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初めてのお出掛け、初めての屋台……後、強襲。その3

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「おやおや……これは、蒼玉の君に紅玉の君ではございませんか」

こんな所でお会い出来るなんて光栄ですと、妙に仰々しく曲がっている背中をさらに丸める。

彼の身体には、至るところからゴツゴツした不揃いな岩が生えていて、ゆらりと上げた顔にも大きな出来物みたいにぼこぼこと、灰色の肌から突出していた。

…何でだろう。この神様を見ていると、肌の上を虫が這いまわっているみたいに背筋がぞわぞわする。

今まで見てきた神様達にも人の形をしていても、決して人には見えない特徴があった。

それでも少しびっくりするだけで、こんな風に隠れたくなるような……どこか遠くへ、逃げ出したくなるような気分にはならなかったのに。

逞しく広い背中が、守るように俺達の前へと立ち塞がってくれて、俺の視界から醜い男の姿が消える。

赤い鱗を纏う筋肉質な腕が、俺を庇うように抱き締めてくれて、少しだけ、呼吸が楽になった。

「悪いが、俺達は急いでいるんだ」

「用も無いのに、いちいち声かけないでよね」

怒ってる…セイも、ソウも。

二人が守ってくれてるから、表情はよく見えないけど……その声色からは、普段の柔らかさも温かさも一切無い。

重たく、低く、俺のお腹に響いてきた。

「用向きならば、ありますよ?例えばそちらの、お二方の生き写しと見まごうような……お子の事とか」

見えていないはずなのに、俺の身体を貫くように、何かが突き刺さってくる感じがして、喉が塞がってしまったみたいに、また息苦しくなる。

「そっくりなのは当たり前でしょ?俺達の大事な弟なんだから」

俺を抱き締める腕の力が強くなる。

大きな掌が……大丈夫だよって言ってくれているみたいに俺の頭を優しく撫でた。

「なんとまぁ……弟君でしたか、それはそれは初耳ですなぁ」

「貴様に報告する義務などないだろう」

「確かに仰るとおりで、失礼致しました。私はてっきりそちらが……噂のお子かと思いまして」

威圧するようなセイの声に怯えることも、圧倒されることもなく。

ただひたすらに、淡々と男が言葉を紡いでいく。

「お二方の寵愛を、一身に受けておられる……かと」

わざとらしく言葉を切って、息を整えて放たれた、その一言に。

途端に街の至るところから、数多の視線が俺達に向かって注がれていく。

それは好奇の色や妬み、ドロドロとした欲望がない交ぜになっていて……嬲るように、焦がすように俺の身をいたぶっていく。

……寒い。

ソウが、しっかり抱き締めてくれているのに。

セイが、ちゃんと守ってくれているのに。

身体の芯が……凍ってしまいそうだ。

耳までおかしくなってしまったのかな、周りの音が全く聞こえない。

ぼやけた視界に映った二人の顔が歪んで、つり上がって。

目の前が、真っ白に染まった。


「テメェら、人のもんに何してやがる」

立ち込めていた気持ちの悪い空気を蹴散らすような、荒々しい声が頭の上で響く。

その声のお陰なのか、俺の全身にまとわりついていた妙な寒気が消えて。

お腹の中から、小さな針で刺されていたような痛みもあっという間に無くなったんだ。

恐る恐る目を開くと、不気味な笑みを浮かべていた男の口元がわなわなと震えている。

その少し先には、鋭い牙を剥き出しにしたままの、セイとソウが目を大きく見開いていた。

え…セイと、ソウが?

俺、さっきまでソウの腕の中にいて、セイが俺達のことを庇っていてくれていたのに。

今、誰が俺を抱き抱えているんだ?

目線を少し下げると褐色の肌をしたごつい腕が。

見上げると紫色に発光した髪の毛を無造作に束ねた男が。

快活な笑顔を浮かべていて、咄嗟に開こうとした俺の口を男の大きな掌が素早く覆った。

「……悪い、ちょっとだけ大人しくしてな。ちゃんとアイツらのところに戻してやっからよ……」

耳元でそう囁く声は、さっきとはうって変わって穏やかで、俺のざわついた心を落ち着かせるには、十分過ぎるほどだった。

分かったと伝えようと男の腕を指でそっとつつく。

……伝わったのかな、白い歯を見せて男が小さく頷いた。

「ら、雷神様!?何故このような、辺境の街に居られるので?いや、それよりも先程のお言葉は……」

「そのままの意味に決まってんだろ?コイツもアイツらもずっと前から俺様のもんだ、何か文句あっか?」

「いえいえ、そんな、滅相もございません……あぁ、申し訳ない、所用を思い出しまして失礼致します」

服にこびりついた染みのように、しつこかった醜い男の態度が。

この男の、雷神様の一言だけで……くるりと、まさに掌を返すように変わってしまった。

そそくさと身体を縮こめて、男が俺達の前から去っていく。

呆然と見つめる目の数々を、紫色の瞳がぐるりとねめつけていく。

すると、あれだけ集中していた視線が、綺麗に散り散りになっていった。

もしかしなくても、スゴい神様なのかな。

雷神さまってことは雷の神様ってことだよな?

さっきから静電気が走った時みたいな音が近くでずっとしてるし。

よく見たら、彼の周囲に黒い雲が浮かんでいるや。

それだったら納得だ。雷なんて落ちてしまったら、前の俺の家なんておしまいだもんな。

屋根なんて、壊れちゃって、ほぼないみたいなもんだったし。壁も穴だらけで、ボロボロだったもんなぁ。

あの全身石ころまみれの男も、そりゃあ尻尾を巻いて逃げ出しちゃうよ。

慌てて立ち去っていった男の姿を思い浮かべると、なんだかとっても胸の中がすうっとする。

思わず笑いそうになっていた俺の肌を、吹き抜けるような突風が包み込んで、弾力のある温かいものに全身をむぎゅっと挟まれた。

「サトルちゃん…俺達の、俺達だけのサトルちゃん…」

「ごめんな、守りきれなくて…痛くはないか?苦しくはないか?」

宝玉みたいに綺麗な金色の瞳から、ポロポロと滴がこぼれて、止まらない。

悲痛に歪んだ二人の表情に、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。

俺のせいだ。俺が屋台に惹かれなければ、あの時にちゃんと帰っておけば。

こんな風に、声を震わせて二人が泣くことも無かったのに。

痛い……さっきの、身体の中を刺されるような痛みよりも、二人の涙を見ている方がずっと。

震える腕を伸ばし、二人の頭を抱き締める。

いつの間にか喉の奥も震えてきて、上手く声が出せなくて。

ごめんねって伝える代わりに、伝わるように、何度も何度も彼等の頭を撫でた。
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