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風邪のせいにして(後編)

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スープでお腹が温まったせいか、はたまた二人に撫で回されながら…ぎゅうぎゅうと挟まれていたからか。

全身の怠さは和らいだのに、代わりに目を開けていられなくなるほど瞼が重くなってきた。

意識もおぼろ気になってきているのか、側にいるはずの二人の声が遠くに聞こえて、不安になってしまう。

「セイ、ソウ…どこ?」

「大丈夫、ここにいるよ」

「ちゃんと側に居るからな」

「お願い…手、握ってて」

目を閉じるのが、眠ってしまうのが怖い。

そんなことないって分かっているのに、目を覚ましたら…二人が俺の前から消えていってしまいそうで。

胸の中が黒い何かで塗りつぶされて、重くて、息が出来ないほど苦しくなってしまう。

伸ばした両手を片方ずつ、赤い手と青い手が包み込んで握りしめてくれた。

温かい二人の気持ちが手から伝わって、流れてきて、心がふわふわしたもので満たされていく。

絶対に離さないように、両手にだけはちゃんと力を込めて…意識をそっと手放した。


「手、繋いだ途端に寝ちゃったね」

「薬が効いてきたんだろうな」

額に氷嚢をゆっくり乗せて、首もとの汗をタオルで拭う。

片手が塞がっている為、少しやりづらいが…普段決して甘え上手でない彼から、か細く切ない声で強請られてしまっては。

離すわけにはいかないし、そんな気なんて一ミリたりとも起きないわけで。

状況を把握した小さな賢い従者達も、いつでも俺達のサポートが出来るように控えてくれているから、まぁ、問題はないだろう。

「もっと普段から、俺達を頼って甘えてくれたらいいのに…」

似たようなことを考えるのはやはり双子故なのか、小さな手を愛おしそうに撫でながらソウが口を尖らせる。

「サトルは頑張り屋さんで、優しい子だからな。俺達に迷惑をかけたくないんだろう」

「全っ然、迷惑なんかじゃないのにね」

彼にしては珍しく、声を抑えて不満そうに頬を膨らませた。

こうした小さな変化を見つける度に、彼の…サトルの存在が、俺達の中で大きくなっている気がしてならない。

それはとても嬉しくて、幸福で、ほんの少しだけ恐ろしかった。

「せぇーいー…もう、変な顔しちゃってさ。また、くだらないこと考えてんでしょ」

シワになっちゃうよ?と指の腹でぐいぐいと押されて伸ばされて、胸の中で渦巻き始めていた靄があっさり晴れていく。

もしかしたら俺が敵わないのは、彼だけではないのかもしれない。

軽く息を漏らすと…そーそー笑顔が一番だよ、と無邪気に笑うその頭をわしゃわしゃ撫で回すと、仕返しとばかりに尻尾で頬を軽くつつかれ、撫でられた。



…不思議と身体が軽い。

全身に重りをつけられていたような、あの気怠さがまるで嘘のようだ。

身体を起こそうとすると、何やら両手が温かいもので塞がっていることに気付く。

その感触を確かめようと、にぎにぎ力を込めたり緩めたりしていると、擽ったそうな笑い声が二人分、降ってきた。

「そんなに確認しなくても、ちゃーんと握ってるよ?ほら」

「具合はどうだ?水、飲むか?お腹の調子は?」

クスクスと口元を綻ばせて赤い手が、額の上に乗っていた袋を退けてくれる。

矢継ぎ早に尋ねながら青い腕が、俺の身体を優しく抱き起こしてくれた。

「ありがとう…繋いでいてくれて。もう、大丈夫だよ。身体、怠くないし…お水欲しいな、喉乾いちゃった」

繋いでいた手をゆっくり離して、二人の頭に手を伸ばす。

俺が撫でやすいようにこてんと下がった頭を撫で回すと、左右からむぎゅっと挟まれてしまった。

ソウの額がゆっくり合わさって離れてから、交代でセイの額が引っ付く。

視線を交わした二人が頷いて、同時に目尻がふにゃりと下がった。

「良かったーバッチリお熱下がってるね!」

「胃がびっくりしちゃうからな、ゆっくり飲むんだぞ。お腹は空いていないか?」

受け取ったコップの水を飲み干してしまいたいのを我慢して、言われた通りに嘗めるようにちびちびと少しずつ口の中を潤した。

水を飲んだことで俺の胃も起きたのか、返事をするように腹の虫が元気よく鳴き出す。

食欲が戻ってきたのは良いことなのに、なんだかちょっとだけ恥ずかしいな。

いや、でも村で暮らしていた時はしょっちゅう鳴いてたけど、恥ずかしさなんて感じたことなかったし。

…違いといえば、二人の前だからってことくらいなのに…何でだろう。

「何にしようか?まだ消化に良いものがいいよね、やっぱり」

「うどんくらいなら大丈夫じゃないか?すりおろした生姜を入れて、甘く煮た油揚げをつけてもらおう」

何それ、聞いてるだけでまたお腹が鳴りそうなんだけど。

頭の中が、美味しそうな未知の食べ物への興味で一気に埋め尽くされる。

ダメ押しに…デザートはゼリーとアイス、どっちがいい?それとも両方?と問われ、思わず両方!と大きな声を出してしまっていた。


白くてつるつるしてるのに、噛むともちもち口の中で弾んで、くせになりそうだ。

最初は、パンと同じ小麦粉で作られているんだよ!と二人から教えてもらってびっくりしたけども。

砂糖だって作り方次第で綿あめのようになってしまうのだから、この見た目の変化にも納得だ。そもそも食感が似てるし。

油揚げってやつも、噛むと口の中にじゅわっと甘さが染み渡ってきて、とても美味しい。

スープに入っている生姜のお陰か、身体がぽかぽかしてきたや。

「それだけ食べられたら、大丈夫そうだね」

「本当に君は美味しそうに食べるな。この子達も、作り甲斐があるって喜んでいるぞ」

夢中でうどんを平らげた俺の耳に、控えめな鳴き声が届く。

空いた器をソウが受け取ってくれて、セイがベッドの下の方へ手招きをした。

すると、赤と青の蜥蜴達が一匹ずつ、赤と白の小さなお花を咥えて、シーツの上にぴよこんと飛び乗ってきた。

「もしかして…くれるの?俺に?」

「お見舞いの品だそうだ」

「キレイだね!後で飾ろうよ」

二匹の前に掌を差し出すと、花をちょこんと乗せて小さな尻尾をぴこぴこ振る。

「ありがとう…大事にするよ」

二輪の可愛らしい贈り物は、ソウが用意してくれた小瓶に飾られて、見えやすいようにサイドテーブルの上に置いてもらった。

デザートのオレンジゼリーと桃のアイスも綺麗にお腹に収めた俺に、心地のいい眠気が再び襲ってくる。

「セイ、ソウ…」

ただ名前を呼んだだけなのに…俺の言いたいことなんて、求めていることなんて、二人にはお見通しみたいで。

布団の中にするりと大きな身体を滑らせて、左右から手を握って抱き締めてくれた。

「ねぇサトルちゃん…元気になったら何が食べたい?やっぱりお肉?」

「本当にお前はそればっかりだな…もう大丈夫とは思うが、何かあったらすぐ俺達に言うんだぞ」

だってお肉美味しいじゃん!と少し高めの声が元気よく言い放つ。

こら、静かにしろ、サトルが眠れないだろう?と少し低めの声が嗜めた。

「二人と一緒に食べると、何でも美味しいから…迷っちゃうな」

素直に俺の気持ちを伝えると、急に二人が大人しくなってしまった。

照れ隠しみたいに、二人の尻尾が俺の腰の辺りに巻き付いてくる。

苦しいよって言っても、ますます二人の腕の力が強くなっちゃって…笑い疲れたからなのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
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