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細マッチョな先輩と恋人同士になった件(ソレイユルート)

はーい、はいっ、聞こえませーん、聞く気もございませーん

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 水浴びの効果は上々。ずぶ濡れな互いを見て、笑い合っている最中、先輩がさり気なく壁際にあるバスチェアを浴室の真ん中へと持ってきた。その流れのまま。

「ほら、シュンちゃん。座って、座って」

 おいでおいでと手招きされるがまま俺は腰掛け、お背中流しへと移行していたのだ。

 スポンジが泡立つと香ってきたボディソープの匂いは、鼻にはつかない程良さで気に入っている。なんの匂いかは分からないが、フローラルというか、ゴージャスというか、そんな賑やかな香りも嫌いではないのだけれど。

「はーい、おかゆいところはございませんか?」

 美容師さんみたいなことをお茶目な調子で言いながら、先輩が俺の背中にスポンジを当てていく。クリーム状の泡が広がっていく感じが何だか不思議だ。普段は感じない産毛まで撫でられているような気がしてしまう。

 ……こうも違うものなのか。自分の手でやるのと先輩からとでは。

「……大丈夫ですよ」

「もしかして、擽ったかった?」

 心配そうな声で尋ねながら、先輩はすぐに手を止めてしまった。相変わらず察しが良過ぎる。すぐに答えられたつもりだったし、声色も普通だと思っていたのに。

「あー……いや、不思議な感じがするなって思ってただけで」

「イヤじゃない?」

「はい」

「そっか。じゃあ、続けるね?」

「お願いします」

 再びスポンジが動き始める。助かった。深くツッコまれなくて。あれ以上は、なんて答えたらいいのか分からなかったから。

 洗い方にも性格は出るもんだ。先輩は、繊細なだけでなく几帳面なのだろう。背中だけでも分かった。優しい手つきで動いているスポンジは隅々まで丁寧に俺の肌へと泡を乗せていく。肩から肩甲骨、それから腰回りに向かって徐々に下りていく。

 大して時間もかけず、ざっくりと擦るだけで終わらせてしまっている俺とは雲泥の差。分かってはいたが見て見ぬふりをしていた、自分の雑さを突きつけられている気分だ。お恥ずかしい。

 尾てい骨の辺りまできたところで、スポンジがまた止まった。先輩が俺の肩を軽くぽんぽんっと叩きながら、明るい声を上げた。

「よっし、オッケー! じゃあ、シュンちゃん、交代しよっか」

「え?」

 もう、終わり? 確かに背中の流し合いっことは言っていたけれど。先輩の手によって、しっかりと俺の背中は泡まみれになったけれど。

 でも、もっと、なんかこう……あるんじゃないの? 

 思わず身体ごと振り向いてしまっていた俺を見つめていたオレンジの瞳。優しく微笑んでいた眼差しに悪戯っぽい色が宿る。

「もしかして、期待してくれてたの? オレにエッチな洗い方されるかもって、想像してた?」

「うっ……」

 悪いですか? そう喉まで出かかっていた。っていうか、間違いなく出ていただろう。

「……だからさぁ……そんな素直な反応しないでよね……こっちは必死で我慢してんのに……」

 拗ねた顔をした先輩から、嬉しい自白をされなければ。

「えっ、そんな」

「ナシだからね? 我慢しなくていいんですよ、は」

「うぇっ」

 伝えたかったことを先回りされたかと思えば、先輩は両手を俺の脇に差し込んできた。軽々とバスチェアから抱き起こされてしまった。

 頬を赤く染めた先輩は眉間にシワを寄せ、唇を尖らせたまま。タイルの床に俺がちゃんと立てたのを確認してから、椅子取りゲームのように素早く腰を下ろした。振り向かずに俺に向かって、泡にまみれたスポンジを差し出してくる。取り敢えず俺は受け取るしかなかった。

「そ、ソレイユ先ぱ」

「はーい、はいっ、聞こえませーん。聞く気もございませーん」

「なんで」

「だからぁ、さっきも言ったでしょ?」

 大きな溜め息の後、ポツリと囁かれた言葉は聞き逃してしまいそうなほどに小さかった。

「……止めておけなくなっちゃうって」

 でも、俺の頭の中には、しばらくこだまのように響き続けていた。
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