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マッチョな先輩と恋人同士になった件(サルファールート)

もう、帰っちゃうのか……もう、この手を離さなきゃいけないのか

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 保険医の先生に事情を説明して見てもらったところ、先輩の怪我は軽症だった。

 術で全身をくまなく、特に影響を受けていそうな頭を念入りにチェックしてくれたらしい。結果、口の中を少し切っただけとのこと。他に問題は見られなかったという。

 側に居させてもらった俺には、先生が先輩の頭に向かって手をかざし、集中しているようにしか見えなかったんだけどさ。

 それにしても、顎って人間の急所だったと思うんだけどな。いくら何でも頑丈過ぎない?

 とはいえ、安心はしたさ。それに先生の腕を疑っている訳でもない。

 でも、苛烈な決闘を、命のやり取りをしているかのような気迫に満ちた先輩達を、目の当たりにしていたからだろう。俺は、こびりついた不安を中々拭うことが出来ずにいたんだ。

 黙っていたけれど、表情に出ていたんだろう。サルファー先輩にも伝わってしまったらしかった。

「大丈夫だ、シュン。昔は、もっと強烈な蹴りをソルからもらったことがあるからな。前にも君に言っただろう? 頑丈さには、自信があると」

 治療中だったのに、俺に眩しい笑顔を向けてくれたどころか、頭を撫でてくれようとしたんだ。当然、先生から「大人しくしていて下さい」って静かな雷が落ちたんだけどさ。

 その後も「このくらいの怪我は慣れているから、大丈夫だ」って俺を気遣ってくれたんだ。気持ちは嬉しい。でも、慣れたらどうにかなるもんでもない気もするけど。

 切れていたところに薬を塗ってもらい、自然治癒力を高める術をかけてもらったところで、治療は無事に終了。

 その後、先輩が着替える為に、こっそり練習場の方へ戻った時には、すでに人はまばらになっていた。ソレイユ先輩や、ダンとライのお陰だろう。

 三人の姿も、もうそこにはなく、明るいオレンジ色だった空には、暗闇が滲み始めていた。よっぽど近づかない限り、俺達は黒い人型の影にしか見えないだろう。

 それでも、練習場を突っ切って正門から帰るのは、何となく憚られた。先輩もだったのか、特に意思疎通をせずにとも、俺達の足は滅多に使わない裏門へと向いていた。

 帰路につこうとする道中、サルファー先輩と肩を並べ、手を繋いで歩くものの俺達の間に会話は無かった。何だか気まずい。

 ……保健室では、まだ多少は会話が出来ていたのにな。

 気持ちが伝わったって実感が、今更になって込み上げてきたんだろうか。色々と話したいことが有ったはずなのに、いざ先輩を目の前にすると緊張で言葉が出ない。

 おまけに、拍車をかけているような。さっきの公開告白の件で、気恥ずかしい思いが余計に増しているのかも。

 先輩と恋人同士になれたのはとても嬉しい。でも想定外過ぎた。それに……き、キスもしちゃったし。

 多分先輩も同じ気持ちなんだと思う。掌は少し汗ばんでいて、顔は上気している。耳まで真っ赤っ赤だ。

 一言も発することが出来ずに、ただテレテレしているばかり。けれども時間は容赦なく過ぎていく。

 気が付いたら、もう寮の目の前まで来てしまっていた。

「……着いてしまったな」

 ようやく聞けた先輩の声は、何だか寂しそうで、独り言に近い呟きだった。

「……じゃあ、シュン……俺は、あっちだから」

 続いた言葉も、表情も寂しそう。なのに、先輩は俺の手を離そうとする。先輩の寮の方へと向かおうとする。

 もう、帰っちゃうのか。やっと先輩との関係が進展したのに。

 もう、離さなきゃいけないのか。やっと先輩に、また手を繋いでもらえたのに。

 繋いだ手に力を込めたからだろう。先輩が俺の方へと向き直り、不思議そうに見つめた。

「……シュン、どうした?」

「……先輩。良かったら、ですけど……今から俺の部屋に来てくれませんか?」

 黄色の瞳が瞬き、幅広の方が跳ねる。驚きは一瞬だった。

 分厚い雲から太陽が覗いたかのように、先輩の表情が明るくなっていく。鍛え上げられた身体を前のめりにして、俺の手を両手で包むように握り締めながら、瞳を輝かせた。

「そ、それは構わないが……いいのか?」

「はい、まだ先輩と一緒に居たいんです」
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