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新しい朝を3人で
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ミチミチとただでさえ少ない筋肉が悲鳴を上げる。ギシギシと今にもヒビの一つでも入りそうなくらいに、骨が軋む音がする。
それでも運ばなければ、それでも動かなければ。ひとたび足を止めてしまえば、バカみたいに痛い鞭が飛んでくるんだから。
真夏でも無いのに額から汗がだらだらと流れて、ひび割れた地面に落ちていく。目が染みて仕方がないけど、両手一杯に抱えた荷物を手放すことなんて出来ない。
俺の前を歩く年老いた男が、荷物の重みに足をもつれさせて砂利道に転がる。すぐさま乾いた音が彼を襲って、嫌な鉄の臭いが周囲に広がって、男から飛び散った赤いものが俺の頬を濡らした。
可哀想だとは思う。だからといって手を差し伸べる余裕なんてない。いつ自分がああなるとも限らないのだから。
許しを請う彼の悲鳴を背に受けながら、運び続ける。また今日も、終わりの見えない一日が始まった。
◇
全身がふわふわする。もし、雲の上に乗れたとしたらこんな感じだろうか。
とても温かくて、気持ちがよくて、まだずっと、出来れば一生このまま、この心地よさに浸っていたい……でも……
「早く、起きないと……集合時間に、遅れて」
ぱっと開いた視界に、沈痛な表情を浮かべた男が二人映った。
お揃いの金色の瞳に髪の毛。髪が短い方の側頭部には白い角が、長い方には黒い角が生えている。肌の所々は、爬虫類のような鱗で覆われていた。白い角の方は青い鱗に、黒い角の方は赤い鱗に。
「……サトルちゃん、大丈夫?」
「大分うなされていたようだが……俺達のことは分かるか?」
俺の名を呼んだ彼の赤い指が、汗で額に張り付いた髪をそっとはらう。青い手が目の前まで迫ってきて、俺の頬を優しく撫でた。
霞がかった頭の中に昨日の、夢のような出来事が色鮮やかに蘇る。
温かくて柔らかい二人の掌の感触とその腕の中。
湖みたいに広い温泉に、食べきれない程のご馳走。
彼等からもらった、「家族」という言葉。
真っ白なふかふかのベッドの上で手を繋いでもらって、また明日ってキスしてもらって。
あぁ……そうか、俺……もうあんな風に、ボロボロになるまで働かなくていいんだった。
二人の、セイとソウのお嫁さんになったんだから。
そっと自分の両手を見ると左手に赤い手が、右手に青い手が重なっていて。そこから伝わってくる二人の温もりが、凍りついた胸を溶かしていく。
「おはよう……セイ、ソウ」
大好きな、彼等の名前を口にする。
たったそれだけで、強ばっていた頬が自然と綻んで、何だか気分がほわほわした。
ふにゃりと二人の整った顔が緩んで、俺と一緒にベッドが沈む。
「おっはよーサトルちゃん! 今日も可愛いねぇ」
「おはよう、サトル。もう一度、その愛らしい声で俺達の名前を呼んでくれないか?」
ぎゅうぎゅうと抱き締められながら、撫でられながら、強請られるままに二人の名前を何度も呼んだ。
声にのせる度に胸の奥が擽ったくなって、でもとても嬉しくて。ほんの少し前まで、朝なんて来なければいいと思っていたのが嘘のようで。
夢みたいで夢じゃない、俺の新しい一日が始まった。
◇
「じゃあ、挨拶がわりに隕石の一つくらい落としちゃう?」
「景気よく流星群くらい、いかないか? ちょうどいい目覚ましになるだろう」
そんなの落ちたら、目覚めるどころか確実に永眠するよ!?
いや、それどころかその辺の地形がデタラメになりそうだ。
挨拶したときは、二人とも上機嫌で抱きついてきたから大丈夫だと思っていたんだけど。寝てる間に俺、何か余計なことを言っちゃったのかな?
いつもとおなじでニコニコしてるのに、何だろう……目の奥が全然笑っていない。とにもかくにも、何とかしないと……
ピリピリと肌がひりつく空気の中、セイの側へと近寄る。膝の上に乗った俺を、丸くなった瞳が捉えた。
「サトル、どうした?」
不思議そうな顔をしている彼に微笑みかける。あんまり笑ったことなんてなかったから、ちゃんと笑顔が作れているのか分からないけど。
がっしりとした肩に手を置いて昨日の夜、二人がしてくれたみたいに、柔らかいほっぺたに自分の唇を押し付けた。
「おはようのキス、まだしてなかったから……俺、上手く出来たかな?」
彼の顔が耳の先まで一気に真っ赤になる。まるでソウの鱗の色みたいだ。
「と、とても上手だったぞ! 良ければ反対にも……」
「その前に! 俺が先でしょ!! セイばっかりズルいよっ!!」
赤くて長い尻尾が、俺の腰に素早く巻きつく。勢いよく引き寄せられたかと思うと、逞しい腕に抱きとめられた。
「サトルちゃん」
ちょんちょんと鋭い爪が、頬の部分を指し示している。そこにしてってことかな。
伸び上がり、彼が指差す場所に唇で触れる。ゆっくり離れると金色の瞳がキラキラと輝いた。
「どうかな?」
「えへへーすっごく嬉しい! サトルちゃんは?」
蕩けるような笑顔からは、幸せだって気持ちが溢れている。そんな彼の表情を見ていると、俺まで目尻が下がってしまう。
「俺も……嬉しいよ」
こつんと額を合わせると、胸の中に温かいものが満たされていくみたいな気がして、すり寄るみたいに押し付けてしまった。
クスクス二人で笑い合っていると、青い腕が伸びてきて俺ごとソウを抱き締める。
「どうしたのーセイ、寂しかった?」
「……分かっているなら、俺も仲間に入れてくれ」
顔を背けて低く呟く彼の口が、鳥の嘴みたいに尖っている。手を伸ばして頬に触れると少しだけ、目元が緩んだ気がした。
「仕方ないなぁ……サトルちゃん、一緒にセイをぎゅーってしてあげよう!」
目配せしてきたソウに頷いて、逞しい胸に向かって飛び付く。ソウも彼を抱き締めているのだろう。俺の背中と後頭部に弾力のいいムチムチしたものが、むぎゅっと押し付けられた。
「こら、二人とも苦しいぞ」
その明るい声色からは、迷惑がってるようには微塵も感じられない。どちらかというと嬉しそうだ。
広い背中に腕を回したまま、その胸元に頬を寄せる。朝の日差しが差し込む部屋には俺達の笑い声が響いていた。
それでも運ばなければ、それでも動かなければ。ひとたび足を止めてしまえば、バカみたいに痛い鞭が飛んでくるんだから。
真夏でも無いのに額から汗がだらだらと流れて、ひび割れた地面に落ちていく。目が染みて仕方がないけど、両手一杯に抱えた荷物を手放すことなんて出来ない。
俺の前を歩く年老いた男が、荷物の重みに足をもつれさせて砂利道に転がる。すぐさま乾いた音が彼を襲って、嫌な鉄の臭いが周囲に広がって、男から飛び散った赤いものが俺の頬を濡らした。
可哀想だとは思う。だからといって手を差し伸べる余裕なんてない。いつ自分がああなるとも限らないのだから。
許しを請う彼の悲鳴を背に受けながら、運び続ける。また今日も、終わりの見えない一日が始まった。
◇
全身がふわふわする。もし、雲の上に乗れたとしたらこんな感じだろうか。
とても温かくて、気持ちがよくて、まだずっと、出来れば一生このまま、この心地よさに浸っていたい……でも……
「早く、起きないと……集合時間に、遅れて」
ぱっと開いた視界に、沈痛な表情を浮かべた男が二人映った。
お揃いの金色の瞳に髪の毛。髪が短い方の側頭部には白い角が、長い方には黒い角が生えている。肌の所々は、爬虫類のような鱗で覆われていた。白い角の方は青い鱗に、黒い角の方は赤い鱗に。
「……サトルちゃん、大丈夫?」
「大分うなされていたようだが……俺達のことは分かるか?」
俺の名を呼んだ彼の赤い指が、汗で額に張り付いた髪をそっとはらう。青い手が目の前まで迫ってきて、俺の頬を優しく撫でた。
霞がかった頭の中に昨日の、夢のような出来事が色鮮やかに蘇る。
温かくて柔らかい二人の掌の感触とその腕の中。
湖みたいに広い温泉に、食べきれない程のご馳走。
彼等からもらった、「家族」という言葉。
真っ白なふかふかのベッドの上で手を繋いでもらって、また明日ってキスしてもらって。
あぁ……そうか、俺……もうあんな風に、ボロボロになるまで働かなくていいんだった。
二人の、セイとソウのお嫁さんになったんだから。
そっと自分の両手を見ると左手に赤い手が、右手に青い手が重なっていて。そこから伝わってくる二人の温もりが、凍りついた胸を溶かしていく。
「おはよう……セイ、ソウ」
大好きな、彼等の名前を口にする。
たったそれだけで、強ばっていた頬が自然と綻んで、何だか気分がほわほわした。
ふにゃりと二人の整った顔が緩んで、俺と一緒にベッドが沈む。
「おっはよーサトルちゃん! 今日も可愛いねぇ」
「おはよう、サトル。もう一度、その愛らしい声で俺達の名前を呼んでくれないか?」
ぎゅうぎゅうと抱き締められながら、撫でられながら、強請られるままに二人の名前を何度も呼んだ。
声にのせる度に胸の奥が擽ったくなって、でもとても嬉しくて。ほんの少し前まで、朝なんて来なければいいと思っていたのが嘘のようで。
夢みたいで夢じゃない、俺の新しい一日が始まった。
◇
「じゃあ、挨拶がわりに隕石の一つくらい落としちゃう?」
「景気よく流星群くらい、いかないか? ちょうどいい目覚ましになるだろう」
そんなの落ちたら、目覚めるどころか確実に永眠するよ!?
いや、それどころかその辺の地形がデタラメになりそうだ。
挨拶したときは、二人とも上機嫌で抱きついてきたから大丈夫だと思っていたんだけど。寝てる間に俺、何か余計なことを言っちゃったのかな?
いつもとおなじでニコニコしてるのに、何だろう……目の奥が全然笑っていない。とにもかくにも、何とかしないと……
ピリピリと肌がひりつく空気の中、セイの側へと近寄る。膝の上に乗った俺を、丸くなった瞳が捉えた。
「サトル、どうした?」
不思議そうな顔をしている彼に微笑みかける。あんまり笑ったことなんてなかったから、ちゃんと笑顔が作れているのか分からないけど。
がっしりとした肩に手を置いて昨日の夜、二人がしてくれたみたいに、柔らかいほっぺたに自分の唇を押し付けた。
「おはようのキス、まだしてなかったから……俺、上手く出来たかな?」
彼の顔が耳の先まで一気に真っ赤になる。まるでソウの鱗の色みたいだ。
「と、とても上手だったぞ! 良ければ反対にも……」
「その前に! 俺が先でしょ!! セイばっかりズルいよっ!!」
赤くて長い尻尾が、俺の腰に素早く巻きつく。勢いよく引き寄せられたかと思うと、逞しい腕に抱きとめられた。
「サトルちゃん」
ちょんちょんと鋭い爪が、頬の部分を指し示している。そこにしてってことかな。
伸び上がり、彼が指差す場所に唇で触れる。ゆっくり離れると金色の瞳がキラキラと輝いた。
「どうかな?」
「えへへーすっごく嬉しい! サトルちゃんは?」
蕩けるような笑顔からは、幸せだって気持ちが溢れている。そんな彼の表情を見ていると、俺まで目尻が下がってしまう。
「俺も……嬉しいよ」
こつんと額を合わせると、胸の中に温かいものが満たされていくみたいな気がして、すり寄るみたいに押し付けてしまった。
クスクス二人で笑い合っていると、青い腕が伸びてきて俺ごとソウを抱き締める。
「どうしたのーセイ、寂しかった?」
「……分かっているなら、俺も仲間に入れてくれ」
顔を背けて低く呟く彼の口が、鳥の嘴みたいに尖っている。手を伸ばして頬に触れると少しだけ、目元が緩んだ気がした。
「仕方ないなぁ……サトルちゃん、一緒にセイをぎゅーってしてあげよう!」
目配せしてきたソウに頷いて、逞しい胸に向かって飛び付く。ソウも彼を抱き締めているのだろう。俺の背中と後頭部に弾力のいいムチムチしたものが、むぎゅっと押し付けられた。
「こら、二人とも苦しいぞ」
その明るい声色からは、迷惑がってるようには微塵も感じられない。どちらかというと嬉しそうだ。
広い背中に腕を回したまま、その胸元に頬を寄せる。朝の日差しが差し込む部屋には俺達の笑い声が響いていた。
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