14 / 43
ダイキさんじゃ、ダメですか?
しおりを挟む
不意に、俺を見つめる黄色の瞳が熱を帯びる。囁くように尋ねる声もちょっとだけ、甘ったるく聞こえた気がした。
「レンレンさえ良ければさ……予行練習する?」
「予行練習、ですか?」
そっと手を握られ、繋がれた。
何だかムズムズしてしまう。柔らかい手のひらから、絡む指から伝わってくる体温が、心地いいのに落ち着かない。
手元ばかりを見ていると前の空気が揺らいでそして、さらに近くなった大きな熱。頬に添えられた手のひらに従い顔を上げた途端、射抜かれた。
「うん。キスの練習」
真っ直ぐな眼差しに、大きく跳ねた心臓ごと。
*
今日は黄川クンとよろしくね! と博士に告げられ始まった本日の訓練。
まず始まったのはごめんなさい合戦だった。黄川さんは赤木さんと同じで初対面でのことを、俺は自分だけ覚悟が決まっていなかったことを。
どちらも気にしていないよ、大丈夫だよ、の応酬によってあっさり終結し、これからよろしくお願いしますの握手を交わせたんだけどさ。
その後、さてどうしましょうか? となった時、まずはお互いのことを知ろうよ? お話ししよ? と提案されたのが始まり。
明るい声から、どーぞどーぞ! と招かれたのは、おもちゃ箱のような部屋だった。部屋の大部分を占める棚には隙間なく本、いや、ゲームソフトが並ぶ。
奥にある木製のシンプルなデスクには、画面の大きいデスクトップパソコンが陣取り、ヘッドレストや肘置きのついたスタイリッシュな見た目の椅子。
確か、ゲーミングチェアだっけ? とにかくカッコいい高そうな椅子があった。
主の趣味を凝縮したエリア。部屋の左半分以外は、あまり俺の部屋と大差ない。
大きなテレビに広いベッド。ソファーにテーブル、冷蔵庫。エアコンに電子レンジ、ポット等一人で暮らすには十分な家具家電の目白押し。
それから、多分あの扉の先はホテルみたいな洗面所とバスルームだろう。コピーペーストしたみたいに位置が一緒だからな。
「やっぱり、緊張しちゃうね……自分の部屋見せるの。呼んどいてなんだけどさ」
直ぐ側で聞こえた、気恥ずかしそうな声。色々物珍しくて夢中になってたから気づかなかった。
いつの間にか隣には部屋の主が。黄川さんが、肩まで伸ばした黄色の髪を、細長い指に巻きつけるみたいに弄りながらはにかんでいる。
「ご、ごめんなさい。じろじろ見ちゃって」
大分不躾だったよな。今更だけど。招かれた直後に無言でキョロキョロ見回してさ。
「んーん。それよりさ、スゴいでしょ? ココに連れて来られた時にさ、オレ達のモチベの為に何でも用意してくれるって言われたからさ。めっちゃワガママ言っちゃった!」
良かった。気分を害した訳ではなさそうだ。
スラリと長い腕を広げ、趣味部屋の方を指し示すその瞳はキラキラ輝いている。よっぽどお気に入りらしい。次々とコレはね、アレはね、と指し示しながら紹介してくれる。
こだわり抜かれた自慢の品々。一般人な価値観では、結構な額がかかっていそうだけど……お国からしたら安いもんか。世界と天秤にかけるのだから、尚更。
「レンレンも、必要な物とかあれば遠慮せずにガンガン強請っちゃいなよ? オレ達の中で一番大変なポジションなんだからさ」
またしても、瞬間移動のごとく眼の前にいた黄川さんに、両手をぎゅっと握られる。
必要な物、か。今の所、なに不自由してないからな。ここのご飯、美味しいしさ……って、今なんつった?
「れん、れん?」
「渾名。その方が仲良くなれるかなって思って。イヤだった?」
天音レン。だからレンレンか。
「いえ、嫌ではないですね……」
何か、新鮮だな。基本的に名字呼びばっかだったからな。下で呼ばれるにしろ、呼び捨てか君付けだったし。
ハの字になっていた眉がぴょこんと上がる。花が咲くみたいな笑顔が眩しい。ハリウッドな俳優さんみたいに鼻筋の通った顔をしているもんだから、余計に。
「そっかぁ、良かった! じゃあさ、オレにも渾名つけてよ! どうせ、一つくらいしか変わんないでしょ? オレ達」
ね、ね、いいでしょ? と尋ねる様は、さっきの後光が降り注ぐイケメンスマイルと打って変わって、子供みたいだ。
いや、子犬だろうか。チワワとか、そういう愛らしさ100%な感じ。世の女性、何なら男性のハートも容易く射止めてしまいそうだ。
ホント、うちのメンツは粒ぞろい過ぎる。そんな四人と訓練とはいえ、影と戦う為とはいえ、ハグしてキスしろとか……俺、その内とはいわず呪われるのでは? 世間から。
「オレ、黄川ダイキだから……きーやんとか、ダイちゃんとか、お揃いでダイダイとかでもいーよ? とにかく、親しみさえ込めてくれれば、何でもウェルカム!」
俺が自分の将来について憂いてる内に、話が進んでしまっていた。
呼ばれるのに慣れていない俺だ。呼ぶ方なんてもっと慣れていない。例えで出されたラインナップですら、俺にとっちゃあハードル高めだ。かといって名字呼びはなぁ……
「じゃあ、ダイキさんで」
「えー」
唯一の逃げ道を選んだ結果、不満だと言わんばかりにうらめしげな目で見られてしまった。
何でもウェルカム! じゃなかったのかよ。いやまぁ、納得出来ない気持ちは分かるけれど。
「……ダメ、ですか?」
「下の名前呼びは、近い感じがして嬉しいんだけどさぁ……さん付けって、ちょっと壁感じちゃうじゃん?」
「じゃあ、めいいっぱい親しみを込めて、ダイキさんって呼びます!」
かつて、ここまで声のトーンを上げたことがあっただろうか。
それくらいの心持ちで、ダイキさんっの部分だけ、後ろに可愛い絵文字が付きそうなテンションで呼んでみる。恥をかなぐり捨てた甲斐はあったみたいだ。
「ズルいなぁ……そんな風にされちゃったら、いいよって言うしかないじゃん」
気が変わったら、いつでも呼び方変えてくれていいんだからね、と付け加えられたものの、取り敢えず納得はしてくれたみたいだ。良かった。
手伝おうとした俺に、お客さんなんだから、とソファーに座らせ、冷蔵庫へと向かったダイキさん。
しばらくして、よっこらせ、と俺の隣に腰掛けた。2リットルのペットボトルを小脇に抱え、お盆にグラスを二つ、大皿に盛られたポテトチップスを乗せて。
「炭酸大丈夫? レモンも」
「好きですよ」
「良かった。お茶とか水もあるから、飲みたくなったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」
手早くグラスに注がれたレモン味の炭酸ジュースを受け取ると、かんぱーい、と軽くグラスをくっつけてくる。好きにつまんでね、お代わりあるから、とポテチを勧められた。チーズ味だった。
あまりのお友達の家感覚に、気張っていた肩はもうゆるっゆる。訓練だってことを、うっかり忘れてしまいそうだ。昨日、赤木さんとのトレーニングがいかにもなスパルタだったしな。
とはいえ、最終目標は仲良くなること。その為ならば手段や過程は何でもいいんだから、どちらも間違ってはいないのだけれど。
「ところでさ、昨日はあかぎっちと何してたの? 参考までに知りたいんだけど……あ、勿論言いたくないなら、それでいいんだけどさ」
「大丈夫ですよ。昨日はトレーニングルームで、赤木さんに指導してもらってました。俺の足が速くなれるように」
「うっわぁ……めっちゃあかぎっち……確かに大事だけどさ」
どうやら、彼のトレーニング好きは周知の事実らしい。細い眉を顰めるダイキさんは、げんなりしている。またかよ、って感じで。
「今朝も付き合ってもらったんです。早い時間だったんですけど、今日はヒスイも一緒に」
今朝のモーニングコールは博士ではなく、赤木さんだった。通話に出た途端、トレーニングルームで待ってるぞ! と元気な声で。
お陰でバッチリ目が覚めたけど。一緒に寝ていたヒスイもろとも。
そういえば……「訓練があるから明日は早朝から頑張ろうな!」って約束してたんだった。慌ててトレーニングウェアに着替えていたところでヒスイから「赤木さんと? じゃあ俺も行く」ってなって二人で向かうことに。
予定のないヒスイの参戦にびっくりしたんだと思う。赤木さんは、俺とヒスイを見比べて何やら複雑そうな顔をしてたっけ。すぐに昨日と同じ、熱血トレーナーに変わったけれど。
「あ、もしかして今朝、食堂に三人で来たのって……」
「はい、終わってシャワー浴びた後に、一緒にご飯行こうってなって、それで……」
「へぇー……なんか、イイ感じに修羅場ってんねぇ」
「しゅら? ああ、確かに赤木さんのトレーニングはめっちゃ厳しいっていうか。一瞬だけ、この世の果てが見えたような気がした時もありましたけど」
ポテチを笑顔な口へと放り、塩気のある油っこさを甘酸っぱい炭酸で流しながら、楽しそうに相槌を打ってくれていたダイキさん。彼の緩やかに持ち上がっていた口角が、ひくりと歪む。
「ねぇ、それ、軽く魂抜けかかってない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ! そういう時ってなんかめっちゃ楽しいっていうか、疲れが吹き飛ぶんですよ! だから」
「ハイってるじゃん! 絶対、極限状態の時になるヤツじゃん!」
額に手のひらを当て、くしゃりと鮮やかな黄色の髪を掴む。何やらブツブツと呟いていたけれど、トーンの低さと声の小ささも相まって上手く聞き取れなかった。トレーニングバカって言葉以外は。
重く長い溜め息の後、ゆっくりと向き直った黄色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
「頑張るのはいいことだけど、無理しちゃダメだよ? 身体壊しちゃったら、元も子もないんだからね?」
「はい……ごめんなさい」
気がつけば頭を下げていた。心配してくれる彼の表情があまりにも真剣で、圧倒されてしまったんだ。
その理由も、すぐに分かった。教えてもらえたんだ。
「レンレンさえ良ければさ……予行練習する?」
「予行練習、ですか?」
そっと手を握られ、繋がれた。
何だかムズムズしてしまう。柔らかい手のひらから、絡む指から伝わってくる体温が、心地いいのに落ち着かない。
手元ばかりを見ていると前の空気が揺らいでそして、さらに近くなった大きな熱。頬に添えられた手のひらに従い顔を上げた途端、射抜かれた。
「うん。キスの練習」
真っ直ぐな眼差しに、大きく跳ねた心臓ごと。
*
今日は黄川クンとよろしくね! と博士に告げられ始まった本日の訓練。
まず始まったのはごめんなさい合戦だった。黄川さんは赤木さんと同じで初対面でのことを、俺は自分だけ覚悟が決まっていなかったことを。
どちらも気にしていないよ、大丈夫だよ、の応酬によってあっさり終結し、これからよろしくお願いしますの握手を交わせたんだけどさ。
その後、さてどうしましょうか? となった時、まずはお互いのことを知ろうよ? お話ししよ? と提案されたのが始まり。
明るい声から、どーぞどーぞ! と招かれたのは、おもちゃ箱のような部屋だった。部屋の大部分を占める棚には隙間なく本、いや、ゲームソフトが並ぶ。
奥にある木製のシンプルなデスクには、画面の大きいデスクトップパソコンが陣取り、ヘッドレストや肘置きのついたスタイリッシュな見た目の椅子。
確か、ゲーミングチェアだっけ? とにかくカッコいい高そうな椅子があった。
主の趣味を凝縮したエリア。部屋の左半分以外は、あまり俺の部屋と大差ない。
大きなテレビに広いベッド。ソファーにテーブル、冷蔵庫。エアコンに電子レンジ、ポット等一人で暮らすには十分な家具家電の目白押し。
それから、多分あの扉の先はホテルみたいな洗面所とバスルームだろう。コピーペーストしたみたいに位置が一緒だからな。
「やっぱり、緊張しちゃうね……自分の部屋見せるの。呼んどいてなんだけどさ」
直ぐ側で聞こえた、気恥ずかしそうな声。色々物珍しくて夢中になってたから気づかなかった。
いつの間にか隣には部屋の主が。黄川さんが、肩まで伸ばした黄色の髪を、細長い指に巻きつけるみたいに弄りながらはにかんでいる。
「ご、ごめんなさい。じろじろ見ちゃって」
大分不躾だったよな。今更だけど。招かれた直後に無言でキョロキョロ見回してさ。
「んーん。それよりさ、スゴいでしょ? ココに連れて来られた時にさ、オレ達のモチベの為に何でも用意してくれるって言われたからさ。めっちゃワガママ言っちゃった!」
良かった。気分を害した訳ではなさそうだ。
スラリと長い腕を広げ、趣味部屋の方を指し示すその瞳はキラキラ輝いている。よっぽどお気に入りらしい。次々とコレはね、アレはね、と指し示しながら紹介してくれる。
こだわり抜かれた自慢の品々。一般人な価値観では、結構な額がかかっていそうだけど……お国からしたら安いもんか。世界と天秤にかけるのだから、尚更。
「レンレンも、必要な物とかあれば遠慮せずにガンガン強請っちゃいなよ? オレ達の中で一番大変なポジションなんだからさ」
またしても、瞬間移動のごとく眼の前にいた黄川さんに、両手をぎゅっと握られる。
必要な物、か。今の所、なに不自由してないからな。ここのご飯、美味しいしさ……って、今なんつった?
「れん、れん?」
「渾名。その方が仲良くなれるかなって思って。イヤだった?」
天音レン。だからレンレンか。
「いえ、嫌ではないですね……」
何か、新鮮だな。基本的に名字呼びばっかだったからな。下で呼ばれるにしろ、呼び捨てか君付けだったし。
ハの字になっていた眉がぴょこんと上がる。花が咲くみたいな笑顔が眩しい。ハリウッドな俳優さんみたいに鼻筋の通った顔をしているもんだから、余計に。
「そっかぁ、良かった! じゃあさ、オレにも渾名つけてよ! どうせ、一つくらいしか変わんないでしょ? オレ達」
ね、ね、いいでしょ? と尋ねる様は、さっきの後光が降り注ぐイケメンスマイルと打って変わって、子供みたいだ。
いや、子犬だろうか。チワワとか、そういう愛らしさ100%な感じ。世の女性、何なら男性のハートも容易く射止めてしまいそうだ。
ホント、うちのメンツは粒ぞろい過ぎる。そんな四人と訓練とはいえ、影と戦う為とはいえ、ハグしてキスしろとか……俺、その内とはいわず呪われるのでは? 世間から。
「オレ、黄川ダイキだから……きーやんとか、ダイちゃんとか、お揃いでダイダイとかでもいーよ? とにかく、親しみさえ込めてくれれば、何でもウェルカム!」
俺が自分の将来について憂いてる内に、話が進んでしまっていた。
呼ばれるのに慣れていない俺だ。呼ぶ方なんてもっと慣れていない。例えで出されたラインナップですら、俺にとっちゃあハードル高めだ。かといって名字呼びはなぁ……
「じゃあ、ダイキさんで」
「えー」
唯一の逃げ道を選んだ結果、不満だと言わんばかりにうらめしげな目で見られてしまった。
何でもウェルカム! じゃなかったのかよ。いやまぁ、納得出来ない気持ちは分かるけれど。
「……ダメ、ですか?」
「下の名前呼びは、近い感じがして嬉しいんだけどさぁ……さん付けって、ちょっと壁感じちゃうじゃん?」
「じゃあ、めいいっぱい親しみを込めて、ダイキさんって呼びます!」
かつて、ここまで声のトーンを上げたことがあっただろうか。
それくらいの心持ちで、ダイキさんっの部分だけ、後ろに可愛い絵文字が付きそうなテンションで呼んでみる。恥をかなぐり捨てた甲斐はあったみたいだ。
「ズルいなぁ……そんな風にされちゃったら、いいよって言うしかないじゃん」
気が変わったら、いつでも呼び方変えてくれていいんだからね、と付け加えられたものの、取り敢えず納得はしてくれたみたいだ。良かった。
手伝おうとした俺に、お客さんなんだから、とソファーに座らせ、冷蔵庫へと向かったダイキさん。
しばらくして、よっこらせ、と俺の隣に腰掛けた。2リットルのペットボトルを小脇に抱え、お盆にグラスを二つ、大皿に盛られたポテトチップスを乗せて。
「炭酸大丈夫? レモンも」
「好きですよ」
「良かった。お茶とか水もあるから、飲みたくなったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」
手早くグラスに注がれたレモン味の炭酸ジュースを受け取ると、かんぱーい、と軽くグラスをくっつけてくる。好きにつまんでね、お代わりあるから、とポテチを勧められた。チーズ味だった。
あまりのお友達の家感覚に、気張っていた肩はもうゆるっゆる。訓練だってことを、うっかり忘れてしまいそうだ。昨日、赤木さんとのトレーニングがいかにもなスパルタだったしな。
とはいえ、最終目標は仲良くなること。その為ならば手段や過程は何でもいいんだから、どちらも間違ってはいないのだけれど。
「ところでさ、昨日はあかぎっちと何してたの? 参考までに知りたいんだけど……あ、勿論言いたくないなら、それでいいんだけどさ」
「大丈夫ですよ。昨日はトレーニングルームで、赤木さんに指導してもらってました。俺の足が速くなれるように」
「うっわぁ……めっちゃあかぎっち……確かに大事だけどさ」
どうやら、彼のトレーニング好きは周知の事実らしい。細い眉を顰めるダイキさんは、げんなりしている。またかよ、って感じで。
「今朝も付き合ってもらったんです。早い時間だったんですけど、今日はヒスイも一緒に」
今朝のモーニングコールは博士ではなく、赤木さんだった。通話に出た途端、トレーニングルームで待ってるぞ! と元気な声で。
お陰でバッチリ目が覚めたけど。一緒に寝ていたヒスイもろとも。
そういえば……「訓練があるから明日は早朝から頑張ろうな!」って約束してたんだった。慌ててトレーニングウェアに着替えていたところでヒスイから「赤木さんと? じゃあ俺も行く」ってなって二人で向かうことに。
予定のないヒスイの参戦にびっくりしたんだと思う。赤木さんは、俺とヒスイを見比べて何やら複雑そうな顔をしてたっけ。すぐに昨日と同じ、熱血トレーナーに変わったけれど。
「あ、もしかして今朝、食堂に三人で来たのって……」
「はい、終わってシャワー浴びた後に、一緒にご飯行こうってなって、それで……」
「へぇー……なんか、イイ感じに修羅場ってんねぇ」
「しゅら? ああ、確かに赤木さんのトレーニングはめっちゃ厳しいっていうか。一瞬だけ、この世の果てが見えたような気がした時もありましたけど」
ポテチを笑顔な口へと放り、塩気のある油っこさを甘酸っぱい炭酸で流しながら、楽しそうに相槌を打ってくれていたダイキさん。彼の緩やかに持ち上がっていた口角が、ひくりと歪む。
「ねぇ、それ、軽く魂抜けかかってない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ! そういう時ってなんかめっちゃ楽しいっていうか、疲れが吹き飛ぶんですよ! だから」
「ハイってるじゃん! 絶対、極限状態の時になるヤツじゃん!」
額に手のひらを当て、くしゃりと鮮やかな黄色の髪を掴む。何やらブツブツと呟いていたけれど、トーンの低さと声の小ささも相まって上手く聞き取れなかった。トレーニングバカって言葉以外は。
重く長い溜め息の後、ゆっくりと向き直った黄色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
「頑張るのはいいことだけど、無理しちゃダメだよ? 身体壊しちゃったら、元も子もないんだからね?」
「はい……ごめんなさい」
気がつけば頭を下げていた。心配してくれる彼の表情があまりにも真剣で、圧倒されてしまったんだ。
その理由も、すぐに分かった。教えてもらえたんだ。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠
万年青二三歳
BL
どうやったら恋が終わるのかわからない。
「自分で決めるんだよ。こればっかりは正解がない。魔術と一緒かもな」
泣きべそをかく僕に、事も無げに師匠はそういうが、ちっとも参考にならない。
もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど?
耳が出たら破門だというのに、魔術師にとって大切な髪を切ったらしい弟子の不器用さに呆れる。
首が傾ぐほど強く手櫛を入れれば、痛いと涙目になって睨みつけた。
俺相手にはこんなに強気になれるくせに。
俺のことなどどうでも良いからだろうよ。
魔術師の弟子と師匠。近すぎてお互いの存在が当たり前になった二人が特別な気持ちを伝えるまでの物語。
表紙はpome bro. sukii@kmt_srさんに描いていただきました!
弟子が乳幼児期の「師匠の育児奮闘記」を不定期で更新しますので、引き続き二人をお楽しみになりたい方はどうぞ。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる