【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ

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アサギさんと編みぐるみ作り

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 単純作業って楽しいんだな。

 輪に通したかぎ針を引き出して、また糸をかけてくぐらせて。ちょっとずつ、ちょっとずつ増えていく編み目。手の中で少しずつ形作られていくぬいぐるみ。

 山頂に向かって一歩一歩確実に進んでいくようなこの感じが楽しくて、嬉しくて仕方がない。

「やっぱりレン君は筋がいいね。まだ二回目なのにスムーズだし、編み目も綺麗だ」

 猫背みたくソファーから前のめりになっている俺の隣で軽く腰掛け、均整のとれたしなやかな背中をピンと伸ばしているアサギさんが口元を綻ばせる。

 顔はこちらを向いてくれているのに、白い手の動きは止まっていない。おまけにぴったり同じだ。お手本にと同じピンクの毛糸で編んでいる、ぬいぐるみの進み具合は。

 さり気ない優しさに胸の辺りが擽ったくなる。

 俺に合わせてくれてるんだろうな。彼の手際の良さならばとっくの昔に編み終えているだろうに。

「……アサギさんが教え上手だからですよ」

 スクエアタイプのレンズ越しにかち合う青の瞳がゆるりと微笑む。

「ふふ、君は褒め上手だね」

 すっかり落ち着かなくなってしまった。さっきまでリラックスしていた鼓動が、スキップするみたいに弾んで仕方がない。

「どうかしたかい?」

 ピタリと手を止め、俺を窺う透き通った瞳が心配そうに細められる。

 分かりやすく動揺していたんだ。いつも冷静に周りを見ることが出来るアサギさんが気付かない訳がない。

 ……言うべき、なんだろうけど。

「その……首は、もう……大丈夫なんですか?」

 言えなかった。アサギさんの笑顔に見惚れてドキドキしてました、だなんて。

 代わりにぶつけてしまった、気になっていた事柄。痛々しい包帯から解放された白い首をそっと見つめる。

「……確かめてみるかい?」

「へ?」

 編みかけの毛糸とかぎ針をテーブルに預けた彼の手が、続けて俺の分もそっと奪っていく。

 広いテーブルに置かれた二本目のかぎ針が、カランと鈴を鳴らしたような音を立てて転がった。

「はい、どうぞ。好きなだけ触ってくれて構わないよ」

 そこまで配慮してくれなくてもいいのに。俺が触りやすいようにジャケットを脱いだアサギさんが向かい合う形で身体を寄せる。

 何だかとんでもないことになってしまったな。具合を聞きたかっただけなのに。

 とはいえ言い出しっぺは俺なんだし、じっと待っててくれるんだから無下にしてはいけないだろう。

「し、失礼します……」

 息を整え手を伸ばす。

 透明感のある白い肌。けれどもちゃんと喉仏はあるし、浮き出た筋肉のラインがカッコいい。

 そっと触れた感触の滑らかさに指先が震えそうになる。変な気分だ。

 触ってはいけないものに触っているような……ハラハラするんだけれど、どうしようもなくドキドキしてしまう。

「跡とか、何もない……ですね」

 見た目通りだった。腫れているようなしこりとか、擦り傷の跡みたいなザラザラ感もどこにもない。

「ああ、変身すると影化も治るみたいだけれど、傷も治るみたいだね」

 自然治癒力が高まっているのかな? 不思議だね、と細い眉を下げる。

 そう言えば、変身してない俺も治ってたっけ。周りの影が全部怯むくらいだし……なんかスゴい効果が有ったりするんだろうか。

 博士か黒野先生なら分かるのかな……なんて考え事をしていたせいだ。

「ふふ」

 形のいい唇がくすくすと笑い出す。ぼうっと撫でていたから変な風に触っちゃったのかも。

「す、すみませんっ……擽ったかった、ですよね?」

「ちょっとだけね」

「ごめんなさい……」

 悪いことをしたな。反射的に引っ込めていた手をそのまま膝へと下ろす。

 一連の動作を眺めていた青い眼差しが寂しそうに俺を見た。

「もう、止めてしまうのかい?」

「へ? だって、大丈夫だって確認出来ましたし……」

 これ以上触る意味も、触らせてもらう理由もないだろう。

「そう……」

 青く長い睫毛が僅かに伏せられる。けれどもすぐにぱっと見上げて微笑んだ。

「じゃあ、僕が君に触れても?」

 じゃあって……ああ、もしかしてアサギさんも心配してくれてるのかな? 彼ほどじゃないけれど、俺もぐえってやられちゃったし。

「いいですよ」

「っ……ありがとう」

 途端にスマートなお顔に、ぱあっと喜びが満ち溢れていく。何だか擽ったい。軽い気持ちで応えたのに。

 失礼するね、と俺の首に優しく触れる指先。ただ撫でられてるだけなのに、心臓が煩い。触れさせてもらっている時と同じで。

「……緊張してくれてるの?」

「へ?」

「僕は、してたよ……レン君が好きだから。触ってもらえるの嬉しくて……」

 君は心配してくれていたのにね、と自嘲気味に笑う唇が何だかスゴく寂しそうで……

「ん……レン、君?」

 込み上げる衝動のままに触れてしまっていた。

 きょとんと見つめる青の瞳に、離した口に残る温もりにようやく気付くも遅過ぎる。

「ご、ごめんなさ……っ……」

 今度は俺の番だった。突然のことに目を丸くするのは。

 しっとり柔い唇が啄むみたいに何度も触れてくれている。反射的に身を捩ろうとしていたけれど、叶わなかった。いつの間にか後頭部に、腰に回されていた手に抱き寄せられて。

「ふ、ん……んむ、ん、んっ……」

 何でしてくれるんだろう、とは思ったけれど、すぐ嬉しさに塗り潰された。スラリとした背に腕を回し、俺も応えようと押し付ける。

 触れ合う部分からクスリと喜びの音が伝わってくる。途端に遠慮のなくなった口づけは瞬く間に俺を虜にした。

 息継ぎをさせてもらいながら繰り返し、熱くて仕方がない身体からはすっかり力が抜けていた。指先すら動かすのも億劫だ。

 与えてもらっている心地よさにふわふわと夢見心地でいると、少し濡れた体温が離れていく。

「ぁ……ふ……は、っ……は……」

 肩で息をする俺の頬を温かい手がそっと撫でた。

「……お返し。嬉しかったから、いっぱいしちゃった……ごめんね」

 とろりと瞳を細めたアサギさんに悪びれた様子はない。でも、良いんだ。綻んだ口元にはもう寂しさなんてなくなっていたんだから。
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