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【番外編】初めてのハロウィン、犬猫論争は突然に

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身動きひとつ、指の先を動かすことすら躊躇われるような空気が部屋を占めている。

元凶たる男は我が物顔でソファーを陣取り、にやつく口元を隠そうともせずに、長い足を組んでそれは愉しそうにこちらを遠巻きに眺めている。

……彼にこの事態を収拾する気はなさそうだ、絶対に。

かといって、こっちはこっちでマイペースというか……我関せずって感じだけれど。

テーブルの近くで座っている男の方へ、ちらりと顔を向ける。

二本の腕と、厳つい背中から生えている二本の腕の計四本が、各々別々に忙しなく動き、その手元からは次々と、色とりどりの紙を使った飾りが生み出されていく。

オレンジと紫の細い紙で作られた輪っかが交互についた飾り、カボチャの形に折られたものや羽を広げたコウモリ、白いお化けと様々だ。

ひと度彼の手によって折られたモノは、命を吹き込まれたかのように飛び回り。

天井をくるくると旋回していたり、勝手にくっついて部屋の白い壁を彩っている。

彼にとって二人の言い争いなど、見慣れたものなのか。特に気に止めることもなく、黙々と部屋の飾りを作り続けている。

仲良しみたいだし……別に止めるまでもない、いつものことって感じなのかな、やっぱり。

本人達は頑なに腐れ縁だって言い張っているけどさ。

……さて、そろそろ現実から目を逸らすのは止めようか。

この張りつめた空気の原因へと視線を戻す。

互いの主張を言い合いながら、二人の男が対峙している。

赤い鱗に覆われた手には猫耳の飾りと尻尾が、青い鱗に覆われた手には狼の耳飾りと尻尾が握られていた。

普段は壁際でお行儀よく整列している彼等の召し使い、赤と青の蜥蜴達。

赤い蜥蜴達は頭の上に小さな猫耳を、青い蜥蜴達はこれまた小さな狼の耳の飾りを付け、各々のご主人様を応援するかのように、彼等の足元できゅうっきゅうっと高い鳴き声を上げている。

「絶っ対に黒猫の方が可愛いって!」

「いや、狼の方が愛らしいに決まっている! 尻尾もモフモフなんだぞ!」

お揃いの金色の瞳を三角にして二人が睨み合う。

同意するみたいに各々の蜥蜴達も声高に鳴いた。

「……あのさ、いつもみたいに真剣勝負で決めたらいいんじゃないの?」

双子の龍の神様で、いつも仲良しな二人も今みたいに意見が合わない時もある。

そんな時は真剣勝負もとい、じゃんけんで勝った方の意見を優先にしているのだけれど。

恐る恐る声をかけた途端、ぐるりと二人の顔が俺の方へと向けられる。

仲良く同時に、鋭い牙の生え揃った口を大きく開いた。

「これだけは譲れないの!」
「これだけは譲れないんだ!」

「いつの世も……猫派か犬派かの論争は絶えねぇもんだ」

黙って大量の折り紙を生産していた男、ジンさんが誰に言うでもなくぼそりと呟く。

左右非対称の、綺麗に編まれた左側の黒髪を揺らしながら、こちらを一瞥してから再び紙の方へと視線を落とした。

つまり、万が一負けたら滅茶苦茶凹むから言い負かそうとしている、ってことなのかな。

猫は猫の、狼は狼の仮装の魅力を語って。

さっきから互いの主張がずっと平行線なんだけどさ。

「お二人さんよぉ、他の選択肢もあるんだぜ?」

全ての元凶である男がほくそ笑みながら声をかける。

二人と俺の視線が注がれたその男の周りには、黒い雲が漂っていて、ごつごつした褐色の腕がその中へと突っ込み、何かをまさぐるように動いた。

男の片方の眉がぴくりと上がって口元がつり上がり、そこから鋭い八重歯が覗く。

取り出された手には黒くとんがった帽子、大きなリボンが襟の部分についたマントと膝丈のズボンに長い靴下。

襟の大きなマントと白いひらひらしたものが首元についた長袖の服と、袖のない赤い服に黒い長ズボン。

各々形やデザインが異なる衣装が二着、握られていた。

「こっちは魔法使い、そんでこれは吸血鬼だ。サトルが着たらさぞ可愛いだろうなぁ」

そう言って紫色の瞳がニンマリと細められる。

無造作に束ねられた男の長い髪が、新たな論争の始まりを告げるかのようにバチバチと音を立てた。

だからそうやって、わざわざ追加で火種を投げ込まないでよ!完全に煽ってるじゃん!

二人も、セイもソウもその手があったかみたいな顔してさ。

青い手には吸血鬼の衣装が、赤い手には魔法使いの衣装が追加されて、ますますややこしくなっちゃったよ!

もとはと言えばカミナが言い出したことなのに!

それは数時間前の出来事で、いつものようにかわりばんこに二人の膝の上で寛いでいた時だ。

突然、窓の外が紫色に光って、直後に耳をつんざくような轟音が玄関の方で響いた。

反射的に広い背中に腕を回し、逞しい胸元に顔を埋めると、大きな手に頭と背中を優しく撫でられる。

「よしよし、びっくりしたな。怖がらなくても大丈夫だぞ」

「全く、いっつも突然すぎだよねーアイツ。挙げ句に、サトルちゃんを怯えさせてさぁ……」

穏やかな低めの声が、宥めるように俺を抱き締めながらぽんぽんと背中を叩き。

不機嫌そうな高めの声が、俺の短めの白い髪の毛をすくように撫でた。

「トリックオアトリート!!」

部屋の障子が勢いよく開け放たれたかと思うと、荒々しい大声と共に大柄な男が入ってきた。
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