上 下
87 / 90

【番外編】胸から聞こえる音(前編)

しおりを挟む
 ずっと、ずっと気になっていて、でもなんとなく二人には、セイとソウには言いづらくて……

「俺の、身体さ……どこか…………おかしいのかなって……」

「……おう」

 だから、師匠にだったらって、胸がドキドキして仕方がなかったけど、声が震えてしまったけど。頑張って、必死に勇気を振り絞って話してみたのに、なのに。

「二人といるとさ、時々……胸の辺りがね…………きゅんってしちゃうんだ……」

「……おう?」

 なにもそんなに、なんじゃそりゃって顔をしたまま固まらなくてもいいじゃないか。




 水を打ったように静まり返ってしまった室内に、呆れたような、安心したようなため息が響く。

 ため息の主である師匠の、紫色の瞳は、さっきまであんなに真剣な光を帯びていたっていうのに、今やげんなりと細められ。

 ローテーブルの上に身を乗り出すほど前のめりだった大きな身体も、気が抜けたようにへたりと引っ込んだどころか。がっしりとした幅広の肩を、がっくりと落としたまま頬杖をつき、座布団の上で胡座をかいてしまっている。

「……そんなに俺、変なこと聞いたの?」

 言葉にしなくても分かる、あからさま過ぎる態度の変わりように、とんでもないことをやらかしたような気がしてきてだんだんと、湯気が出ちゃいそうなくらいに顔が熱くなっていく。

 鋭くつり上がった瞳が、そんな俺をちらりと見てからもう一度、わざとらしいため息を吐き。ゴツゴツした大きな手で、パチパチと音を立てて光る紫色の頭をガシガシ掻きながら、鋭い八重歯が覗く口をゆっくりと開いた。

「だってよぉ、アイツらには聞けねぇっつーからよ。さぞかしおもしれぇ……」

 つらつらとボヤいていた低音が、これまたわざとらしい咳払いで自分の言葉を一旦切り、

「いや、深刻な悩みかと思ってたら、ただのノロケ話だった時の俺様の気持ちが分かるか? 分からねぇだろ?」

 何事も無かったかのように、平然とした顔で言葉を続ける。

 握りこぶしを作り、眉間にシワを刻みながら訴える姿は、なにか俺が悪いことをしたって言いたげに見えるんだけどさ。

「……俺の聞き間違いもしれないけどさ、今面白いって言いかけてたよね?」

「おいおい、大事な一番弟子からの相談だぞ? 心配はすれど面白がるわけねぇだろ!」

「おもしれぇって、言ったよね?」

 間髪入れずに再度尋ねた俺に向かって、俺様はこんなにもおめぇのことを思ってんのによぉ……と。丸太のように太い腕を広げ、困ったように眉を下げた師匠、カミナの顔をじっと見つめる。

 俺の膝の上で寛いでいた赤と青の蜥蜴達も、俺を援護してくれるかのように、ぴょいっと伸び上がって、テーブルの上に小さな手と顎を乗せたので。二匹と俺との三人がかりで食い入るように、問い詰めるように見つめ続けていると……流石に観念したみたい。

 いつもの妙に上手い口笛を吹きながら、降参するかのように褐色の大きな手を、ひらひらと俺達に向かって振った。

「……悪かったって。でもよぉ、心配してたっつーのは本当だぜ?」

 突然、頭の上から降ってきた、申し訳なさそうな響きを含んだ低い声。それからいつのまにか、俺の身体を後ろからすっぽりと包み込んでいるがっしりとした両腕に、だいぶ慣れてきたとはいえ、反射的に身体がビクリと跳ねてしまう。

 だから、急に瞬間移動するのは止めてよね! 心臓に悪いんだからさ。

 喉まで出かかっていた文句を飲み込み、短い鳴き声に視線を落とす。すると、黄色い四つのくりくりした瞳達が大丈夫? と言ってくれているように指にその細い尻尾を絡めて繋いでくれた。

 お礼に二匹の頭を撫でてから、逞しい胸板に、さっきおもしれぇって言った分と合わせ、二つ分の抗議を込めて勢いよく凭れかかってやった。

 悲しいことに、ぽふんとムチムチしたものが俺の身体をいとも簡単に受け止めただけで、びくともしなかったんだけどさ。

「……分かってるよ、ありがとう。でも……俺だって真剣に悩んでたから相談したんだよ? その、なんだっけ…………ノロケ? ってやつじゃなくてさ」

「いや、おめぇのは完っ全にただのノロケだ。仮にジンに相談したってこう言うはずだぜ、そりゃノロケだなぁ……ってよぉ」

 ピシャリと言い放つように断言するどころか、まるで本物のジンさんが今ここで喋ってるみたいにそっくりな声で。カミナにとって都合の良いことを言いながら、ニタリと口の端を上げて笑う姿に。俺の頭の中でカチンと音が鳴った気がした。

「ジンさんが!? ……そっか、じゃあノロケなんだね」

 こういう時の、俺の反応を見て楽しんでいる時のカミナは、ムキになって否定するとますます喜んじゃうはずだ。多分。

 だったら、逆に納得したフリをしちゃえばいい。セイとソウに読んでもらった本にも、押してダメなら引いてみろって書いてあったもんね。

「……おい、サトル。俺様のモノマネが気に入らなかったんだよな? そうだよな? じゃねぇと師匠である俺様よりも、ジンの野郎を信用するわけねぇもんな?」

 案の定というか、思っていた以上に焦り始め、機嫌を取ろうとしてくれているのか。背中や頭を優しくよしよしと撫で回してくれているカミナに、なんだか楽しくなってきちゃって。つい、

「そんなことよりさ、ノロケってなんなの?」

「おめぇも似てきたよなぁっアイツらに! 立派なお嫁さんになれたみてぇでよぉ、俺様は涙がちょちょぎれちまうくらいに嬉しいぜっ! くそっ!」

 二人の真似をして意地悪な言い方をしてしまったせいで、俺にぐいぐいとすり寄せるようにくっつけてきた彼の頬を濡らしてしまった。

「ごめんね、俺が悪かったから泣かないで?」

「泣いてなんかねぇよ……俺様が泣くわけねぇだろうが」

 ずびずびと鼻をすするカミナは、普段の豪快で堂々とした彼より小さく、幼く見えてしまう。いくらなんでもやり過ぎちゃったなと、心の中で反省しながら彼の頭を撫でている時だった。

 助け舟を出してくれるように壁際から、きゅう! と小さな鳴き声が上がったのは。

 声の方へと視線を向けると、いつの間に持ってきてくれたのか赤と青、ニ匹の蜥蜴達が……それぞれ銀色のお盆を頭に乗せ、俺に向かってぴこぴこと細い尻尾を振っている。

 彼らの上には、俺が今日のお礼にと用意していた大量の握り飯の山。そして、淹れたてなんだろう。白い湯気がもうもうと立ち上っているお茶が乗っていた。

「ねぇ、カミナ。俺、相談にのってくれるお礼にさ、握り飯作ったんだけど……」

 俺に撫でられるがままになっているカミナに、おそるおそる尋ねる。寂しそうにぱち……ぱちと小さな音を立てていた髪の毛が、途端にバチバチと軽快なリズムを刻み始める。

「勿論食うに決まってんだろうがっ! 具はなんだ? 梅干しか、シャケか? それとも昆布か?」

「全部あるよ。その三つが好きだってセイとソウから聞いてたからさ」

 よっしゃっ今すぐ食わせろ! としょんぼりとしていたのがウソだったみたいに顔を輝かせ、ガッツポーズをする彼にほっと胸を撫で下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

処理中です...