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マッチョな先輩と恋人同士になった件(サルファールート)

また、先輩の様子がぎこちなくなってしまったんだが?

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 ひとしきり笑い合って、俺が感じたのは空腹感だった。部屋の時計を見れば、そろそろご飯時な良い時間。

「サルファー先輩……取り敢えずシャワー浴びて、ご飯にしません? 俺、お腹空いちゃって……」

 出した後にすぐ眠ってしまったにもかかわらず、俺の乱れていた衣服はちゃんと整えられていた。また先輩が、後始末してくれたんだろう。

 とはいえ、やっぱり先にキレイにしておきたいし、新しいのに着替えておきたい。

「そうだな。じゃあ、君が先に入るといい。俺に気にせず、ゆっくりしてていいぞ」

「ありがとうございます」

 頷いてから、先輩は俺に向かって手を差し出してきた。

 多少の気怠さはあれど、ベッドから一人で起き上がれないほどではなかった。でも、俺は嬉々として、その分厚い手のひらに手を重ねていたんだ。

 先輩が俺の手を握る。上体だけを起こしていた俺の腰に腕を回し、抱き締めるように立たせてくれる。

 そして、口づけてくれた。ごく自然に、挨拶を交わすかのように。

「いってらっしゃい」

「い、いってきます」

 見送る際も先輩は、爽やかに微笑んでいた。まるで、キスなんてしていなかったみたいだった。



 先輩のせいだ。急にカッコよくなった先輩の。

「……いや、出会った時からカッコよかったけどさ」

 俺の呟きは、浴室に響くことなくシャワーの音に紛れていった。

 ひたすらに冷水を頭からかぶっているのに、冷えるのは身体の表面だけ。肝心要な気持ちの昂ぶりは、再び灯り始めた熱が収まる気配がない。

「……なんで、ちょっと勃っちゃってんだよ」

 別に、深いキスをしてもらえた訳でもないのに。重症だ。ちょっとだけ、ときめいただけなのに。

 ふと浮かんだ先輩の笑顔。柔らかくて、安心する笑顔をきっかけに、ますます鼓動が高鳴っていく。

 挙げ句、芋づる式に蘇ってしまう。ほんの少し前の、甘ったるくて心地よいひと時が。

「あー、もう……思い出すな、鎮まれ、鎮まれ」

 南無阿弥陀の部分しか知らないけれど、ひたすらに唱えてみる。関係ないけれど、羊も百匹くらい数えてみた。

 そうして、ようやくだった。先輩の元へ戻れるくらい、笑顔でいられるくらい、落ち着きを取り戻せたのは。


 手早く着替えを終えた俺は、なんてことない顔で先輩の待つ部屋へと戻った。

「すみません、遅くなっちゃって」

「いや、そんなに待ってはいな……っ……」

 見る見る内に先輩の頬が赤く染まっていく。驚きに見開かれた瞳が、俺を食い入るように見つめている。

 もしかしなくても、顔に出てしまってるんだろうか。後、もう百匹くらい数えるべきだったか?

 俺が変な後悔をしていると、先輩が急に立ち上がった。壁際に置いていたボストンバッグをひったくるように取り、そそくさと浴室へと向かおうとする。

「じゃ、じゃあ、シャワー使わせてもらうな」

「あ、はい……先輩の分のタオル、置いてるんで使って下さい。後、ボディーソープとかシャンプーも好きに使っていいんで」

「ああ、ありがとう」

 ぎこちなく微笑んでから、先輩は大股で浴室へと向かっていってしまった。

 明らかに不自然な先輩の行動は、浴室から帰ってきてからも続いた。食事中も、先輩はどこか上の空だったのだ。

 そりゃあ「美味しいですね」と話しかければ「ああ、美味しいな」と返ってきた。お裾分けにと「一ついりますか?」と尋ねれば「ありがとう」と受け取り、お返しにと先輩のおかずを俺にくれた。

 でも、ほとんど目が合わなかった。俺が話しかけないと反応してくれなかったのだ。絶対におかしい。

 結局、原因が分かることもなく、かといって、聞く勇気も出ないまま、俺達は歯磨きを終え、床につくことになった。

「……じゃ、じゃあ、俺は床で眠るから」

「……一緒に寝てくれないんですか?」

 付き合う前でさえ、一緒に寝てくれたのに。やっぱり、変だ。

 尋ねる間も与えないつもりらしい。先輩は、俺が用意していたタオルケットを床へと広げようとする。話しを終わらせようとする。

「俺も一緒だと……狭いだろう? 気にしないでくれ。俺には、どこでもすぐに眠れるという特技が」

「……先輩……俺、なにかしましたか?」

「え?」

「……だって、なんか、おかしいじゃないですか……俺がシャワー浴びた後くらいから……」

 俺を見つめる先輩の瞳が、揺れ始める。

 ああ、やっぱり、あの後からか。俺が確信を得た時、先輩は勢いよく頭を下げてきた。

「すまない!」

「……やっぱり、バレてたんですね? 引いたんでしょう? 散々してもらえたのに、キスしてもらえただけで……ちょっと勃っちゃうなんて……」

「え……? 君もか?」

 弾かれるように顔を上げた先輩の思いも寄らない質問に、薄暗い気持ちが消えていく。

「はい?」

 君もか、とは?
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