80 / 90
奪われて、なるものか!!
しおりを挟む
「ふざけるなよッ! 人神風情がァ!!」
野太い雄叫びと共に、凄まじい突風が俺達の間を駆け抜けた瞬間。建物を揺らすほどの轟音がとどろき、目映い閃光が弾け、広い室内を覆いつくすように紫色の光が包み込む。
長いようで一瞬のようだった数秒後、光に慣れた目に映ったのは……
黒い根の塊に、厳つい上半身のほとんどを飲まれながらも、必死にサトルの腕を掴み、引っ張り出そうともがいているカミナの姿だった。
……まだ、間に合う……いや、間に合わせるッ……俺達のたった一人の宝物を、奪われてなるものか! 絶対に!!
僅かに差した希望の光が、目の前を明るく照らし、縫いつけられ、動けなくなってしまっていた俺の身体を突き動かす。
力一杯床を蹴った視界の先で、二人を飲み込まんとしているものとは別の、鋭く尖った黒い根がゆらりと頭をもたげ、カミナの背を目掛け襲いかかろうとしていた。
懸命に伸ばした腕でそれらを打ち払った俺に続くように、赤い鱗に覆われた指先が、黒い爪で俺の死角から伸びてきていた根を切り裂く。
「わりぃな、おめぇら……助かったぜっ」
紫色の瞳でこちらを一瞥したカミナの浅黒い肌は、すでに人神の呪いによって浸食されつつあるようだ。丸太のように太い両腕は、そのほとんどが真っ黒に染まり、首の辺りにまでも穢れた染みが這い上がってきてしまっている。
いくらカミナが、俺達の中で一際優れた神力を持つ雷神とは言っても……このまま呪われ続け、魂にまで至ってしまえば、サトルの父親と同じ祟り神に成り果ててしまうというのに……
俺達を、心配させまいとしてくれているんだろう。鋭い牙が生え揃った口を大きく開き、カラカラと笑っていた。
「助かったって……それは、こっちの台詞だよっ……」
金色の瞳に涙を滲ませ、顔をぐしゃぐしゃにしたソウが、黒い根が絡みつく広い背中に向かって、ごめんねとありがとうを何度も繰り返しながら爪を振るう。再びカミナに目掛けて伸ばされかけていた鋭い根を、俺と同時に薙ぎ払った。
「ソウの言う通りだ……ありがとう、カミナ」
「気にすんなって、俺様達の仲だろうが」
いつものように、なんでもないことのように、得意気に口の端をニッと持ち上げたカミナが、
「ちっと待ってな……俺様が、ちょちょいとサトルを引っ張り出してやっからよぉっ」
とびきり明るく大きな声で、俺達に向けて言い放つ。そして、その頼もしい言葉の通りになった。
無造作に束ねた髪を発光させ、側にいるだけで鱗がざわつくほどの空気を纏う。腹の奥底が震えるような雄々しい咆哮を上げたカミナが、がんじがらめになった真っ暗な根の底から俺達の元へと、サトルを救い上げてくれたんだ。
「サトルちゃんッ!!」
「サトルッ!!」
俺達の腕の中で目を閉じたまま、重力に従って力なく、か細い四肢をだらりと伸ばす。真っ白な彼の肌には、ところどころにカミナと同じ黒い染みが滲んでいる。
だが、あれだけ強い呪いの渦中にいたにも関わらず、浸食はほとんど進んではいなかった。まるで、ただ眠っているだけかのように、静かにゆっくりと呼吸を繰り返している。
……奇跡だ。きっと、みんなの加護が、サトルを守ってくれたに違いない。
「うぅっ……よかった、ぐすっ……よかったよぉっ……」
サトルの手を包み込むように握りしめ、両の目からボロボロと止めどなく涙をこぼす片割れに。耳に届いた、一定のリズムを刻み続けている腕の中の小さな鼓動に。突っ張っていた心が緩み、俺の目からも滴があふれ、こぼれ落ちる。
しかし、そんなつかの間の安堵すら、アレは許してくれないらしい。
カミナの神力によって、完全に沈黙していたはずの根の群れ。奴らが俺達を取り囲み、容赦なく、その尖った切っ先を突き刺してきた。
野太い雄叫びと共に、凄まじい突風が俺達の間を駆け抜けた瞬間。建物を揺らすほどの轟音がとどろき、目映い閃光が弾け、広い室内を覆いつくすように紫色の光が包み込む。
長いようで一瞬のようだった数秒後、光に慣れた目に映ったのは……
黒い根の塊に、厳つい上半身のほとんどを飲まれながらも、必死にサトルの腕を掴み、引っ張り出そうともがいているカミナの姿だった。
……まだ、間に合う……いや、間に合わせるッ……俺達のたった一人の宝物を、奪われてなるものか! 絶対に!!
僅かに差した希望の光が、目の前を明るく照らし、縫いつけられ、動けなくなってしまっていた俺の身体を突き動かす。
力一杯床を蹴った視界の先で、二人を飲み込まんとしているものとは別の、鋭く尖った黒い根がゆらりと頭をもたげ、カミナの背を目掛け襲いかかろうとしていた。
懸命に伸ばした腕でそれらを打ち払った俺に続くように、赤い鱗に覆われた指先が、黒い爪で俺の死角から伸びてきていた根を切り裂く。
「わりぃな、おめぇら……助かったぜっ」
紫色の瞳でこちらを一瞥したカミナの浅黒い肌は、すでに人神の呪いによって浸食されつつあるようだ。丸太のように太い両腕は、そのほとんどが真っ黒に染まり、首の辺りにまでも穢れた染みが這い上がってきてしまっている。
いくらカミナが、俺達の中で一際優れた神力を持つ雷神とは言っても……このまま呪われ続け、魂にまで至ってしまえば、サトルの父親と同じ祟り神に成り果ててしまうというのに……
俺達を、心配させまいとしてくれているんだろう。鋭い牙が生え揃った口を大きく開き、カラカラと笑っていた。
「助かったって……それは、こっちの台詞だよっ……」
金色の瞳に涙を滲ませ、顔をぐしゃぐしゃにしたソウが、黒い根が絡みつく広い背中に向かって、ごめんねとありがとうを何度も繰り返しながら爪を振るう。再びカミナに目掛けて伸ばされかけていた鋭い根を、俺と同時に薙ぎ払った。
「ソウの言う通りだ……ありがとう、カミナ」
「気にすんなって、俺様達の仲だろうが」
いつものように、なんでもないことのように、得意気に口の端をニッと持ち上げたカミナが、
「ちっと待ってな……俺様が、ちょちょいとサトルを引っ張り出してやっからよぉっ」
とびきり明るく大きな声で、俺達に向けて言い放つ。そして、その頼もしい言葉の通りになった。
無造作に束ねた髪を発光させ、側にいるだけで鱗がざわつくほどの空気を纏う。腹の奥底が震えるような雄々しい咆哮を上げたカミナが、がんじがらめになった真っ暗な根の底から俺達の元へと、サトルを救い上げてくれたんだ。
「サトルちゃんッ!!」
「サトルッ!!」
俺達の腕の中で目を閉じたまま、重力に従って力なく、か細い四肢をだらりと伸ばす。真っ白な彼の肌には、ところどころにカミナと同じ黒い染みが滲んでいる。
だが、あれだけ強い呪いの渦中にいたにも関わらず、浸食はほとんど進んではいなかった。まるで、ただ眠っているだけかのように、静かにゆっくりと呼吸を繰り返している。
……奇跡だ。きっと、みんなの加護が、サトルを守ってくれたに違いない。
「うぅっ……よかった、ぐすっ……よかったよぉっ……」
サトルの手を包み込むように握りしめ、両の目からボロボロと止めどなく涙をこぼす片割れに。耳に届いた、一定のリズムを刻み続けている腕の中の小さな鼓動に。突っ張っていた心が緩み、俺の目からも滴があふれ、こぼれ落ちる。
しかし、そんなつかの間の安堵すら、アレは許してくれないらしい。
カミナの神力によって、完全に沈黙していたはずの根の群れ。奴らが俺達を取り囲み、容赦なく、その尖った切っ先を突き刺してきた。
25
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜
若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。
妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。
ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。
しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。
父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。
父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。
ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。
野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて…
そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。
童話の「美女と野獣」パロのBLです
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】泡の消えゆく、その先に。〜人魚の恋のはなし〜
N2O
BL
人間×人魚の、恋の話。
表紙絵
⇨ 元素🪦 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定です
※◎は視点が変わります(俯瞰、攻め視点etc)
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる