【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ

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ようやく、届いた手

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「丁度、良かった。今、君達を呼ぼうと……っ、思っていたんだよ」

 太いつるが絡まっているように見えていた黒い塊は、砕かれた表面を再構築するようにどろどろと溶け、再び父さんを覆いつくそうとしている。

 浮かぶ泡から腕のように伸びるいくつもの水流で、黒い汚泥の進行を必死に阻んでくれているタツミさんは振り向く余裕もないのか、苦し気に笑った。

「いいかい、今から僕のありったけをぶつける。合図をするから、君達で依り代を引きずり出すんだ」

「オッケー任せてっ」

「いつでもいいぞ」

 俺をそっと抱き下ろしたソウが力強く応え、セイが青い鱗に覆われた指をポキポキ鳴らす。

「でも、それじゃあ、タツミさんは?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと、動けなくなっちゃうだけだからね。帰りは元気が有り余ってるカミナにおぶってもらうさ」

 肩越しに振り向くタツミさんの微笑みが、轟音と共に明滅する紫色の光に照らされた。

「だから君は、お父さんを救うことだけに集中するんだ、いいね?」

「……はいっ」

「いい返事だ。よし、いくよっ」

 タツミさんの全身から青白い光が放たれる。呼応するように勢いを増した水流が、黒い泥を押し流していく。

 開けた隙間から、ずるりと倒れ込むように父さんの身体が俺達の頭上へと現れた。

「……今だっ!!」

 青白い光を纏った細い身体が、合図と共に膝から崩れ落ち、倒れる。

 俺の左右から勢いよく伸びた赤と青の腕が、父さんの身体を掴んだ。

 ブチブチと背中や腕に絡んだつるが力任せに千切れる音が響く。精一杯伸ばした俺の手が、眠るように固く瞼を閉じている父さんにようやく届いた。




「いやー……久々に全力を出すと身体に堪えるね」

「年なんじゃねぇか?」

「失礼だな君はっ僕はまだまだ現役だよ」

「おいおい、まだ本調子じゃないだろ? 大人しくしてろよな」

 青白い腕を振り回し、カミナの背中で暴れているタツミさんを、ジンさんが困ったように笑いながら宥めている。

 依り代を、父さんの身体を、繭から引きずり出せたお陰なのかな。あれだけ俺達に襲いかかろうとしていた黒い根は、ピタリと動きを止め。繭から出ていた黒い泥も、タツミさんに押し止められた状態のまま固まってしまっている。

 一応、ジンさんの操る折り紙の壁で、俺達の周りは守ってもらっているし。いつまた攻撃されても大丈夫なようにカミナの黒雲が、繭を取り囲むように浮かんでいるから安心だ。

「後は、お父さんとお話するだけだね」

「なにも心配することはないぞっ俺達がついているからな」

 俺を挟んで座っている二人の温かい手が、俺の背中を優しく撫でくれる。

「ありがとう。セイ、ソウ」

 ……不思議だな。それだけで、胸の奥から滲み出そうになっていた不安が、あっという間に吹き飛んじゃうんだ。

「お前は、俺様の弟子なんだからなっ自信を持っていけ」

「まぁ、気楽にな。力が入り過ぎちまうと上手くいくもんも、いかなくなっちまうからなぁ」

「君なら大丈夫。きっと上手くいくよ」

「うんっ! ありがとう、みんな。俺、頑張るよ」

 三人からの頼もしい応援を背に受け、横たわる父さんに向き直る。

 セイとソウがかけてくれた羽織に包まれている父さんの表情は穏やかで、本当に、ただ眠っているだけみたいだ。

「セイ、ソウ、ちょっとだけサトルちゃんから離れてくれ。君達の想いが混じってしまってはいけないからね」

「えー……仕方ないなぁ」

「すぐ後ろにいるからな。何かあったらすぐに俺達を呼ぶんだぞ?」

「うん。分かった」

 不満そうに唇を尖らせたソウが俺を抱き締め、すりすりと柔らかい頬を寄せてから離れていく。少し心配そうに眉を下げて微笑むセイが、俺の頭をよしよしと撫でてからぎゅっと抱き締めてくれた。

「よし、準備はいいかい? サトルちゃん、お父さんの手を取って、心の中で呼び掛けるんだ」

「はいっ」

 大きく息を吸って吐く。真っ白な、氷みたいに冷たい手を取った時、それは起こった。

「え……?」

 固く閉ざされていたはずの父さんの瞳が、突然カッと見開く。それと同時に羽織の下から、いくつもの黒い根が俺に向かって勢いよく伸びてくる。

 みんなの名を呼ぶことも、瞬きすらする間もなかった。

 津波のように襲いかかる黒い根の群れ。一息で、それらに呑み込まれた俺の視界は、意識は、真っ黒に塗り潰されてしまったんだ。
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