上 下
19 / 90

初めてのお出掛け、初めての屋台……後、強襲。その3

しおりを挟む
「おやおや……これは、蒼玉の君に紅玉の君ではございませんか」

こんな所でお会い出来るなんて光栄ですと、妙に仰々しく曲がっている背中をさらに丸める。

彼の身体には、至るところからゴツゴツした不揃いな岩が生えていて、ゆらりと上げた顔にも大きな出来物みたいにぼこぼこと、灰色の肌から突出していた。

…何でだろう。この神様を見ていると、肌の上を虫が這いまわっているみたいに背筋がぞわぞわする。

今まで見てきた神様達にも人の形をしていても、決して人には見えない特徴があった。

それでも少しびっくりするだけで、こんな風に隠れたくなるような……どこか遠くへ、逃げ出したくなるような気分にはならなかったのに。

逞しく広い背中が、守るように俺達の前へと立ち塞がってくれて、俺の視界から醜い男の姿が消える。

赤い鱗を纏う筋肉質な腕が、俺を庇うように抱き締めてくれて、少しだけ、呼吸が楽になった。

「悪いが、俺達は急いでいるんだ」

「用も無いのに、いちいち声かけないでよね」

怒ってる…セイも、ソウも。

二人が守ってくれてるから、表情はよく見えないけど……その声色からは、普段の柔らかさも温かさも一切無い。

重たく、低く、俺のお腹に響いてきた。

「用向きならば、ありますよ?例えばそちらの、お二方の生き写しと見まごうような……お子の事とか」

見えていないはずなのに、俺の身体を貫くように、何かが突き刺さってくる感じがして、喉が塞がってしまったみたいに、また息苦しくなる。

「そっくりなのは当たり前でしょ?俺達の大事な弟なんだから」

俺を抱き締める腕の力が強くなる。

大きな掌が……大丈夫だよって言ってくれているみたいに俺の頭を優しく撫でた。

「なんとまぁ……弟君でしたか、それはそれは初耳ですなぁ」

「貴様に報告する義務などないだろう」

「確かに仰るとおりで、失礼致しました。私はてっきりそちらが……噂のお子かと思いまして」

威圧するようなセイの声に怯えることも、圧倒されることもなく。

ただひたすらに、淡々と男が言葉を紡いでいく。

「お二方の寵愛を、一身に受けておられる……かと」

わざとらしく言葉を切って、息を整えて放たれた、その一言に。

途端に街の至るところから、数多の視線が俺達に向かって注がれていく。

それは好奇の色や妬み、ドロドロとした欲望がない交ぜになっていて……嬲るように、焦がすように俺の身をいたぶっていく。

……寒い。

ソウが、しっかり抱き締めてくれているのに。

セイが、ちゃんと守ってくれているのに。

身体の芯が……凍ってしまいそうだ。

耳までおかしくなってしまったのかな、周りの音が全く聞こえない。

ぼやけた視界に映った二人の顔が歪んで、つり上がって。

目の前が、真っ白に染まった。


「テメェら、人のもんに何してやがる」

立ち込めていた気持ちの悪い空気を蹴散らすような、荒々しい声が頭の上で響く。

その声のお陰なのか、俺の全身にまとわりついていた妙な寒気が消えて。

お腹の中から、小さな針で刺されていたような痛みもあっという間に無くなったんだ。

恐る恐る目を開くと、不気味な笑みを浮かべていた男の口元がわなわなと震えている。

その少し先には、鋭い牙を剥き出しにしたままの、セイとソウが目を大きく見開いていた。

え…セイと、ソウが?

俺、さっきまでソウの腕の中にいて、セイが俺達のことを庇っていてくれていたのに。

今、誰が俺を抱き抱えているんだ?

目線を少し下げると褐色の肌をしたごつい腕が。

見上げると紫色に発光した髪の毛を無造作に束ねた男が。

快活な笑顔を浮かべていて、咄嗟に開こうとした俺の口を男の大きな掌が素早く覆った。

「……悪い、ちょっとだけ大人しくしてな。ちゃんとアイツらのところに戻してやっからよ……」

耳元でそう囁く声は、さっきとはうって変わって穏やかで、俺のざわついた心を落ち着かせるには、十分過ぎるほどだった。

分かったと伝えようと男の腕を指でそっとつつく。

……伝わったのかな、白い歯を見せて男が小さく頷いた。

「ら、雷神様!?何故このような、辺境の街に居られるので?いや、それよりも先程のお言葉は……」

「そのままの意味に決まってんだろ?コイツもアイツらもずっと前から俺様のもんだ、何か文句あっか?」

「いえいえ、そんな、滅相もございません……あぁ、申し訳ない、所用を思い出しまして失礼致します」

服にこびりついた染みのように、しつこかった醜い男の態度が。

この男の、雷神様の一言だけで……くるりと、まさに掌を返すように変わってしまった。

そそくさと身体を縮こめて、男が俺達の前から去っていく。

呆然と見つめる目の数々を、紫色の瞳がぐるりとねめつけていく。

すると、あれだけ集中していた視線が、綺麗に散り散りになっていった。

もしかしなくても、スゴい神様なのかな。

雷神さまってことは雷の神様ってことだよな?

さっきから静電気が走った時みたいな音が近くでずっとしてるし。

よく見たら、彼の周囲に黒い雲が浮かんでいるや。

それだったら納得だ。雷なんて落ちてしまったら、前の俺の家なんておしまいだもんな。

屋根なんて、壊れちゃって、ほぼないみたいなもんだったし。壁も穴だらけで、ボロボロだったもんなぁ。

あの全身石ころまみれの男も、そりゃあ尻尾を巻いて逃げ出しちゃうよ。

慌てて立ち去っていった男の姿を思い浮かべると、なんだかとっても胸の中がすうっとする。

思わず笑いそうになっていた俺の肌を、吹き抜けるような突風が包み込んで、弾力のある温かいものに全身をむぎゅっと挟まれた。

「サトルちゃん…俺達の、俺達だけのサトルちゃん…」

「ごめんな、守りきれなくて…痛くはないか?苦しくはないか?」

宝玉みたいに綺麗な金色の瞳から、ポロポロと滴がこぼれて、止まらない。

悲痛に歪んだ二人の表情に、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。

俺のせいだ。俺が屋台に惹かれなければ、あの時にちゃんと帰っておけば。

こんな風に、声を震わせて二人が泣くことも無かったのに。

痛い……さっきの、身体の中を刺されるような痛みよりも、二人の涙を見ている方がずっと。

震える腕を伸ばし、二人の頭を抱き締める。

いつの間にか喉の奥も震えてきて、上手く声が出せなくて。

ごめんねって伝える代わりに、伝わるように、何度も何度も彼等の頭を撫でた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

神は眷属からの溺愛に気付かない

グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】 「聖女様が降臨されたぞ!!」  から始まる異世界生活。  夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。  ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。  彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。    そして、必死に生き残って3年。  人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。  今更ながら、人肌が恋しくなってきた。  よし!眷属を作ろう!!    この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。    神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。  ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。    のんびりとした物語です。    現在二章更新中。 現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

処理中です...