていた時は、あれだけ困るだのなんだのごねていたくせに。
結局、俺は衝動に抗えなかった。知らず知らずの内に黒いスーツの裾を、指で摘まんで引っ張ってしまっていたんだ。
俺の無意識の訴えに、すっかり上機嫌そうに目尻のシワを深くしていた彼が小首を傾げる。俺の頭を、よしよしと撫で回していた手を止めた。
「おや、いかがなさいましたか?」
頭の上から降ってきた、耳障りのいい低音が紡ぐ疑問の言葉。耳に届いた瞬間、ぽやぽやしていた頭が急に冷静さを取り戻した。体温がサッと足元から引いていくみたいに。
「そ、その……えっと…………」
いやいや、今、何をしようとしていたんだ。俺は。
さっきまで、自分の心の中に浮かんでいた、彼に甘えたいなどという気持ち。しきりに「子供扱いしないで欲しい」と求め続けている普段の自分とは真逆の気持ちに、頭の中がこんがらがりそうになる。
言葉を濁したまま、固まってしまった俺を見て優しい彼は、勘違いしたらしかった。
「ふむ……やはり、この老骨めの硬い膝では、ご満足いただけなかったでしょうか……」
バアルさんは優しいから、自分の方に非があるのだと、思ってしまったんだ。
「いえっ! 全っ然、そんなことは!」
たちまち八の字になった眉と一緒に、元気だった触覚と羽も、しょんぼり下がってしまっていた。
急いでフォローしなければ、と焦ったのがいけなかったんだと思う。
「むしろ、満足し過ぎてマズいというか……」
言わなくてもいい胸の内を、うっかりこぼすはめになってしまった。
バアルさんに抱き締められてるんだと、改めて脳が認識してしまうせいで、体温が急上昇してしまう。
だったら、少しでも香りから遠ざかればいいんじゃないか? と顔を上げれば逆効果。
至近距離にある、緩やかな弧を描いた口元に、温かい光を帯びた緑に、つい、釘付けになってしまう。ますます心臓が激しく高鳴ってしまう。
そして、もっと厄介なのは。
「ふふ……そのように貴方様から見つめられますと、年甲斐もなく照れてしまいますね」
などと、頬をほんのり染めた彼に囁かれながら、指先で目元をゆるりとなぞられてしまう。
すでにオーバーヒート寸前だった俺の頭は、しっかりトドメを刺された。少し前と同じだ。情けない声を振り絞りながら、彼の裾を引っ張ることしか出来なくなってしまった。
「今日の練習はここまでに致しましょうか」
「はぃ……ありがとう、ございました……」
相変わらず、彼の腕に支えられていないと一人で身体を起こせない。それどころか、ピンと糊の効いた彼のスーツをシワくちゃにするほど握り締めてしまっていた。
どんだけこういう方面での免疫がないんだと、心の中で溜め息を吐く。
「此方こそ、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました」
なんとも弱々しい声でしか応答できない俺に対し、どこか弾んだ調子で応えたバアルさん。彼の表情は、なんて言ったらいいんだろう……妙に肌艶がよくなっているというか、生き生きしている。
これが、大人の余裕ってヤツなんだろうか。
まざまざと見せつけられたような気分だ。たかがハグくらいで、いっぱいいっぱいになってしまっている俺との差を。
ますます心の中で吐く溜め息が、大きくなってしまった。
一人で勝手に肩を落としている俺の鼻先に、キラキラ輝く光の粒が。コルテが、ぴぴぴと羽音を立てながら飛んできた。
ゆらゆらと小さな身体を揺らしている。か細い手足をモジモジさせ、くりくりとした目で何かを訴えるように、じっと見つめてくる。
小さな彼の真意を、読み取ることは出来なかった。でも記録係として、俺達の練習に付き合ってくれていたんだから、お礼は伝えないとな。
「コルテもありがとう。手伝ってくれて」
おや、心なしかコルテの羽が大きくなったような。
よく見てみようと顔を近づけようとした矢先、コルテの身体が瞬き出す。一際強く輝いてから、以前のように宙にハートの形を描き、煙のようにぽんっと姿を消してしまった。
「あ、また消えちゃった」
「余程嬉しかったのでしょう。貴方様から望み通り、労いのお言葉を頂けたのですから」
「望み通り、ですか?」
「ええ」
じゃあ、さっき俺の前でじっと待っていたのは、ただお礼を言われたかったってだけなのか。
……なんか、可愛いな。
「……アオイ様」
「っはい、なんですか? バアルさん」
俺に呼びかけた彼の声は、ほんの少し前の明るい調子から一転して、何故か少し寂しげな響きを含んでいる。
この短い間に、俺は一体何をやらかしたんだ?
まだ、ぼんやりしている脳みそをフル回転させようとした時だ。
「お疲れでしょう。少し、横になられてはいかがですか?」
バアルさんが、その形のいい唇に、ニコリと笑みを形作って尋ねてきた。
いつもの、俺を気遣ってくれている優しい提案……のようだけど。なんだろう、どことなく有無を言わさないような、圧力みたいなものを感じるんだけど。
「あ…………はい、じゃあ、そうさせてもらいます」
特に断る理由もなかったので、すぐさま首を縦に振る。
途端に、ぱあっと顔を輝かせた彼が「では、此方に頭を」と逞しいご自身の太ももを、手のひらで指し示してきた。
いつもと違った彼の雰囲気に、よっぽど俺は慌ててしまっていたんだろうか。それとも、オーバーヒートしていた頭が、まだ正常に作動していなかったんだろうか。
なんの疑問も持たず、ただ誘導されるがままに、ぽすんと頭を乗せてしまっていたんだ。
とんでもない自分の現状に気づくのは、どうしようもない状態になってから。
ゆるりと細められ、俺を見下ろす緑色と、しっかり、ばっちり、視線がかち合ってからだった。
見上げた視界いっぱいに映る、彼の穏やかな微笑みに、変な声が口から勝手に漏れてしまう。
「ひぇ……」
なんで、俺、バアルさんから膝枕を?
ハグでも結構なスキンシップなのに、いきなりステップアップし過ぎじゃないか。こんなの親しい間柄じゃないと絶対に出来ないヤツじゃないか。
今更ながら困惑しつつも、頭の後ろに感じる温もりに、なんだかほっとする。でも同時に、湧き上がってしまっていた。
手を伸ばせば、すぐにでも触れられる距離に彼がいるせいだろう。彼の目元が、スゴく優しげに緩んでいるせいだろう。
もっと彼に触れてほしいって、もっと彼とくっつきたいって思ってしまう。抱き締められていた時は、あれだけ困るだのなんだのごねていたくせに。
結局、俺は衝動に抗えなかった。知らず知らずの内に黒いスーツの裾を、指で摘まんで引っ張ってしまっていたんだ。
俺の無意識の訴えに、すっかり上機嫌そうに目尻のシワを深くしていた彼が小首を傾げる。俺の頭を、よしよしと撫で回していた手を止めた。
「おや、いかがなさいましたか?」
頭の上から降ってきた、耳障りのいい低音が紡ぐ疑問の言葉。耳に届いた瞬間、ぽやぽやしていた頭が急に冷静さを取り戻した。体温がサッと足元から引いていくみたいに。
「そ、その……えっと…………」
いやいや、今、何をしようとしていたんだ。俺は。
さっきまで、自分の心の中に浮かんでいた、彼に甘えたいなどという気持ち。しきりに「子供扱いしないで欲しい」と求め続けている普段の自分とは真逆の気持ちに、頭の中がこんがらがりそうになる。
言葉を濁したまま、固まってしまった俺を見て優しい彼は、勘違いしたらしかった。
「ふむ……やはり、この老骨めの硬い膝では、ご満足いただけなかったでしょうか……」
バアルさんは優しいから、自分の方に非があるのだと、思ってしまったんだ。
「いえっ! 全っ然、そんなことは!」
たちまち八の字になった眉と一緒に、元気だった触覚と羽も、しょんぼり下がってしまっていた。
急いでフォローしなければ、と焦ったのがいけなかったんだと思う。
「むしろ、満足し過ぎてマズいというか……」
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