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折り鶴に、想いを乗せて

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 なんだか、少し前に時間が巻き戻ったみたいだ。

 目を開ければ、頬を濡らしたセイとソウに左右から、もぎゅっと抱き締められて。カミナ、ジンさん、タツミさんの順番に頭をわしゃわしゃ撫で回される。

 変わったことといえば、みんなの身体に滲んでいた染みが跡形もなく消え。祭壇に有った黒い根で出来た繭も、天井と壁全体を覆い隠していたつるも。人神の依代だった父さんの身体も全部、夢でも見ていたかのように消えちゃっていて。

 ほとんど役割を果たせていない、ボロボロの屋根の穴から、目が覚めるような真っ青な空が広がって見えた。

 みんなが口を揃えて言うには、突然、俺の胸元の石が輝き、部屋全体が真っ白な光に包まれたと思ったら、依代も、黒い根も全部消えてしまっていたらしい。

 そして、倒れていた俺の近くに、白い小さな光が寄り添うみたいに輝いていて。その光はみんなの周りを一人ずつ、挨拶するみたいにくるりと飛んでから……お空から降りてきた、もう一つの光と一緒に天へと昇っていったんだって。

 セイもソウも、みんなも……きっと母さんが、父さんのことを迎えに来てくれたんだろうって言ってたけれど。

 俺もそう思う。きっと、いや絶対に、今ごろ二人は、黄泉の国で仲良く幸せに暮らしているに違いないって、そう思うんだ。




 久々に大勢で囲む予定の食卓に、蜥蜴達も張り切ってくれているんだろう。朝早くからみんな忙しなく、きゅうきゅうと駆け回っている。

 約束の時間までは、まだちょっとあるなぁ、と。ぼんやり壁掛け時計を眺めながらセイの膝の上で、弾力のある彼の胸元に寄りかかり、ソウの大きな手に頭や頬を撫でてもらい。のんびりと寛いでいた俺の鼓膜を突然、凄まじい轟音がつんざき、揺らした。

「よぉっ! やっぱり俺様が一番乗りみてぇだな……ってどうしたんだサトル?」

 やっぱりというかなんというか、さっきの凄まじい音の正体は……たった今、勢いよく障子を開け、上機嫌にカラカラ笑っているカミナだった。

 分かってた、分かってはいたんだけど身体は、俺の意思に反して勝手に大きく跳ねていた。そんでもって、気がつけば逞しい胸板に顔を埋め、広い背中に腕を回し、ぎゅうぎゅうとしがみつくように抱き締めてしまっていたんだ。

「だーかーらーカミナのせいに決まってるでしょ?」

「よしよし、びっくりしたな」

 非難の声を上げてくれる赤い手と俺を宥めてくれる青い手に、ゆったり撫でられていたはずの俺の身体。セイの膝の上に居たはずなのに、いつの間にか、ガッチリとした褐色の腕の中にすっぽりと収まっている。

 こっちは多少慣れたけど……やっぱりちょっぴり変な感じだ。俺が急に瞬間移動してるみたいで。まぁ、あまり驚かなくなったってだけで、カミナの動きを目で追えるようになったわけじゃないからなぁ。

「わりぃわりぃ、ホントおめぇは中々慣れねぇな」

「勝手に身体が動いちゃうんだよ。カミナだって分かってはいるんだけどさ、ごめんね」

 とくに悪びれる様子もなく、無遠慮に俺の頭をわしゃわしゃかき混ぜるカミナの後ろから、

「サトルは優しくていい子だなぁ」

「本当にね。いちいち驚かせるカミナが悪いんだから、君が謝ることはないんだよ?」

 前にも買ってきてくれた、和菓子屋さんの紙袋を持ったジンさん。色とりどりの果物が詰まったカゴを抱えたタツミさんがやってきた。

 二人とも順番に俺の頭を一撫でしてから、もう、所定の位置が決まっているのかな。大きなローテーブルの近くに用意されている座布団の上に各々座る。それを見たカミナも、伸びてきていた赤と青の尻尾に俺を預けてから勢いよくドカリと腰を下ろした。

 みんなが集まったのが、部屋の壁の近くで待機していた蜥蜴達から、台所の蜥蜴達に伝わったのかな。

 とてもいいタイミングで、ピンク色の断面が食欲をそそる、大きな塊の肉をスライスしたものや。チョコや生クリームとイチゴ、抹茶など色んな味のカップケーキがみっちり並べられたお皿。

 赤や黄色のプチトマトが彩る大盛りのサラダ。鮭や昆布に、おかかやタラコが、こぼれそうなくらいに乗ったお握りの山。

 あふれる果汁がみずみずしい緑とオレンジの、六つ切りにされ、食べやすいように一口サイズにカットされたメロン。

 それから、赤、青、白、緑に紫、水色とピンクのマカロンが乗ったお皿を、頭の上のお盆に乗せた蜥蜴達が次々と、テーブルに並べていく。

「始める前に、紹介させてもらってもいいかい?」

 水のように透き通った長い髪を、少し尖った青白い耳にかけ、障子の方へちらりと視線を向けたタツミさんが、俺達に尋ねる。

「もっちろん! その為の食事会だしね」

「あの首飾りがなかったら、今ごろどうなっていたか分からないからな」

「俺も、早く会ってお礼が言いたいです」

 俺達の返答に口元をほころばせ、じゃあ早速、と腰を上げようとしていたその時だ。

「おっ邪魔しまーす!」

 気持ちのいい音を立てて障子が開く。薄いピンク色の髪を、後ろに緩く撫でつけた細身で背の高い男の人が、

「初めまして、セイ、ソウ、そしてサトルちゃん! 会いたかったわぁ」

 一目散に俺達の前に来てから、胸の前で手を組み、くねくねと身体を揺らした。

「私はローズよ。よろしくね」

 突然現れたことよりも、彼の姿が……少し低めの掠れた声が何故か気になって仕方がなくて、じっと見つめ続けてしまっていた。だからだろう。

「大丈夫? サトルちゃん」
「彼を知っているのか?」

 ぽかんと口を開いたまま、固まってしまっていたんだ。心配そうな高めの声と低めの声に、呼ばれるまで、ずっと。

「あら、私はずっと黄泉の国との狭間にいたのよ? 会うなんて無理よ」

 爪にピンク色の化粧を施した手をひらひら振り、ウィンクしたローズさんが、

「そんなことより、お招きいただいたお礼にプレゼントがあるの。受け取ってくれるかしら?」

 俺の手のひらにそっと白い折り鶴を乗せた。でも、その鶴は、俺が知っているものとは少し違っていたんだ。

 胴体の上の部分が僅かに開いている。中には、ピンクの包み紙に入った飴が一つ。それから……

「ねぇ、なんか文字が書いてない?」

「本当だ、なになに……」

 紙のちょうど真ん中に、綺麗な字で、

「愛しているよサトル、君達の幸せをずっと願っている……」

 そう、書かれていた温かい言葉は、俺の胸にじんわりと染み渡っていって、自然と目からボロボロとあふれてこぼれ落ちてしまっていたんだ。

「これって……もしかして、サトルちゃんの?」

「あら、やだごめんなさいっ親切なご夫婦から折り紙をいただいたんだけど……そんなことが書いてあるなんて知らなかったわぁ」

 わざとらしい言い方をしながら、口元に手を当て目尻を下げるローズさん。彼に続いて、

「知らなかったんなら仕方ねぇなぁ」

「黄泉の国とのやり取りはご法度だけど、それはローズからサトルちゃんへのプレゼントだしね」

「サトルからもよぉ、お礼をした方がいいんじゃねぇか?」

 楽しそうにジンさんが笑い。タツミさんが悪戯っぽい笑みを浮かべ。鋭い八重歯をニカっと見せたカミナが、折り紙と一緒にペンを差し出す。

「返事を、書いても……いいの?」

「そうねぇ、私がもらったものを……その後どうしようが私の勝手、でしょ?」

 人差し指を唇に当て、ニコリと笑うローズさんの言葉は……俺の質問への遠回しの肯定でしかなくて、

「ありがとう……」

 父さんと母さんに伝えられなかった俺のことを、大好きな二人のことを、大切なみんなのことを。

 これからは、文字にして伝えることが出来るんだってことが……嬉しくて仕方がないのに、余計に涙が止まらなくなってしまったんだ。

「ふふ、どういたしまして。ゆっくりでいいわよ、時間はたっぷりあるんだし……お食事しながらのんびり考えたらどうかしら?」

「だね、俺達と一緒に考えよう?」

 赤い手が俺の頭を撫で、青い手がハンカチで俺の目元を優しく拭う。

「最初が肝心だからな、失礼のないようにしなければ」

 顎に太い指を当てて、うんうんと考えを巡らせ始めたセイの一言を皮切りに、

「あんまり、堅っ苦しいのはよくねぇんじゃねぇか?」

「普通にサトルが書きてぇこと書きゃあいいだろうが」

「しかし、最初の挨拶くらいはしっかりした方が……」

 一斉に口を開き始めたみんなの、温かいざわめきの中で……俺は真っ白な折り鶴を、胸元でそっと包み込んだ。





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